27.強敵は教会に
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「エル様。体当たりは危険ですので、おやめください」
「よくやりましたわ、ゴンサーレス。後で、褒美を差し上げますわ」
「とりあえず降りようね、エル様」
十歳にしては少し軽い気がするが、両手で抱え続けるのは、流石に失礼に当たるだろう。
抱えていたエルを、そっと下に降ろす。
さて、全力で走れば、まだ逃げ切れるだろうか。
エルの手が、俺の服を掴んでいた。
俺の服が伸びようが、お構いなしなのだろう。
「それにですね、エル様。遺跡内は危険ですので、入ってきてはいけません」
「さぁマルク、わたくしの部屋に行きますわよ。今日こそわたくしと主従の儀を致しましょう」
「致しませんよ。エル様には俺より凄い部下が沢山いるんですから、そっちで満足してください」
俺の服を伸ばしながら、エルは外へ続く道を進んでいく。
ゴンさんの注意には、耳も貸さないようだ。
いや、俺の言葉も聞いているのかどうか……不安だ。
エルは鼻歌交じりで、元気に階段を登る。こういう所は普通の子供なのになぁ。
権力を笠に着なければ、ちょっと我が儘なだけの女の子なのに。
「マルクがわたくしの従者になるのは、冒険者を辞めた瞬間から決まってますの。決定事項ですので、急ぎません。明日でもよろしくってよ」
「明日もしません。俺は、誰かの従者になるつもりは、ありませんので」
「でも、無職のままではいけませんわ」
エルは、大司教様のお孫さんだ。
その事を含めた上でも、予想以上に大切にされている節がある。
彼女の従者であれば、余程のへまをしなければ将来安泰である。
本人が従者となることを望んでいるならば、天にも昇る申し出だろう。
残念ながら、自分の性格を鑑みても、俺には到底こなせる仕事ではない。
実際問題、無職のままではいけない。
が、それならば魔術師として魔法研究を続ける道を選べばよいだけの話だ。
いっそのこと、何処かの山奥にでも引きこもろうか。
『お兄ちゃんには無理だよ』『君に出来るはずないだろう』
俺の頭の中で、シャーリーとアムが鼻で笑ってきた。
まぁ俺が町を出て、一人で生きるなんて出来るわけがないか。
「聞いていますのマルク! 今日は、聖騎士たちの相手をたっぷりしてもらいますわよ。十人抜くまで帰しませんわ。マルクならきっと、わたくしを楽しませてくれますわよね」
「人間相手は苦手なんで、勘弁してください」
「エル様。マル坊は食事もとらずに、教会の為に働いてくれたのですよ。無理をいっては教会の名に関わります」
「何を仰るのゴンサーレス。教会の為に身を賭すのは、太陽神の加護に生きる全ての民の義務でしてよ」
誰かを利用するための方便でなく、エル自身は本気で言っているのが困る所だ。
「エル様。俺には俺の、ゴンさんにはゴンさんの事情ってものがあるんです。聖騎士の方たちもそれは同じです。無理を言われて喜ぶ人は、そんなにはいません」
「あら? マルクはそういう趣味ではなくって?」
「違います。全く、誰がエル様にそんなこと吹き込んだんです?」
「わたくしの耳に入るマルクの話は、大抵そういうものですわ」
「ゴンさん。教会内で、嘘八百が流れてるみたいだけど、どういうことさ」
「さぁ。俺に聞かれてもなぁ」
「Bランク冒険者の方々と行かれた希少鉱石採取依頼での、フロストジャイアント討伐のお話に、男爵家令嬢誘拐事件に端を発した、古城におけるイービルリッチ討伐、ファイアードレイクの群れとの戦い、ロードゴブリンとの一騎打ち等、数えきれないほどマルクのお話はありましてよ」
「ほとんど、他の冒険者パーティーの手助けをしただけですけどね」
前々から、彼女に過大評価されていると思っていた。
それが、色々な噂話を聞いていたからなのだと、今気付いた。
エルの言った噂話に、虚から作られたものはなかった。
だが、たぶん尾ひれは付いているのだろう。
「噂話で人を判断しても、良い事はありませんよ、エル様」
俺の言葉に、エルが俺の服を離し、足を止めた。
振り向いた少女がこちらを見上げる。いつもは見ない真剣な顔をしていた。
その大きな目が、探るような、そして追求するような視線を、俺に送り付ける。
すると彼女は、小さく「うん」と頷くと、優し気で、どこか大人びた笑顔を俺に向けた。
「マルク。わたくしは、何を欲しいと思う時も、常にわたくし自身の目で判断してますの。出会った時から……わたくしが欲しいと思っているのは、噂話のマルクではなくってよ」
確かに、先の俺の発言は失礼だった。
権力など関係なく、一人の人間に対して決め付けでエルを語ってしまった。
噂に踊らされた人だと。
俺が、嫌いな間違いを。
虚飾なく、真っ直ぐそれを指摘してくれた彼女には、礼を。
膝を折り、彼女の目と高さを合わせる。
子供と向き合う時の、最低限の礼儀。
「エル様、先程の言葉、訂正します。すみませんでした」
そして頭を下げる。
エルの手が、俺の頭をくしゃくしゃにする。
「構いませんわ。噂話を元に、楽しく話していただけですのよ。何か思う所があったのなら……そうですわね。夕食まで、わたくしに付き合って頂きますわ」
「拒否権はないのですね?」
「御座いませんわ」
まぁ、観念して、今日はエルに付き合う事としよう。
立ち上がった俺に、エルが手を伸ばしてくる。
その手を掴み、今度は横並びで歩き始める。
彼女の屋敷までは、もう少し。
三人で、言葉なく歩く。
ゴンさんが何故か嬉しそうにしているが、気にする必要はないだろう。
そして、開かれた鉄門から中に入った瞬間、エルが、俺の後ろに隠れた。
目の前には、如何にもな司祭が行く手を阻むかのように、独り立っていた。
顔の皺から、五十は年月を重ねてそうである。
「エル様。算術の方が『エル様が消えてしまいました』と途方に暮れていましたよ。マルク様と何をなさっているのです」
「まだ何もしていないわ。今朝の事件の最大功労者を出迎えるのは、責任担当者として当然のことでしてよ」
「それは良い心がけです。ですが、仕事がお済になられたのならば、早く家庭教師の元にお戻りください。ね。エル様」
エルは、勉強を放って、遺跡の第一階層まで来てしまったらしい。
「嫌よ。ここで離したら、マルクはまた何処かへ行ってしまうでしょう。絶対に嫌よ。邪魔をすると、お爺様にお話することになるわよ」
「構いませんよ」「それは駄目だよ、エル様」
同時に放たれた司祭と俺の言葉が、重なって聞こえる。
そのまま俺は言葉を続ける。
「今日は、逃げませんから」
エルは、手をぎゅっとして俺を見上げている。
「絶対ですわよ。ゴンサーレスも苦労を掛けたわね」
「勿体ないお言葉」
エルは手を放し、屋敷の中へと駆けて行った。
結局、彼女の部屋が目的地だったのだから、そのままでも彼女は家庭教師に捕まっていたのでは? まぁいいか。
「じゃぁ俺は、昼飯に行ってきますので」
片手を上げ踵を返してみたが、上げた腕を強く捕まれてしまった。
今度は、司祭である。
教会の関係者は、人の腕を掴んで拘束する伝統でもあるのだろうか。
「ゴンさん。ありがとうございます。後はお任せを」
「じゃあ、俺は仕事に戻るぜ。マル坊もお疲れさん」
司祭も『ゴンさん』なんだな。って俺のお腹の減りは、一体どうしてくれるのだろうか。自己主張する俺の腹音を癒してくれる人は、この教会にはいないようだ。




