24.ジャイアントクラブ
読みやすいように全体修正 内容変更なし
「≪水の刃≫」
呪文と共に、腕を振るう。
作り出した細い刃で、目の前の脂肪の塊を、横半分に切り裂いた。
「ぐがぁ」と低い声と共に、薄緑の巨体が地に倒れた。
トロルが消えていく。
山に入ってから、出会う敵の種類が多かった。
薄黒い二足歩行の犬に似た、ダークコボルト四体。
魔法を使う緑の嫌な奴、ゴブリンメイジ二体と、おまけのゴブリン十体。
ネズミに蝙蝠の翼のラットバット八体。
緑の巨体に曲がった鼻と、大きく張った腹のトロル三体。
トゥル村にて、馬を預けるついでに聞いた、村人のモンスター目撃談そのままであった。本当に種類がバラバラだ。
ならば、次に遭遇する可能性が高いのが、コボルトと――
「いや……流石に、ジャイアントクラブはいないだろう」
村人の言葉を、否定したくなる。
鉄の剣を弾く甲殻に、必殺の鋏が二つ。
巨大な蟹のような風体のくせに、前後左右にカサカサ動くモンスターだ。
しかし、ジャイアントクラブは海に発生するモンスターだ。
山に出てくる話は、聞いたことがない。
山を駆けながら、通りすがりにコボルトを、剣にて二つに裂く。
反応の遅れた残り二体の首を――「≪風の刃≫」――飛ばす。
倒したモンスターの魔石は、忘れぬよう一つ一つ確実に回収する。
モンスター発生の解決に来て、魔石を放置したなんて、片手落ちもいい所だ。
少し視界が開け、岩場に近い、開けた空間に到着した。
とりあえずの目的地としていた洞穴の前である。
あぁ、嫌なものが見えた。赤く、高く、大きな蟹の姿が。
「いたよ……本当にいたよ」
その体は、甲殻に守られ硬い。
故に、巨体で押し潰されただけで、勝敗を決してしまうだろう。
だが一番恐ろしいのは大きな鋏だ。鋏だけで俺の上半身ほどの長さがある。
あれに挟まれたら、一撃で死にかねない。
そして鋏を除いた足が八本。
どれも長く、殻でしっかり守られている。足の先で突かれたら人体に穴があく。
口から水の魔力で作った泡を吐き出すが、使われても気にする程の事ではない。
ジャイアントクラブに戦いを挑む前に、木々の中から周囲の状況を確認する。
直接、目で、耳で、肌で、魔力の流れを感じ取って……。
うん、この辺りは、あのジャイアントクラブで最後だな。
洞穴の中に、何かがいる様子もない。
さて、どう倒そうか?
丸焼きが一番だが、森が近く火が使い難い。
岩場に押し込めれば可能だが、最後のあがきで暴れられると、山火事待ったなしだ。剣で戦うのは、余程の実力者かアホかのどちらかだろう。
まぁ今、取る行動は一つだけ。
そのために、ガル兄に魔法を教わったのだから。
鋏に気を付けて間合いを迫り、水精霊の斬撃で叩き切る。
気付かれないように近付く? いや、突撃だ。
木々から抜け出す前に、最大速度まで上げて走る。もう遮るものはない。
ジャイアントクラブも、こちらに気付いた。
「先に一本、鋏を」
相手の鋏の間合いから、さらに一歩踏み込む。
「≪水精霊の斬撃≫」
左から斜め右上へと、右腕を振る。
伸ばした指から、極めて細い水の糸が真っ直ぐ放たれていた。
糸は、しなやかではない。
鉄をも裂くその糸は、ジャイアントクラブの大きな鋏の間、合わせ刃の重なる中心点、そこから真っ直ぐに、鋏の中を通り抜ける。
一度の斬撃では終わらせない。
水精霊の斬撃を発動させたまま、右手を真横に伸ばす。
さらに前へと進み、ジャイアントクラブの内側まで接近する。
狙うは、胴体。
切断した鋏が落下するよりも速く、腰を落としながら右足を踏み込み、一文字を描くように、右手を払った。
水の糸が、ジャイアントクラブの甲殻を切り裂く。
横一文字に切り払われた胴体は、上下に分かたれた。
切られたことを気付かぬジャイアントクラブが、足で地を蹴り動こうとする。
その反動で、切断面から上体が倒れ始めた。
俺は、後ろに跳んだ。
死にはしないだろうが、潰されては困る。
倒れたジャイアントクラブは、あがくように残った鋏を動かす。
が、その動きは直ぐに止まった。
消えゆく巨体を見つめながら、注意は怠らない。敵が魔石と化すまでは。
膝高さほどの魔石が、ごろりと地面に転がる。
ジャイアントクラブの巨体と比べれば小さいものだが、魔石としては大きい。
「ふー。これ、本当に凄い魔法だな。ガル兄に感謝だ」
まずは、周囲の安全確認だ。
洞穴を、先の岩場を……よし大丈夫。
目の前の大きな魔石を見ると、どうしても考えてしまう。
何故こんな所に、ジャイアントクラブがいたのか?
そして、この魔石を持って帰るのが面倒だな……と。
俺は、大きな道具袋を背負って、トゥル村に戻ってきた。
報告は大事だ。
魔石と共に、現れたモンスターと、その討伐数を語ると「そうでしょう、そうでしょう。私たちの見た通りです」と、内容を納得してくれた。
目撃内容を初めに疑ってしまった、自分が恥ずかしい。
村長が、金貨袋を押し付けようとしてきたので、それは流石に固辞した。
またモンスターが出たら、その際に冒険者ギルドへの依頼料とすることで、話をつける。次がないことを祈りはするが、もしも、という事もある。
さて、帰るか、と思った時に、村長に問われた。
「冒険者を辞められたのに……何故、来てくれたのですか?」
答えを言葉にすることが、出来なかった。
責任感? 義務感? どうなのだろう?
「さぁ? 自分でも分からないんです」
「それでも構いません。マルクさん。村を、ありがとう」
それこそ、どう答えればいいのか……俺には、分からなかった。




