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193.余暇の過ごし方

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 手を丹念に洗い、小麦粉で作った生地を伸ばしていく。

 生地は、シャーリーが昨日のうちに仕込んでおいたらしい。

 しかし、この生地、夕食用だったのでは無いだろうか?

 まぁ俺が気にしても、意味は無いか。


「ぺらぺらじゃなくて、いいからねー」

「お任せあれ」


 火を使うシャーリーの工程が進んでいる。俺も手早く進めなければ。

 丸い棒を、手の平で転がすように動かす。生地の上を、何度も、何度も。

 厳密さなど要らないが、出来るだけ均一に、丁寧に、薄く伸ばす。

 こんなものだろう。

 やや(いびつ)ではあるが、長方形に伸びた生地を見て、自然と(うなず)いてしまった。

 端を持ち上げて、厚さを確認してみる。ぷにぃとしていて触り心地が良かった。

 あまり食べ物で、ぷにぷにするものでは無いな。


「シャーリー。伸ばしたよ」

「切るのは私がやるよ。お兄ちゃんは、ゆっくりしてて」


 一緒に作りに来たのに、休んでいろと……お断りだ。

 そして、一つ思い付いたので、そちらに手を動かそう。


「じゃあ小麦粉と卵貰うぞ」

「ん? 何するの?」

「生地作っとく。今日は食べれないかも知れないけどさ」


 たぶん夕食の分を、今、使っているのだろうからな。

 代わりを用意しておこうじゃないか。


「うん。お願い」


 包丁を持ったシャーリーから、許可は得た。

 さて、調理用の丸い容器を手に取って、小麦粉の袋を探す。聞くのが早いな。


「シャーリー」

「そこの棚の下」

「ありがと」


 今日使った生地と同じぐらいになる様、小麦粉を入れる。卵を割り入れ、塩を振る。そして、全体に魔力を通していく。

 土に魔力を通すのと同じ感覚だ。

 単一で無い物を全体として捉え、一つ一つも意識する。

 人の魔法を見るという事は、勉強になる。

 特に、テラ師匠の魔力の操りは、特筆すべき技であった。

 生地を作るついでに、魔力操作の練習とさせて貰おうか。

 想像するのは、共に踊ったミュール様。

 小麦粉と卵に通した己の魔力を認識する。明確に捉えた魔力を、掌握し、操る。

 さぁ、もう貴様らは、俺の(てのひら)の上だ。


「≪(とも)(おど)りましょう≫」


 そう。テラ師匠が生み出した土に魔力を通し、再び操ったのと原理は同じだ。

 人すら操れる程の強力な魔法か否か。違いはそれだけである。

 明確に、強く想像し、自らの魔力を操る。

 小麦粉と卵を一体とするために、かき混ぜていく。弧を描くように、ぐるりと。

 始めは小麦粉が飛ばぬように、ゆっくり。

 少しずつ、まとまりが生まれ、粘り気が出てきた。ああ、そうだった確か――


「≪(みず)≫よ」


 指から少量の水を出し、生地とは呼べぬ、ぐちゃりとした何かに混ぜ合わせる。

 自身の魔力が、今どうなっているのか。それを、意識して、かき混ぜる。

 容器の縁に両手を置いたままの俺を見て、シャーリーが首を(かし)げていた。まぁ、シャーリーからすれば、容器の中身を眺めているだけにしか見えないだろう。

 だが、俺は至って真剣だ。

 丸い容器の中の、生地一歩手前の物体が動きを止めている。

 しまった、集中を切らしてしまった。

 大丈夫。魔法はまだ消えていない。魔力も充実したままだ。

 強く想像する。

 折り畳み、潰れ、折り畳み、潰れ。一練り一練りをしっかりと。

 混ざり、塊へと近づいた小麦粉が、動き出す。

 練る度に、小さくぺちりと音を立てる。ぺちり、ぐにゃりを繰り返していく。

 ぼろぼろとした曖昧さは無くなっていき、一塊の生地へと変わった。

 後は、これを丸めて――生地がゆっくり動きながら、形を丸へと近づいていく。


「完成っと」

「マルクや。全く、何に魔法を使っておるのじゃ。お主は……」

「あっ。テラさん。もうお話は、良いんですか?」


 声がするまで、テラさんが居た事に気が付かなかった。

 呆れた顔を隠しもしないテラさんが、俺に近付き、容器の中を見た。


「生地一つ作るのに、あのような難度の魔法を使っておったのか……器用なのか残念なのか分からぬのぅ」

「練習の一環として、ね」

「あっ。本当に出来てる」


 俺の斜め後ろから容器をのぞいたシャーリーが、小さく呟いた。

 シャーリーから見れば、材料を入れた容器に手を置いて、中身を凝視(ぎょうし)していただけなのだから、驚くのも無理はない。

 と思い、シャーリーの顔を見てみたのだが、その顔には、驚き一つ浮かんでいなかった。

 何故(なぜ)だろう……シャーリーの顔から『まぁお兄ちゃんだし』という諦めの言葉が感じ取れた。

 別に俺は、いつもこんな事をしている訳じゃないんだぞ……。




 油の絡んだ短いパスタを、フォークで(すく)う。

 (わざ)(いびつ)に切ったであろう四角形のパスタを、口へと運ぶ。

 食感はぷにゅりとしている。表面に絡んだ油が、ニンニクの香りを運んでくる。

 噛む、噛む。ぷにゅ、ぷにゅ。

 食感を十分に楽しんで、飲み込み、もう一つ食べる。


「ぷにっとしとるのぅ」

「パスタ、味が薄いね」


 シャーリーの言葉に、俺は噛みながら(うなず)く。

 とはいえ、それはパスタだけの話だ。

 行儀が悪いが、小さく切られた鶏肉をフォークで刺し、口へ放り込む。

 うん。ニンニクと塩の利いた鶏肉は、少し濃い目に味付けされている。

 パサッとした鶏肉と、ぷにゅっとしたパスタの食感の違いも、楽しい。

 水を飲んで、口を一度仕切り直す。


「鶏の味が濃いから丁度良いさ」


 そして、スープを一口。

 味付けは、塩と野菜の甘味だけ。だが、それが良い。

 カブと玉葱とひよこ豆、そしてこちらにも入っている鶏肉。ニンニクを利かせた鶏肉と違い、味付けはされていない。鶏のおいしさのみだ。

 どちらの鶏を好むかは、人それぞれだろう。俺は、濃い方が好きだ。

 なので、今度はパスタと鶏肉、両方を同時に口へと入れる。

 うん。これは、両方合わせて一つの料理だ。


「ねぇ、テラさん、一つ聞いても良い?」

()いぞ。何じゃ、シャーリー」

「テラさんって、空いた時間って何してるの?」

「余暇の過ごし方かえ? 特別な事はしておらんぞ」

「それ、俺も気になります」


 テラさんが、この町で何をして過ごしているのか……非常に気になる。

 少し顔に赤みを帯びたテラさんは、俺やシャーリーから目線を反らしながらも、答えてくれた。


「期待されても困るのじゃがのぅ。町をぶらぶらしながら、猫を追いかけておるだけじゃよ。後は子供たちと遊んでおる。ヴェントに会ってからは、厩舎(きゅうしゃ)に遊びに行く事も多いかのぅ」

「うーん。私じゃ真似できないかな……」


 パスタを噛みながら、テラさんの一日を想像してみる。

 朝、俺達と共に食事を取り、町をぶらつき、猫を追いかける。

 昼、狼のまんぷく亭で食事を取った後、ナンシーの元で厩舎(きゅうしゃ)の手伝い。

 夕食前に、どこかの子供たちと共に遊び、狼のまんぷく亭へ。

 おっと危ない。これは”余暇の過ごし方”である。

 危うく、毎日ふらふらしているだけの自由人だと勘違いしてしまう所だった。

 むしろ余暇なのに、厩舎(きゅうしゃ)の手伝いが入っている辺り、テラさんだな。


「テラさん、そんな事してたんですねー」

「そういうマルクは、暇は何で潰しておるのじゃ?」


 シャーリーは何やら悩んでいる様子であったが、テラさんの言葉を聞いて、俺に目を向けた。

 俺の話なんて聞いても、つまらないと思うが。まぁいいか。


「俺も変な事はしてませんよ。(ほとん)ど魔法の練習か、買い物しているだけです」

「ほぅ。それは冒険者の頃もかえ?」

「仕事が無い日……魔法関係は同じですど、それ以外はシャーリーやガル兄、あとシャーリーの兄妹に、よく遊んで貰ってましたよ」


 シャーリーが、物申した気な雰囲気で俺を見ている。何だろうか?

 もしや、最近ハイスやビィと会えていない事を、(とが)めているのだろうか? 二人が忙しくなってからは、会う機会が少なくなったからなぁ……少し寂しいな。

 一方テラさんは、楽しそうに、目を細めていた。

 長い耳が、上下に動いている。


「クックックッ『遊んで貰ってました』とは、マルクらしい言い回しじゃのぅ」

「ん? 言葉通りですよ」


 俺は、そう答え、苺をフォークで突き刺した。

 食後に食べようと思ったが、少し違う味が恋しくなってしまった。

 たとえパスタが美味(おい)しくても、味に変化は欲しいものだ。

 苺の甘い香りと酸っぱい味が、(あご)の付け根をキュッとさせる。

 シャーリー、人の顔を見て笑うんじゃない。全く。


「フフ。まぁ、わしらは変わり者じゃからのぅ。シャーリーの参考にはならんじゃろうな。じゃが、難しく考えんでも良い。余暇の過ごし方なぞ、ぼぉーとしておっても良いのじゃ」

「それでいいの? テラさん」

「良い。働き者は、心と体を休めるのも大事な余暇の過ごし方じゃ。それにシャーリーは、マルクと違って友人も多かろう。若いのじゃから、遊べ遊べ」

「エヘヘ。ありがとう、テラさん」


 シャーリーも『余暇の過ごし方』なんて、変な悩みを持っているんだな。


「何か始めようとするのは、心に力が要るからのぅ。ゆっくり探すのじゃぞ」

「はい」


 二人の間では、何か通じているらしい。

 俺には、ちょっと分からないな……だが、分からなくても知りたい。今度、ゆっくり話を聞いてみようかな? いや、迷惑だろうか……うむ、悩み所だ。

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