23.情報は酒場で
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今日は行きたい場所があったので、早く起きた。
体を伸ばし、顔を引き締め、庭で木剣を振る。振る。振る。ひたすら振る。
「おはよう、お兄ちゃん。今日は早いね」
「おはよう、シャーリー」
稽古を止め、シャーリーと共に食事を作る。
薄切りベーコンに目玉焼き。シャーリーの持ってきたパンと、カブの酢漬けが食卓に並ぶ。
「「いただきます」」
焼き目の付いたベーコンと卵の組み合わせは、やはり良い。
「ねぇお兄ちゃん。食事なんだけど」
食事? 美味いぞ、と喉を出かけた言葉を飲み込む。
そっちじゃないよな。
「ああ、シャーリーの都合に合わせるよ」
もし今日だとしても、行きたい場所へは後日にすればいい。
それ以外の予定は、真っ白だから問題ない。だろう。
「うん! 行く店はね、もう決めてあるんだ。お母さんの――」
相槌を打ちながら、食事を続ける。
シャーリーは、今日も元気だ。
約束の店は、リンダさんの友人が経営している店に決めたらしい。
凍らせて輸送した魚を使った料理が、お手頃な値段で食べられると、評判になっているそうだ。
氷魔法は便利だよな、やっぱり。あぁ酸っぱい。
「へへ。酸っぱいでしょ」
「いいアクセントだ」
シャーリーの話は、彼女の漬けたカブの話から、今日の予定に移る。
シャーリーは、今日も店番らしい。看板娘は忙しいな。
「お兄ちゃんは?」
「今日は、情報屋に会いに行ってくるよ」
情報屋に会うために、酒場へ向かう。
欲しい情報と、会いたい情報屋によって、時間と場所を変えなければならない。
今、欲しい情報は冒険者関係だ。
朝ならあの場所に、彼はいるだろう。
酒場『サイド・テイルズ』
朝は、少年が店番をしていたはずだ。
だが、開いてはいるが、開いていない。
酒も出ないし飯も出ない。マスターが休んでいるからだ。
冒険者ギルドに近いため、冒険者達の、第二の待機場のようなものであるのだが……朝とはいえ、人が居ないな。
カウンターの後ろでグラスを拭いている黒髪の少年に、俺は注文する。
「マスター、牛乳一つ」
少年は、グラスに牛乳を注ぎ入れ、無言で俺に差し出す。
俺はそれを、ちびちびと飲み、情報屋を待つ。
「マスター、俺にも同じのを」
渋い声が、隣の席から聞こえる。
三十がらみの男が、そこにいた。
店内でも中折れ帽を被っているこの男が、待っていた情報屋だ。
名前は知らない。
情報屋は、少年から差し出された牛乳を一口で飲み切り、こちらを向く。
「で? 冒険者辞めた坊やが、こんな場末に何の用だ?」
「一気飲みは腹壊すよ。あと白髭ついてる」
情報屋が口元を拭っている間に、俺も牛乳を飲み切る。
「「マスター。もう一杯」」
少年から牛乳を受け取る前に、情報屋と話を進めておこう。
「何やら冒険者のみんながお疲れのようだけど、何があったのか知らない?」
「おいおい、そんなこと聞きに来たのかよ。世間話で良いなら話せるがな」
俺は、黙って首を縦に振る。
情報屋が、受け取った牛乳で喉を濡らす。一気飲みはしないようだ。
「モンスター討伐の依頼消化率が、低くなっているのさ。マルク、お前が辞めちまった後からな」
「俺一人で、どうこう変わるものじゃないだろう」
「変わっちまってるからな、実際。お前が助っ人依頼で片っ端から片付けてしまうから、鉄骨龍の中で”討伐依頼”は美味しい仕事だったんだよ。元から件数が多かったってのもあるがな」
「ダンジョン?」
「ダンジョン抜きでもさ。というかお前、この間まで冒険者だったのに、何で知らないんだよ」
「いやー。外のギルドと交流なかったからね……そんなものかと」
「ああ、お前そういう奴だったな、この世間知らずめ」
飛び出そうになった情けない声を、牛乳で流し込む。
中折れ帽を右手で抑えながら、情報屋は俺を鼻で笑い、言葉を続ける。
「元から多かった討伐依頼なのに、それが美味い仕事じゃなくなった、それどころか、アイツら自分と同ランクの依頼も、ろくに熟せなくなっちまったのさ。E、D、はともかくC、Bは悲しいものさ。さて、するとどうなるか……分かるだろう」
依頼を受ける人が減る。依頼を達成できる人が少なくなる。
実力十分の冒険者がどれだけ頑張っても、限度がある。
そして討伐は、誰かが倒さないと無くならない。
「依頼が減っていかないね。むしろ積むように増える」
「イエス。まともな冒険者からしたら、書き入れ時なんだろうけど」
「それでも鉄骨龍の牙って、冒険者数は王国一だったよね。適材適所で何とかなるんじゃない?」
依頼がこなせないなら、こなせる仕事を斡旋すればいい。
モンスターを放っておくよりマシだ。まぁ、冒険者のほとんどは……。
「マルク。冒険者がピンキリなのは、お前の方が良く知っているだろう。さらに悪いことに、あのアホが貴族に肩入れしたせいで、鉄骨龍から他所に移った冒険者も結構いたのさ。そして、そういう奴ほど、まともに冒険者の仕事をしてた奴らなのさ」
依頼をこなせなくなって、人も減って、それで困るのは誰か明白だ。
「結局、襲われてる人達が困ったままってことだね」
「”困った”だけならまだ余裕さ、被害が”依頼人たち”だけで済めばまだまし。で、だ。そんなモンスターを放置したらどうなる?」
「増殖するね……特に、人を殺して魔力を得たモンスターは、早く始末しないと、数が増えて大変なことに」
モンスターは、基本的には淀んだ魔力の塊だ。魔力が集まれば単純に増える。
個体数だの、繁殖期だのは関係ない。
淀んだ魔力がモンスターとなり、モンスターが生物を喰らう。そして、モンスターが淀んだ魔力を生み出し、それがまたモンスターとなる。
循環が進めば最終的には軍団になる。町も国も飲み込む軍団に。
「だから鉄骨龍は、ダンジョン内の”お掃除”を教会とダンジョン専門の冒険者に任せて、他全員を外回りにしているのさ。それで、まともな冒険者達は、くたくたになってるって訳だ」
「なるほどね。こりゃ俺にも責任があるかな」
あの時、自分自身のただの怒りで、無責任な事をした。
冒険者達はともかく、因果がぐるりと回って、無辜の人々にシワ寄せが来ているなら。俺は我慢できない。昔のことがあったとしても……。
俺の感情とは裏腹に、情報屋は牛乳を飲み干すと、それを否定した。
「ハァーハッハ。お前に責任なんてないだろ。本来は全員で背負う重みだったのを、お前が半ば押し付けられていた。それが正常に戻った。ただそれだけの話だ。責任を取るのは、お前の背中にただ乗りしていた奴らさ」
「納得はしないけど……うん。状況は少し理解できたよ」
今からやることは、たぶん何の解決にもならない。
それでも、やらないと駄目だ。
「ねぇ、まだ依頼になってない所ってない?」
「あぁ! 何しに行く気だ! 冒険者辞めたんだから、町でおとなしくしてろ」
「んー。たまには愛馬を思いっきり走らせてあげたいなー、って思っただけだよ」
自分の顔に、笑顔を張りつけてみる。何も楽しくはないが。
情報屋は、困ったように帽子で顔を隠し、閉ざす。
沈黙のあと、情報屋は、俺の望みの場所を教えてくれた。
「冒険者辞めてもお前はお前だな。全く……本当にお前には、一摘みの責任もないんだからな。それは忘れるなよ。あと、外に行くなら、トゥル村近くの山の中は、最近物騒だからな。絶対に行くんじゃねーぞ」
「ありがとう、助かったよ。あっ、マスター、ごちそうさま」
情報屋へ金貨二枚、少年へ銀貨三十枚を置き、店を出る。情報量と牛乳四杯分。
それと少年へのチップだ。
「お前なら大丈夫だろうが、無理するなよ」
後ろから聞こえる声。
その小さな心配が、ただただ……嬉しかった。




