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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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30.夜の来訪者

誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし

「マルクは、少し休んだ方がいいの」


 俺の話を聞き終わったエルが、悲しそうな声を出す。

 そんなに疲れて無いのだけれど。


「それにマルクは冒険者を辞めても、その行いは、ちっとも変わり無いではありませんか」

「そうですか? 楽しくやってますよ」

「わたくしにも、マルクの話に出てきた方々の気持ちが、少し分かりましてよ」


 エルが「お可哀想に」と、目元をハンカチで(ぬぐ)っている。

 それは、俺に対してだろうか? シャーリー達に対してだろうか?


「マルク。あなたを従者とするのは、諦めますわ」

「ええ、エル様は、俺を買いかぶり過ぎていたんです」


 エルは俺の両手をぎゅっと握り、首を横に振る。

 そして、俺を吸い込むように、大きな瞳で見上げてくる。


「違いますわ。わたくし、マルクの友達になって差し上げましてよ」

「え? あっ、うーん」


 突然、お友達になりましょう、か……まぁ、主従関係よりはいいか。


「わかりました、友達でしたら。よろしくお願いします、エル様」

「ええ、もう大丈夫でしてよ。皆、マルクを知っておりますから、もう少し親しい方が多いと思っていましたのに。あぁ、もう大丈夫でしてよ」


 エルが、握った俺の手を、上下にブンブン振り回す。

 こういう所は、年相応で可愛らしいのになぁ……でも、十歳の友達が増えたのは、喜んでいいのだろうか……。



 

 その後、簡単な魔法を幾つか見せると、エルは喜んでくれた。

 知っているのと直接見るのとでは、全く違うらしい。

 そして、エルの食事の時間となり、お開きとなった。

 今日のエルは、俺と従者の腕比べを望んだり、ダンジョンへの同行をせがんだり、フクロウの瞳への潜入の協力を強要したりとする、普段の彼女の姿は見えなかった。

 駄々を()ねて聖騎士を呼び出したりもせず、実に平和だったな。

 腹が減った俺に、彼女の好物のクッキーを用意してくれているとは、思わなかった。少し、彼女の印象が変わる一日であった。

 いつものように大衆食堂で食事をし、帰宅する。

 歯を磨き、母の部屋の魔導書を漁る。

 俺にとっては、魔導書を読み解くよりも、他者の魔法を直に見た方が習得の役に立つのだが……こればかりは仕方ない。

 屋敷に居る時の日課ではあるが、あまり身にならない。

 やはり、誰かに教わるしかないのだろうか?

 アムに頼むのは、気が引ける。

 魔導書を閉じ、元の場所に戻す。

 母の部屋は、昔の姿そのまま、亡くなる前のままだ。この部屋だけは……。


「おやすみ」


 光の魔工石を消し、部屋を後にする。

 突如、極々小さな魔力の波が、屋敷の中央から放たれた。

 屋敷に仕掛けられた、侵入者対策の一つである。

 誰か”屋敷”が知らぬ人物が来たのだろう。

 屋敷の色々な所に、剣は置いてある。その一本を腰に携え、来訪者を待つ。

 扉が強く叩かれた、何度も何度も。


「先輩! マルク先輩! 助けてください。お願いします、お願いします」


 焦りを含んだ少女の声であった。

 聞き覚えがある。キオのパーティーの一人である、ワコの声だ。

 急ぎ玄関へ向かい、扉を開けると、一目で緊急性を感じさせるワコの姿があった。目を血走らせ、頬から薄く血を流し、回避をした時に付く外側部の擦過傷(さっかしょう)


「落ち着いて、≪(いや)しの(みず)≫。何があった?」


 ワコの頬に、手を当て呪文を唱える。

 彼女は、落ち着きを取り戻しそうにない。


「せ、先輩。みんなが、トロルに襲われて、北の山で――」

「北の山だな。行くぞ」


 連れて走るより速い方法を取る。少女一人なら軽いものだ。

 ワコの抵抗を許さず、俺は、彼女を胸の前に抱きかかえた。

 お姫様抱っこも、緊急時だと恥ずかしくも無くなる。


「え? え?」


 困惑するワコの事は気にせず、俺は、北の門に向かって全力で走る。

 あっ、そうだ、ついでに――「≪(いや)しの(みず)≫」――せっかく抱えているのだし、ワコを治療しておこう。


「あっ、あの、私、走れます」

「こっちの方が速い。途中で話を聞かせてくれ」


 ワコは、こくりと首を倒す。

 もうすぐ北門だ。俺は、出来るだけ大声を出して――


「すみません! とーりまーす!」


 そのまま門番兵の横を走り抜ける。


「マルクー! 頼んだぞ」


 門番兵が素通りさせてくれる。

 話が通っているからだろうが、今は、時間が無いので有難い。

 そのまま町を抜け、暗闇の中、草原を走る。


「あの。あれでいいんですか?」


 ワコは、町の門を簡単に通り抜けれたことを、言っているのだろう。


「大丈夫だよ。追っかけてきても、振り切るだけだから」


 ワコの目が点になる。

 この状況で、冗談は通じなかったようだ。




「ようやく一息つけっるすね。ムウ、ありがとうっす」

「≪(ひかり)≫」


 ムウと呼ばれた前髪で目元を隠した小さな少女が、魔法で明かりを生み出した。

 ピュテルの北に(そび)える山脈。

 その(ふもと)にある小さな横穴に逃げ込んだキオ達は、その入り口を土魔法で塞ぐ事で一時の安心を得ていた。とはいえ、外では、生み出された土の壁を叩き壊さんとするトロルが、今も棍棒で叩き続けている。


「まぁ絶望的なのは、変わらんがな」

「大丈夫っすよ。ワコが町に助けを呼びに行ってくれたっすから」


 大斧を持った戦士風の大男、グルドンが悲観の声を上げる。

 言葉を返すキオの声は明るい。が、キオの顔には、疲れが浮かんでいた。


「俺は悪くない。俺は……」


 膝を曲げ座り込み、頭を抱える陰気な男が、ぼそぼそと言った。

 穴倉に響く陰気な言葉を聞いて、キオは何故(なぜ)こうなったかを思い浮かべていた。

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