310.イービルリッチ
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俺の嫌悪を知ってか知らずか、バルザックさんの言葉は軽いままであった。
「まぁ爺達は、爺の魔法が主だからな。イービルリッチは戦いたくねぇだろう」
「俺も嫌なんだけど」
「私も嫌よ」
「俺も御免だ」
俺、サラスさん、シャラガムさんは、次々と拒絶の言葉を吐く。
イービルリッチには、普通の魔法は効かない。
余程強力な魔法で無いと、骨の体に傷一つ付けられないだろう。
少なくとも前に戦った時は、槍も火球も効かなかった。
そもそも、イービルリッチの張る障壁を破壊しないと、遠距離攻撃も防がれ、接近すら出来ないのだが。
遠くから障壁を破壊し、その後、接近戦を仕掛けた……嫌な記憶が甦って来た。
いや、今は過去を振り返る時ではない。
バルザックさん達と話さねば。
俺達魔術師の言葉を聞いたバルザックさんは、背を向けたまま笑う。
「ハハッ。だろうな。でもよぉ、魔術師がいねぇと倒せねぇだろ」
「まぁ、ね」
サラスさんが同意する。俺も同意見だ。
魔術師が居ないと、イービルリッチの放つ魔力の攻撃に対処出来ない。
特にイービルリッチが空中に生み出すドクロは、早く破壊しないと、魔力の球体をこちらへ目掛け、放ち続ける危険なものだ。
イービルリッチの魔力を、鋭敏に感じ取れる者が居ないと、奴の魔法じみた行動全てに対して、後手に回るしかなくなる。
対処は、魔術師が最適という訳だ。
が、本体は魔術師では倒せない……嫌な相手だ。
「簡易的にでも、作戦を立てましょう」
俺は、そう提案した。
バルザックパーティーならば、何も言わずとも、的確な行動を取るだろうが……イービルリッチ相手だから、先に指針を決めておきたい。
特に、俺の立ち位置が分からない。
前に出て本体を狙うのか、後ろから魔力に対処するのか、聞いておくべきだ。
「へぇ。珍しく慎重じゃねぇか」
「まぁね。それで、注文はある?」
「あぁ、マルクは、前に出てくれ」
剣を抜いて前衛、本体へ突撃って事だな。ならば作戦は――
「サラスさんが、障壁破壊」
「そう」
「シャラガムさんが、攻撃への対処」
「ああ」
「ドムさんとテガーさんが、二人の守りとスケルトン処理」
「だな」「うむ」
「で、バルザックさんと俺が、突撃と。あってる?」
「ちょっと違うぜ」
バルザックさんだけが、否定の言葉を上げた。
背を向けているバルザックさんの表情は見えない。
「突撃じゃなくて?」
「違うのは、俺じゃねぇよ。マルクだ」
「なら俺の役割は?」
「全部だ」
「ん? バルザックさん?」
はて? バルザックさんは、一体何を言っているのだろうか?
障壁破壊と、魔力対処と、スケルトン掃除と、魔術師の防御と、本体への突撃。
全部やれと?
「前にでりゃ、後は好きにしろって事だよ」
「なんだ、いつも通りか」
「フフッ。そうそう、マルクはいつも通りで良いの」
サラスさんが、笑いながら同意する。
全く……バルザックさんも、初めからそう言ってくれれば、分かり易いのに。
やる事が決まれば、まずは役割をこなす。その後は臨機応変に。
第四十九階層。
階段部屋に一番近い大部屋。
俺達は、通路の奥からモンスターに気付かれない距離で、中を観察している。
そこは、既に無数のスケルトンが、直立したまま、獲物を待ち構えていた。
骨の背丈はバルザックさんより小さく、俺やシャラガムさんと同じ程度か。
右手に直剣を持っている以外は、本当にただの人骨だ。
そんなスケルトン達を生み出している親玉が、大部屋の中央に見える。
スケルトンの倍ほどの大きさがあるので、非常に分かり易い。
見た目は骨であるが、イービルリッチの前頭部には角が生えている。
金の刺繍の入った黒いローブを纏い、青く輝く宝石をあしらった杖を右手に持っていた。古い、魔術師の姿を思い出させる風体である。
「爺の話、通りだな」
「バルザックさん。近付く時は、気を付けて」
「ああ、死の愛撫だろ……まさか、お前」
「うん。前にね」
魔術師然とした恰好をしている癖に、イービルリッチは接近戦でも、中々に素早い動きを見せる。
スケルトンを蹴散らし、障壁を破壊し、ようやく接近したと思えば『死の愛撫』である。
触れただけで、生命と魔力を吸い取る、イービルリッチやヴァンパイアの得意技だ……前回は、世話になったが、今回は絶対に捕まらない。
「良く生きてんな」
「まぁ、何とか。タイミングは?」
「バルザックに任せる」
サラスさんの言葉に、全員が頷く。
「じゃあ、行くぜ。三、二、一、零」
俺とバルザックさん、ドムさん、テガーさんが同時に駆けだした。
走ると共に、俺は、炎に対する守りを全員へ付与する為、呪文を唱える。
「≪火精霊の加護≫」「≪魔力の矢≫」「≪氷結晶の加護≫」
三つの声が重なり、通路に響いた。
当然、呪文を唱え始めたのは、俺だけでは無い。
俺やバルザックさんの頭上を、魔力の矢の束が通過した。
そして、その薄紫色の矢の束は、大部屋に侵入した途端、弾ける様に、拡散する。跳ぶ方向を変えた矢は、次々とスケルトン達に命中した。
一時的とはいえ、突入前に数が減るのは有難い。
火への耐性。そして、凍結への耐性を得た俺達四人は、大部屋に侵入し、スケルトンの群れに飛び込んだ。
まずは、自由に動ける空間を作り出す。
俺は、剣を振り、目の前のスケルトンの腰を砕き、前進しながら呪文を唱えた。
「≪魔力の一撃≫」
向かって左側のスケルトンの群れへ、魔力の塊を叩き付ける。
狙いを付ける必要は無い。大雑把に。
魔力を叩き付けられ、次々とスケルトンが砕けて消えていく。
そして開けた空間へ、駆けながら、スケルトンを一つ、二つと、剣で破壊した。
スケルトンの剣を弾き、その背骨を斬りながら、周囲の状況を確認する。
バルザックさんは、大丈夫だ。蚊でも払う様にスケルトンを蹴散らしている。
ドムさんとテガーさんは、魔術師二人とイービルリッチの間を空けながら、スケルトンを押し返していた。
俺は移動を続けながら、スケルトンを潰す。
剣を弾き、腰へ蹴りを入れる。
スケルトンは、身の支えとなる腰骨が砕け、上半身から崩れ、地に落ちた。
次に襲い掛かって来た別のスケルトンへ、踏み込みながら、先に剣で胴を払う。
塵と化すスケルトンを、見ている余裕はない。
気が付けば、サラスさん達からイービルリッチの間に居たスケルトン達が、消えていた。今も、サラスさんが放っている、魔力の槍によるものだろう。
だが、その魔力の槍は、イービルリッチには届かない。
青く、薄い氷の如き障壁に阻まれ、魔力の槍は、砕けるように消えていた。
あの障壁を破壊しない限り、接近する事も出来ない。
障壁を通して見えるイービルリッチの異変に、俺は気付いた。
魔力の流れを感じる。
あぁ、嫌な物を見てしまった。
イービルリッチの高まる魔力は、二種類の行動を示している。
氷の槍と、ドクロの召喚。
どっちか?
違う。これは、両方だ。




