19.約束と贈り物
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揺ら揺ら揺れる。財布から金貨が零れ落ちる。あぁ勿体ない。あぁ勿体ない。
「無駄遣いしちゃだめでしょ。お兄ちゃん」
シャーリーに引っ叩かれて、俺は金貨の山に落下する。
そして、金貨の山が溶け出し、俺の体を――
「起きてよ。お兄ちゃん」
シャーリーが俺の顔を覗き込んでいる。何故だろう、ホッとした。
上体を持ち上げ、伸びをする。体が少し重い。気疲れかもしれない。
「おはよう。シャーリー」
「お兄ちゃん。うなされてたけど大丈夫? 怖い夢?」
「あぁ……お金が無くなる夢だよ。昨日、ガル兄の所で魔法習っていたんだ……お礼に食事に行ったんだけど……それが馬鹿みたいに高い店でさ……」
「へぇ。どこのお店?」
「ほらガル兄の工房から、西通りに出た所にある――」
「ル・クリュテ! 味は? どんな料理が? お店の中は? ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃんおにーちゃん」
突然俺の肩を掴んで揺さぶり出したが、一体どうしたんだ。揺れて気分が……。
「うぇ。すまんシャーリー。料理も味も憶えてないんだ」
「もぅ。もったいない。王室レベルの食事を堪能できるって有名なお店なのにー」
「むしろ、そんな店によく入れてもらえたな、俺……。でも、今度は安い店に行こう……うん、独りで」
「独りじゃなくて私も連れてってー。お兄ちゃん」
いつもより少し我が儘だが、可愛い我が儘だ。いつも世話になっている事だし。
でも、俺が知ってる店って、大衆食堂のあそこだけなんだよなぁ。
「大丈夫! 私がお店を決めるから!」
「高い所は……無しな。蓄えは十年単位であるから良いけど、財布が突如として軽くなったのがな……あっ、日時は任せるよ」
「やった! お兄ちゃんとお出かけ。約束だよ」
俺とシャーリーは右手小指を出し、互いに重ね合わせ、小指同士でそっと叩く。
昔からやっている、約束のおまじない。
「ああ、約束だ」
「うん」
窓から差し込む光より、シャーリーの笑顔の方が、何十倍も眩しかった。
ガル兄の工房へ、昨日のお礼をしに行ったが、叩き出されてしまった。
仕事が溜まっているらしい。自分の工房を持つのは、大変なんだなぁ。
今日は、本当に何もすることがなくなった。
よし、今日は、町を適当にぶらつこう。
この町に生まれて十八年。
この町は、俺の庭みたいなもの……そんなわけがない。
何年この町で生活したかなんて、何の役にも立たない。
家とギルドと食堂と……後は道具屋と武器屋と、ガル兄の工房ぐらいしか行かないのだ。それで、どうしてこの町の知識が増えようか。
よし、普段いかない商店通りに行ってみよう。善は急げだ。
工房が多いこの地区から近い場所に、雑貨屋や家具を発注できる商店が立ち並ぶ商店通りがある。ここに最後に足を踏み入れたのは、何時だっただろか。
ふらりと歩いても、記憶に浮かぶのは母の姿だけだ。
金の髪を揺らしながら、楽しそうにあちこち見て回っていたなぁ。
連れまわされた店の数に比べて、買ったものは少なかった気がする。
冒険者の母でもなく、魔法の先生としての母でもない。活気にあふれた姿を幻視する。駆ける母が、俺を引っ張りまわす姿を。
『次はここよ。マルク』
幻が、一つの店に入っていく。外装からでは、何の店かわからない。
「よし、ここで何か買おう」
木の扉を開き、中に入る。と、店主であろうか、店の奥に座り、何かを磨いている老人の姿が見えた。彼が、こちらをちらりと見る。
「いらっしゃい」
俺は首を小さく下げ、その返事する。
老人は、俺に興味を失ったのか、また磨きに戻った。
店内を見渡すと、それほど大きな店ではなかった。
陳列棚を覗くと、そこには金属で作られた小さな装飾品の数々が並べてあった。
別の陳列棚には、金属以外にも羽根や木材を利用したものも。
どれも美しい線をしている。
腕輪、指輪、髪飾り、首飾り、耳飾り、用途不明の装飾品も多い。
まぁ俺が知らないだけなのだろう。
シャーリーやアムは、こういう物を貰ったら喜ぶのだろうか?
いや、アムは送る側かもしれない。
『さぁお手をレディ。この石の輝きでも、君の瞳には敵わないさ』
想像の中のアムが跪きながら、少女の指にそっと指輪をはめていた。
自分の勝手な想像ながら、肌寒く、身震いしてしまう。
「どうかしたのかい」
「あー、いえ。俺には可愛い幼馴染が二人いるんですけど」
「いきなり自慢かね……」
「はい。数少ない自慢です」
ご老人が、呆れたように口を空けている。見慣れたリアクションだ。
「で、一人は、こういうのを貰って喜ぶ側で、一人は、こういうのを女の子に贈る側……なんだろうなと」
「そういう子は多いよ。女の子同士で送り合っているのかねぇ」
「そうかもしれませんね」
「それで、その二人に贈り物かい?」
二人に……か。喜んでくれそうなのはシャーリーの方だが、アムは? 俺からの贈り物なんかで、アムは喜ぶのだろうか。
「えーと……俺が贈って喜んでくれる方に、一つ探そうかと」
「少年。君は一つ勘違いをしているよ。よく贈り物をする人だってね、当たり前だけど貰ったら嬉しいものなんだ。自分の事を考えて選んでくれた物なら、特にね」
「そんなものですか?」
「ああ、君の母もよくこの店に来て、そして何も買わずに帰っていったものだよ。何故だか分かるかい?」
この人は、母さんの事を憶えているようだ。
というより、俺がこの店に来ていた女性、マリアの、その子供だと知っているのか。母さんがよく来ていたのならば、俺も共に連れてこられたことがあるのかもしれない。それを憶えていて?
それに、母さんが見るだけ見て帰っていた理由?
欲しかったのに、買わずに帰ったということか?
「お金が足りなかった?」
「ハハハ、男の子な考えだね。君の母は、特に冒険者になってからは、この店を買い占めれるぐらいは、軽く稼いでいたさ」
お金の問題じゃないとしたら? 節約していたから?
いや、憶えている限り豪遊もしないが節制に勤めていたことも無かった。はず。
ご老人は、俺を見て穏やかに笑ている。
「すみません、わからないです」
「簡単な事だよ。彼女が本当に欲しかったのは、君の父であるセツナ君からのプレゼントだったからさ。装飾品に疎くても、贈り物に慣れていなくても、セツナ君が選んだものが、彼女にとって一番の装飾品だったのさ」
「なるほど」
と、生返事を返してしまった。正直ピンとこない。
「とはいえ、僕としては自分の作った装飾は、全ての人にとって、素晴らしいものであって欲しいのだけどね」
「俺の憶えている限りですけど、母は、着飾る人じゃなかったです。それでもこの店に来ていたのなら……母にとっては、素晴らしいものだったんだと、思いますよ」
俺の言葉に、ご老人はフフッと皺を作る。
「それならば、もう少し自分で買って欲しかったがね」
「アハハハハ。代わりに俺が買いにきますから……」
「無理はしなくていいよ。それとも……そんなに大勢の女性でも口説くつもりかな?」
全力で首を横に振る。そんなつもりはないし、まだそんな相手もいない。
ご老人の顔がクシャりと崩れる。
「ならば、自慢の可愛い幼馴染達に、よーく選んであげなさい」
どんなものが贈り物に良いのか? という言葉を飲み込み「はい」と答える。
あぁ。これは難題だ。二人に何を贈ろうか……。
シャーリーには、小さな緑の宝石をあしらったシンプルな耳飾りを。
アムには、メノウを浮き彫りした白兎のブローチを選んだ。
二人が気に入ればいいが。
代金を一括で払おうとしたら、店主のご老人に、貴族扱いをされて笑われてしまった。半分だけ支払って、残りは後でも良いなんて、俺がそのまま逃げでもしたらどうするつもりだろう。
俺が気にしても仕方ないか。
結局、店を出たのは、既に太陽が真上に来ている時間だった。
二つの品を選ぶのに二時間近くも掛かってしまうとは。ご老人は「そんなものですよ」と笑顔でフォローしてくれたが……こういう決断力は無いんだな、俺。