30.夜の来訪者
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「マルクは、少し休んだ方がいいの」
俺の話を聞き終わったエルが、悲しそうな声を出す。
そんなに疲れて無いのだけれど。
「それにマルクは冒険者を辞めても、その行いは、ちっとも変わり無いではありませんか」
「そうですか? 楽しくやってますよ」
「わたくしにも、マルクの話に出てきた方々の気持ちが、少し分かりましてよ」
エルが「お可哀想に」と、目元をハンカチで拭っている。
それは、俺に対してだろうか? シャーリー達に対してだろうか?
「マルク。あなたを従者とするのは、諦めますわ」
「ええ、エル様は、俺を買いかぶり過ぎていたんです」
エルは俺の両手をぎゅっと握り、首を横に振る。
そして、俺を吸い込むように、大きな瞳で見上げてくる。
「違いますわ。わたくし、マルクの友達になって差し上げましてよ」
「え? あっ、うーん」
突然、お友達になりましょう、か……まぁ、主従関係よりはいいか。
「わかりました、友達でしたら。よろしくお願いします、エル様」
「ええ、もう大丈夫でしてよ。皆、マルクを知っておりますから、もう少し親しい方が多いと思っていましたのに。あぁ、もう大丈夫でしてよ」
エルが、握った俺の手を、上下にブンブン振り回す。
こういう所は、年相応で可愛らしいのになぁ……でも、十歳の友達が増えたのは、喜んでいいのだろうか……。
その後、簡単な魔法を幾つか見せると、エルは喜んでくれた。
知っているのと直接見るのとでは、全く違うらしい。
そして、エルの食事の時間となり、お開きとなった。
今日のエルは、俺と従者の腕比べを望んだり、ダンジョンへの同行をせがんだり、フクロウの瞳への潜入の協力を強要したりとする、普段の彼女の姿は見えなかった。
駄々を捏ねて聖騎士を呼び出したりもせず、実に平和だったな。
腹が減った俺に、彼女の好物のクッキーを用意してくれているとは、思わなかった。少し、彼女の印象が変わる一日であった。
いつものように大衆食堂で食事をし、帰宅する。
歯を磨き、母の部屋の魔導書を漁る。
俺にとっては、魔導書を読み解くよりも、他者の魔法を直に見た方が習得の役に立つのだが……こればかりは仕方ない。
屋敷に居る時の日課ではあるが、あまり身にならない。
やはり、誰かに教わるしかないのだろうか?
アムに頼むのは、気が引ける。
魔導書を閉じ、元の場所に戻す。
母の部屋は、昔の姿そのまま、亡くなる前のままだ。この部屋だけは……。
「おやすみ」
光の魔工石を消し、部屋を後にする。
突如、極々小さな魔力の波が、屋敷の中央から放たれた。
屋敷に仕掛けられた、侵入者対策の一つである。
誰か”屋敷”が知らぬ人物が来たのだろう。
屋敷の色々な所に、剣は置いてある。その一本を腰に携え、来訪者を待つ。
扉が強く叩かれた、何度も何度も。
「先輩! マルク先輩! 助けてください。お願いします、お願いします」
焦りを含んだ少女の声であった。
聞き覚えがある。キオのパーティーの一人である、ワコの声だ。
急ぎ玄関へ向かい、扉を開けると、一目で緊急性を感じさせるワコの姿があった。目を血走らせ、頬から薄く血を流し、回避をした時に付く外側部の擦過傷。
「落ち着いて、≪癒しの水≫。何があった?」
ワコの頬に、手を当て呪文を唱える。
彼女は、落ち着きを取り戻しそうにない。
「せ、先輩。みんなが、トロルに襲われて、北の山で――」
「北の山だな。行くぞ」
連れて走るより速い方法を取る。少女一人なら軽いものだ。
ワコの抵抗を許さず、俺は、彼女を胸の前に抱きかかえた。
お姫様抱っこも、緊急時だと恥ずかしくも無くなる。
「え? え?」
困惑するワコの事は気にせず、俺は、北の門に向かって全力で走る。
あっ、そうだ、ついでに――「≪癒しの水≫」――せっかく抱えているのだし、ワコを治療しておこう。
「あっ、あの、私、走れます」
「こっちの方が速い。途中で話を聞かせてくれ」
ワコは、こくりと首を倒す。
もうすぐ北門だ。俺は、出来るだけ大声を出して――
「すみません! とーりまーす!」
そのまま門番兵の横を走り抜ける。
「マルクー! 頼んだぞ」
門番兵が素通りさせてくれる。
話が通っているからだろうが、今は、時間が無いので有難い。
そのまま町を抜け、暗闇の中、草原を走る。
「あの。あれでいいんですか?」
ワコは、町の門を簡単に通り抜けれたことを、言っているのだろう。
「大丈夫だよ。追っかけてきても、振り切るだけだから」
ワコの目が点になる。
この状況で、冗談は通じなかったようだ。
「ようやく一息つけっるすね。ムウ、ありがとうっす」
「≪光≫」
ムウと呼ばれた前髪で目元を隠した小さな少女が、魔法で明かりを生み出した。
ピュテルの北に聳える山脈。
その麓にある小さな横穴に逃げ込んだキオ達は、その入り口を土魔法で塞ぐ事で一時の安心を得ていた。とはいえ、外では、生み出された土の壁を叩き壊さんとするトロルが、今も棍棒で叩き続けている。
「まぁ絶望的なのは、変わらんがな」
「大丈夫っすよ。ワコが町に助けを呼びに行ってくれたっすから」
大斧を持った戦士風の大男、グルドンが悲観の声を上げる。
言葉を返すキオの声は明るい。が、キオの顔には、疲れが浮かんでいた。
「俺は悪くない。俺は……」
膝を曲げ座り込み、頭を抱える陰気な男が、ぼそぼそと言った。
穴倉に響く陰気な言葉を聞いて、キオは何故こうなったかを思い浮かべていた。




