20.贈り物は想いと共に
読みやすいように全体修正 内容変更なし
贈るとなったら、居ても立っても居られなくなる。
よし! 今、贈ろうという気分だ。
減った腹は後に回し、まずはシャーリーの所へ行こう。
道具屋『鴨の葱』へ向け、町を歩く。町の露店から焼けた鳥の匂いが、小麦の焼ける匂いが、量り売りスープの匂いが……。
「おばちゃん。鶏串二本ね」
「あいよ」
銀貨四枚を払い、鶏串二本を受け取る。拳大の鶏肉が一串に三つ刺さっていた。
鼻をくすぐる肉の香ばしさに、俺は我慢できずに、その一つにかぶり付く。
塩の効いた旨味が、口を覆う。先に中まで熱し、後で焼き色を付けたのだろう。
生の感じは無く、嚙み千切る食感が心地よい。
嗚呼、腹が満たされていく。
全て食べ切るのに、時間なんていらない。
「ごちそうさま」
串を回収場所に放り込み、鴨の葱に向かう。足取りが軽い。
「あっ! お兄ちゃん、いらっしゃい。買い物?」
「いや、シャーリーに用があったんだ」
「そうなの? じゃあちょっと待っててね。もう少しでお母さん戻ってくるから」
「うい」と返しながら、俺は店内を見て回る。
油、火石といった物から魔工石を使ったランタンのような魔道具も置いてある。
練薬に加工した薬草からポーション、スクロールから投げナイフまで扱っているから手が広い。
水生成の魔工石に不良品が無いか、じぃーと睨みつけていると、店の裏手の方から声が聞こえた。よく通り、快活で、そして俺の好きな声だ。
「シャーリー、荷物運ぶの手伝ってちょうだい」
「はーい」
声に答えたのは、俺だ。
シャーリーに目線で許可をもらい、カウンター内から裏手に回る。勝手口から外に出ると、そこには大量の荷物と、手拭いで汗を拭くリンダさんの姿が。
「あら、シャーリーの声がやけに男前になったと思ったら、マルクじゃないか。顔だしてくれて、おばちゃんも嬉しいよ。え? 店の手伝いに来てくれたのかい。そいつはいいタイミングだよ。いやー男手があると助かるねぇ」
まだ何もしていないし、何も言っていない。
まぁ手伝いに裏に来たのは事実だから、別に良いが。
「これ、一階の倉庫室にですか?」
「仕分けは後でやっちゃうから、全部倉庫にいれちゃって」
「了解」と返事をし、せっせと荷物を運び入れる。
量はかさ張るが、そう重いものはない。
リンダさんと二人で運び入れたので、最後の一つを倉庫室に運び入れるのに、それほど時間は掛からなかった。
「はい、お疲れマルク。上でシャーリーと二人で、お茶でも飲んで、休んでいってちょうだい。シャーリー! 店番かわるから、マルクをもてなしてあげな」
シャーリーの「はーい」と、俺の「お疲れ様です」が被る。
リンダさんと二人で店内に戻り、そして入れ替わる形で、シャーリーと共に二階に上がる。
二階は、彼女たちの生活空間だ。
いつものように居間に向かう。
二人掛けのソファー二つが直角に置かれ、その前には木製の丸テーブルが置かれている。掃除の行き届いた室内と、シンプルな調度品に何処か落ち着く。
今現在、シャーリーの弟は、鍛冶師見習いで修行中だったか。
妹は、フクロウの学び舎で勉強中だろう。
二人が頑張っている中、俺一人で、ゆったりしていて良いのだろうか……。
ぼぉーとしていると、シャーリーが、お茶を持ってきてくれた。
「お兄ちゃん。お待たせ、ってなんかまったりしてるね」
「何かここ落ち着くんだよ」
「お兄ちゃん家の方が、ふかふかで良いのに」
二人でお茶に口を付ける。鼻から香りが抜ける。
そして、置かれたクッキーを一口。
サクッと口の中で割れた甘味が、お茶の後味に合わさっていく。
「はー、うまい」
「フフ、お兄ちゃん変なの。ところで何か用があったんでしょ?」
そう言って、彼女もクッキーを口に放り込む。
「あぁ、贈り物があってな」
こういうことをしたことがないので、少し気恥ずかしい。
渡すと決めたんだから、ドン! と行こう。
と思ったが手が、クッキーで汚れていた。バックパックから布を取り出す。
「お兄ちゃんからプレゼントなんて、珍しい。それ?」
「いや、これは手を拭く奴で。≪癒しの水≫。ちょっと待ってて」
張り付いた魔法の水で、手を洗う。
これなら水場に行かなくても、辺りを濡らさずにすむ。
汚れと共に、水気を布で拭き取って……よし、綺麗になった。
バックパックから、小さな飾り箱を取り出す。
装飾品屋のご老人が、商品と共に、それぞれ付けてくれた箱だ。
手に乗せた箱を、シャーリーにそっと差し出す。
気恥ずかしい……。
「シャーリーに似合うと思うのを選んだんだ…………よければ、受け取ってくれ」
小さく笑みを浮かべていたシャーリーの顔が、真っ赤に茹で上がった。かと思ったら、いぶかし気な顔をし、悩みが顔全体に浮かび上がり、最終的に、彼女自身が目の前で一拍、手を叩くと、何やら得心がいったという笑みに変わった。
「結婚の申し込みはまだ早いよ、お兄ちゃん」
微妙にくねくねしながら、シャーリーが言う。
口元がニヨニヨしているので、冗談で言っているのだろう。
「いや違うって」
「わかってるよ。で? 本当に貰っていいの?」
俺が「もちろん」と答えても、シャーリーは受け取らなかった。
彼女の手が、ワキワキ動く。
そして「お兄ちゃん。私にも出して」と言った。
ん? あぁ、受け取ってくれない理由が分かって、安心する。
一度、テーブルに小さな箱を置き「ほら、シャーリー、お手」と、俺は、両手を前に差し出した。
シャーリーの手が重なる。
「≪癒しの水≫……そう、手を揉んで……あとは、これで拭くぞ」
こっくり首を下げるシャーリー。彼女の顔が、何故か赤い。
手洗い完了。これで受け取ってもらえるはず。
拒否されたら、俺は泣くだろう。
「では、改めて。どうぞ」
「うん」
差し出した箱を、シャーリーはそっと受け取った。
彼女は、恐る恐るといったように蓋を開ける。中を確認した瞬間、大きな瞳をこちらに向ける。耳飾りと俺を、交互に何度も見ている。
「え? 本当に貰っていいのお兄ちゃん? 返せって言っても返さないよ」
「言わないって。日頃のお礼ってことで……な」
「うん、わかってるよ。お兄ちゃんには、女の人を口説くのにプレゼント贈るって考え自体ないだろうし」
「それはそれで傷つくんだが」
「凄く嬉しいのは本当だよ。えへへ。ありがとう、お兄ちゃん」
今朝の笑顔もそうだ、今の笑顔もそうだ。
小さい頃は、この笑顔を毎日見ていた気がする。
何時からだったっけ? そうだ、冒険者になって忙しくなって……いや、俺が、自分から離れていただけか。
それでも、またシャーリーの笑顔を見れる俺は、きっと幸せ者なんだろうな、
「喜んでもらえて何より」
「あっ、でもお兄ちゃん。女の子にプレゼントするなら、もーちょっと場所と雰囲気を考えた方がいいよ」
「そ、そうか」
「それに最初は、もっと軽い物がいいよ。私は嬉しいけど、普通だと装飾品は重いかな」
「すまん、慣れて無くてな」
「あと、せっかく食事の約束してるんだから、その時に渡せば効果的なのに」
「勉強になります。先生」
「それにね、お兄ちゃん…………」
シャーリーの口は止まらない。
リンダさんに止められるまで、俺は、シャーリー先生の女心講座を聞くこととなった。