31.北の山で
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キオ達の受けた依頼は、北の山に出現したコボルトを、最低三十体倒す討伐依頼であった。持って帰った魔石の数で報酬が増減する依頼であり、やればやるだけ報酬が上がる人気の依頼であった。
リーダーであり、盾を駆使し戦う戦士キオ。
偵察、探索が得意で身のこなしの軽いワコ。
大斧を振るう攻撃的戦士グルドン。
見習いながらも、冒険者としては希少な回復術士ゼノリース。
無口ながら、信頼のおける魔術師ムウ。
全員参加での依頼。
コボルトだけならば、楽と言っていいような依頼。
近場だったこともあり、少々気が緩んでいたのかもしれない。
それでも、依頼自体は大成功に終わる。
討伐数コボルト四十二体、ゴブリン二十体、ロックボール五体。
十分すぎる成果であった。
キオ達は、モンスターを見つけるのに苦労し、想定よりも高くに来てしまった。
それ自体は問題なかった。が、そこで出会った年齢三十ほどの男に関わったことが、キオ達の今に繋がってしまった。
ザギーと名乗った男は、自分は商人で、道中モンスターに襲われ、雇った護衛は全員逃げ、自身も命からがら逃げてきたと言い、町までの護衛をキオ達に依頼した。
日が暮れ始めてきたので、町へ戻ろうと考えていたキオ達は、その依頼を二つ返事で受けてしまった。
町へ戻ろうと歩めば、出てくるモンスター達。
ザギーがいるので、逃げることも叶わず、キオ達は戦う。
それが何度続いたのだろうか。
キオ達がピュテルの町に近付くことは、一向に無かった。
町へ帰るだけなら、歩きでも二時間と掛からない距離。
だが戦いながらの歩みは、牛のそれよりも遅い。
元々疲弊していたキオ達は、徐々に傷つき、力を出せなくなっていった。
日が落ちてしまったことも、一因だったが。
それでも、戦闘経験のあるモンスターなら、彼らは対処できていた。
戦闘経験のあるモンスターなら。
緑の巨体を揺らし、大きな棍棒を振り回すモンスター、トロルの出現でキオ達とモンスター達のバランスが崩れてしまった。
キオとグルドンが敵の注意を引き付けている間に、パーティー一足の速いワコが町へ救援を呼ぶ。襲い掛かるモンスターの量から、救援を呼ぶワコにも危険が多い作戦だったが、彼女は離脱に成功した。
トロルには、ムウの魔法が効かず、キオやグルドンの攻撃も致命打とならない。
なのに、さらにモンスターの数は増えていく。
ザギーを逃がしながら戦うキオ達は、小さな横穴を見つけた。
そしてムウの提案を信じ、彼らは横穴へと逃げ込んだのだった。
「キオもこっちに来い。≪治癒の光≫」
若草のような青々した短髪の少年ゼノリースが、キオが体に受けた傷を、少しずつ治していく。
ムウの作り出した光とは別の、柔らかな光がキオの傷を照らし出す。
「マシになったっすよ、ゼノはやっぱ凄いっすね」
「うるせぇ。俺のこと褒めてる場合かよ。壁を壊されたら、どう対処するか考えんのが先だろうが。次はグルドンだ。≪治癒の光≫」
「ムウ、壁、まだ持つっすか?」
ムウは、壁を見つめながら、首一つ動かし返事をする。
まだ持つ、との答えを。
未だに、外から侵入しようとする激しい音は、鳴りやんではいない。
中にいるキオ達には、外の様子がわからない。
ただ響く音だけが、自分たちの危機が去っていないことを主張している。
(どうしたもんっすかねぇ)
キオは思う。
ムウは冷静だ。ゼノは口が悪くなっているが前向きである。
心配なのがグルドンである。自慢の斧が決定的な攻撃にならなかったことで、トロルに立ち向かう気力を失っているかもしれない。ちょっとまずい。
ザギーは――
(冒険者の判断としては、間違いだったっすよねぇ)
キオは、ザギーを助けたことは後悔していないし、間違いだとも思っていない。
しかし、同時にパーティーリーダーの判断としては間違いだったと確信してしまった。自分たちの依頼が終わった時点で、帰るべきだった。
たとえ、見知らぬ誰かを見捨てても……。
(こういう時、先輩はどうするんっすかね……まぁ諦めはしないっすよね)
キオが思い浮かべるのは、金の髪を揺らし、狼の眼光で敵を切り倒す冒険者。
初めて知ったのは、ただの噂であった。
モンスター殺しのマルク。あらゆる討伐依頼の助けに入り、冒険者を誰一人欠けさせずに生還させる、助っ人依頼請負人。
まぁ、ただの噂だと思った。
なにせ、その冒険者のランクがCだというのだから。
キオが初めて出会ったのは、自身の出した助っ人依頼をマルクが受けた時だ。
キオ達が受けたEランク依頼が、蓋を開ければ、駆け出しパーティーでは到底無理なものであった。元々曰く付きの依頼であったが、キオ達は、困る村人を見捨てる事はできなかった。
駆け出しの自分達に出せる依頼料なんて微々たるもの。
その上、新人の御守りとくれば、誰も受けてはくれない。
はずだったのだが、助っ人依頼を出してすぐに来た男がマルクであった。
『これ、お前たちの依頼か? さっさと行くぞ』
突然ぶっきら棒に現れた男は、キオ達にとっては天の助けだった。
死を覚悟すらしていた依頼が、あっさりと終わってしまった。
一人でゴーレム相手に立ち回るマルクの姿は、キオの脳裏に焼き付いていた。
同時に、マルクに受けた拳骨の痛さも。
(ここで死んだら、先輩、絶対怒るっすよね)
自然とキオの口元からは、笑みが零れ落ちていた。
「おいキオ。何かいい案浮かんだのかよ」
「なーんにも浮かばないっすよ。でも俺たちは死なないっす。死なせないっすよ」
ゼノリースの期待を一蹴りするキオ。
だが、その言葉を聞き、ゼノリースとグルドンの顔が崩れる。
「馬鹿じゃねーのお前」
「そうだな、いつも通りのキオだ」
「酷いっすね。まぁ作戦はないっすけど、ある程度決めとくっす。トロルが入口を壊したら、俺とグルドンがトロルを抑えるっす。ゼノはザギーさんを連れて、ここを出るっすよ。ムウは、ゼノの援護を頼むっす。町の方向へ逃げれれば、援軍の可能性もあるっすから」
それぞれが首を縦に振る。未だに入口を見続けているムウ以外は。
壁を殴打する音が変わった、さらに一つ、二つと音が鮮明になっていく。
「崩れ始めたっす! みんな、準備を!」
キオ、ゼノリース、グルドンが戦闘態勢に入る。ムウは、崩壊していく壁に最も近い位置で、ただ崩れる壁を、その奥を見続けている。
「ムウ、後ろに!」
ゼノの声に、ムウはただ首を横に振る。
キオ達からは、大きく崩れた土壁の間から、もうトロルの姿が見えていた。
緑の巨腕の振るう棍棒が、さらに壁を砕く。
そしてキオ達は知った、トロルの数が三体に増えていることを。
汗で滑りそうになる手を、キオは握りなおす。
「グルドン! 行くっすよ!」
覇気を入れたキオを、ムウが片手を横に伸ばし、止める。
「ムウ!」
「大丈夫」
小さな言葉は、壁の粉砕された音で掻き消える。
キオ達には、月明りの照らす緑の巨人が、ニヤリと笑ったように見えた。
キオは、緑の巨体に”何か”が一瞬通り抜けたのを見た。
一つは十字に、一つは首に、一つは膨れた腹を横一文字に。
横穴内の全員が、動けなかった。
崩れ落ち、消えゆくトロルの姿を目撃しても。
モンスターの死を意味する魔石を確認した今でも。
「お前ら、まだ動けるよな」
知っているぶっきら棒な声に、月明りを反射する金の髪に、刺すような鋭い目に、キオ達は安堵した。
「「「先輩!」」」




