表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/1014

195.ロードゴブリン

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 俺の頭を狙う黒い剣を、弾き飛ばす。

 俺は両手で持つ炎帝竜の大剣を、ロードゴブリンの肩口へと打ち込んだ――が、奴の剣が、炎の剣を受け止めた。

 その黒い剣が炎帝竜の大剣で斬れないのは、知っている。

 狂ったほどの魔力の塊。

 黒い剣で斬られた物体は、その膨大な魔力によって切断される。

 炎の剣と重なる今も、俺の魔法を破壊しようと魔力が(うごめ)いている。

 押し込むのを諦め、黒い剣の軌道を反らしながら、後ろへ下がる。

 奴と打ち合いながら、改めて確認する。

 長い鼻と耳。通常のゴブリン程ではないが嫌悪を抱く醜悪な顔。緑の皮膚。

 身の丈は、俺より(わず)かに大きい程度だ。

 全身に飾り彫りの多い鎧。頭にはまった金の冠。そして人間が片手で扱う長剣より(わず)かに長い、黒い剣。剣身も十字(つば)(つか)も、黒い。

 ロードゴブリンに間違いない。以前も戦ったことがある。

 正直、勘弁して欲しい

 救いがあるのは、ロードゴブリンの行動を既に知っている事と、奴自身は力で押すモンスター程の膂力(りょりょく)が無い事だろう。

 迫る黒い剣を、炎の剣で地面へと叩き付ける。この隙に一撃を。

 が、ロードゴブリンは、素早い動きで大きく後ろへ飛び退き、炎の剣を(かわ)した。

 離れたロードゴブリンから、魔力の流れを感じる。

 焦らず、流れを見極める。

 魔力がロードゴブリンから地を伝い、周囲に広がっている。

 これは、狂乱の咆哮ではない……ゴブリンの召喚だ。

 なら、俺が選ぶ魔法は一つ。まとめて焼き払う

 想像するのは、立つものを吹き飛ばす風、与えるは炎、魔力を込め、広げる。

 周囲に広がったロードゴブリンの魔力から、ゴブリン達が生み出される。

 まるで石畳の下から、ゴブリン達が浮かび上がって来たかの様に見えた。

 数は数えない。種類は見ない。必要ない。

 この部屋中を焼き払うだけなら、言葉は少なくて良い。


「吹き荒れろ、≪火精霊(ひせいれい)(あらし)≫」


 呪文が、俺の周囲に広がった魔力を、魔法の風へと作り替える。

 俺の背を押すように突風が吹いた。俺は押されるままに、足を進める。

 風と共に走る。当然、風が先を行く。

 ロードゴブリンの周囲に出現したゴブリン達を、風が撫でていく。一体残らず、全てのゴブリンを。

 風に触れたゴブリンの体に、炎が(まと)わりついた。

 生み出されたばかりのゴブリン達が、燃え、断末魔を上げ、朽ちる。

 その音を聞きながら、俺は、ロードゴブリンへと斬り掛かった。

 横から水平に走らせた炎の剣が、上方に弾かれる。

 ロードゴブリンの動きを見て、黒い剣の軌道を見極め、一歩退き、腹を薙ぐ一撃を(かわ)す。黒い剣の切っ先が、腹の前を通り過ぎる。

 剣の軌道が、本当に黒く染まった様に見えてしまう。

 流れた黒い剣が、すぐさま戻って来る。

 それを炎の剣で弾き飛ばし、そのまま胸を狙い突きを狙う。得物の長さは、こちらに有利がある。

 しかし、ロードゴブリンが後ろへ倒れる様に突きを(かわ)した。そのまま奴は、跳ねるように後方へと跳んで下がる。

 魔法を撃ちこむなら、ここだ。

 強く想像を組み立てる時間はない。

 鋭く、早く、速く、凍える一撃を。


「≪氷結(ひょうけつ)投擲槍(とうてきやり)≫」


 己の魔力と、魔道具である指輪から放たれる魔力が混ざり、放たれた。

 俺から離れた魔力が、氷の結晶を頭上に生み出し、一本の氷の槍へと変じる。

 狙いは、体勢の崩れたロードゴブリンの胴体。

 動きを予測し、放つ。

 高速で飛ぶ氷の槍が、体勢を起こしていたロードゴブリンの胸へと突き刺さる。

 鎧を貫き、胸に深々と突き刺さった氷の槍が、ロードゴブリンの体を一瞬で凍結させた。そこにあるのは、一体の氷像だ。

 だが、これでは、奴は死なない。

 足を素早く動かし、全速力で接近する。

 目の前では、凍ったロードゴブリンの表面に(ひび)が入り始めていた。

 氷の拘束が解けるのが早い。だが、もう――


「遅い」


 振り下ろした炎の剣が、金の冠から股まで一直線に通り抜ける。

 未だ氷に包まれたロードゴブリンの体に、炎の線が残った。

 俺はさらに前へ進み、氷像の脇を抜ける様に、斬り抜ける。上下に分かつ様に、腹部へ炎の軌跡を残す様に。

 ロードゴブリンの背後に回っても、奴から視線を放さない。

 体の向きを変え、正面に捉える。

 四つに分割されたロードゴブリンの氷像が、炎の浸食により燃え上がり、塵と化した。小さな魔石が、音を立て石畳を叩く。

 周囲を見る。魔力を見る。周囲の魔力を感じ取る。音は……無音だ。

 ロードゴブリンなど居なかったかのように、ダンジョンは、静けさに包まれていた。奴の存在した証明は、小さな魔石一つしかない。

 炎帝竜の大剣を消し、大きく息を吐く。


「きっつい」


 一度の失敗が死に繋がる戦いは、疲れる……いつもの事ではあるが。

 手の中に収まる程に小さな魔石を拾いながら、考える。

 やはり、遠くから勝負を仕掛ける事が可能な魔法は、偉大だ。

 ムウに魔法を見せて貰って、本当に良かった。

 俺の氷結の投擲槍では、あの鎧を貫けたか……分からないな。

 おっと。疲れている場合では無かった。早く戻らないと。

 ツヴァイ氏は無事だろうか? 

 右腕から血を流していたし、何より左手が真ん中から裂けていた。

 治療する余裕も無かったとはいえ、独りで向かわせて良かったのだろうか……いや、共に戻って、ロードゴブリンを皆の所へ連れて行くなど、言語道断だ。

 死の危険を背負うのは、自分だけでいい。

 この可笑(おか)しい第三十一階層を調べるのは、後回しだ。

 俺は、第三十二階層で待機している聖騎士と合流するために、階段部屋へと向かった。もしかしたら、もう外まで逃げてくれているかもな。

 全員無事ならば、それでいい。




 転移陣による光が徐々に治まり、見える風景が、第一階層の部屋に戻って来た事を表していた。目の前に、聖騎士の一人が立っていた。


「マルク君、よく無事で。あの化物は?」

「倒しました」


 聖騎士に近付きながら、証拠の魔石を持つ右手を振ってみる。

 小さい魔石だから、信憑性が無いかもしれないな。

 まぁいいさ。信用云々は後回しだ。今は聞くべき事がある。


「ツヴァイさんは?」


 途中に死体が無かった事。聖騎士が上へ戻っていた事を考えれば、合流できたことは分かっている。問題は、その後だ。


「安心してくれ。命に別状はない。今も、回復術士に治療して貰っている」

「よかった」


 出血量が心配であったが、治癒に入っているなら問題は無いだろう。本当に、良かった。だが、落ち着いたら、次の事を考える必要がある。

 俺を待っていた聖騎士と共に、ダンジョンを出る。

 ダンジョン入口、ゴンさん達の番兵の警備している所まで戻ると、ムル婆ちゃんとボブ爺ちゃん。そして、聖騎士達が居た。

 依頼は中止じゃないのか? 聞くが早い。


「ムル婆ちゃん、ボブ爺ちゃん。依頼は中止じゃないの?」

「マルちゃん。無事だったかい。怪我は無いかい」

「大丈夫だよ、ムル婆ちゃん。ほら、怪我一つないでしょ」


 両手を広げ、無傷を主張する。

 ロードゴブリン相手に傷を負う展開になっていれば、死に向かい真っ直ぐ進んでいたのだが、一々不安にさせる事を言う必要はない。

 近付いて来たムル婆ちゃんが、俺の体をぺたぺたと触る。


「本当に、本当に良かったですねぇ、お爺さん」

「うむ」


 二人の表情から、本当に心配してくれていたのが伝わってくる。

 だから今は、謙虚さも謙遜の心も必要ない。


「もぅ心配性なんだから。俺は強いから、大丈夫だよ」


 (わざ)と自信を持って告げ、そのまま胸を張る。

 少し子供っぽいかも知れないが、二人の不安を晴らす方が、先決だ。

 ムル婆ちゃんとボブ爺ちゃんは、俺の意図を汲んでか、顔に笑みを浮かべてくれた。(しわ)の多い顔が、余計にくしゃりと変わった。

 俺は、こっちの顔の方が好きだ。きっと戦う理由なんて……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ