190.我が愛馬は優しく
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愛馬の元へ向かう途中、水入れを運ぶテラさんと遭遇した。
「テラさん、持ちます」
「よい。世話をするのも楽しさの一つじゃ」
「なら、俺にもやらせて下さいよ」
「ハハハ。これは渡さぬぞ」
テラさんは軽快な足取りで運んでいき、水入れを愛馬の前に置いた。
「≪水≫よ…………よし。ヴェント。用意できたぞい」
テラさんの声と共に、愛馬は首を下げ、水入れに口を突っ込んだ。
愛馬は静かに水を吸い上げていく。首の付け根辺りの筋肉が、時折僅かに動く。
この光景を見ているだけで、少し嬉しくなる。
「テラさん。干し草は?」
「少し食べたが、ちゃんとした食事は、帰ってナンシーに任せるべきじゃ」
「そうだね」
「マルクや。それ、わしにも使わせておくれ」
「半分ですよ」
飲み終わったのか、愛馬が顔を上げた。口から、水が滴り落ちる。
「良い飲みっぷりだ、ヴェント」
声を掛けながら近づき、軽く首を撫でる。
次にブラシを掛けていく。首周りから、ゆっくりと、優しく。
元から良い毛並みであるが、撫でる度、更に輝いていく気がする。
「どうだ、ヴェント」
愛馬は俺の言葉に対して、口を鳴らし返事とした。
嫌がっていたら中止するように、ナンシーから教わっている。今の所は、大丈夫そうだ。しっぽも、ゆったりと揺れている。
腹の周りは、気を付けてブラシを掛ける。より繊細に、丁寧に。
よし。半分終わり。
力強い体が、より輝いて見える。残り半分も――笑顔のテラさんが、手をこちらへ向けて差し出していた。
嗚呼、ブラッシングの時間が終わってしまった……。
ブラシをテラさんの手に重ねる。
「よーしよし、ヴェント。次はわしの番じゃからのぅ」
愛馬の顔の前を通って、テラさんが反対側へ行き、そして、ゆっくりとブラシを掛け始めた。テラさんの顔が幸せそうに緩む。
我が愛馬も目を細めて、前方へ鼻を伸ばしている。喜んでいる様だ。
愛馬とテラさんの姿を見ていると、微笑ましくなってきた。
俺のブラッシング作業の様子を見ても、こうはならない。
満足のいく結果が出たのだろうか、テラさんが胸を張って終了を宣言した。
「終わりじゃ。どうじゃヴェント」
愛馬はブルッと低い声を発した。
それを聞いて、テラさんは満足そうに笑った。
「よかったな。ヴェント」
手をゆっくり動かし、愛馬の鼻筋を軽く撫でてみる。
愛馬の耳が横に寝る。ええと……横は良いんだよな。
後ろに耳が動いたら怒っているのだったか?
正直自信が無い。ナンシーにもう一度、指南を受けるべきだろう。
手を止めると、愛馬が鼻を押し付けてきた。
「ハハハ。ヴェントはお主と遊びたいそうじゃぞ」
「そうなのか?」
愛馬が口を鳴らして、返事をした。
遊ぶと言っても……分からないので、ゆっくり撫でることにした。
これで良いのだろうか?
まぁ、気持ちよさそうだし……むしろ、俺が楽しくなってきた。
「これじゃ、俺が遊んで貰ってるみたいだ」
「ええんじゃ。それがヴェントにも楽しいのじゃ」
「いいんですかねぇ」
愛馬が低い声で、ぶるると鳴いた。いい……と判断しておこう。
俺の勘違いだったら、後で人参の差し入れ――ナンシーに怒られるな、それは。
「おまたせ、お兄ちゃん」
「おかえり、シャーリー。早かったな」
「ゆっくりしてたよ。後、お土産」
シャーリーから渡された袋を開くと、魔石が詰まっていた。
これが、お土産……シャーリーの感性が分からない……。
「いや、村長さんから渡してくれって言われただけだからね」
「ああ。変な奴だなと一瞬――っと、いきなり引っ叩くのは良くないぞ」
「もぅ」
シャーリーが二の腕に攻撃を仕掛けてきた。別に痛くもないから、いいのだが。
しかし、村長がこれを俺に? 何だろう……俺に依頼でもあるのか?
テラさんが、横から袋を覗き込む。
「何じゃ。オークの魔石じゃな。この前の奴じゃろう」
「この前のって……ああ。そういえば、預けっぱなしだった。って貰ってくれれば楽だったのに」
「村長さんも、お兄ちゃんは受け取らないと思って、私に渡したんだと思うよ」
村を襲ったオークと、村周辺のオーク。
討伐後、あちこち動くのに邪魔であったから、魔石は村長に渡したのだった。
預けた事すら忘れていた……俺は鳥頭だな。
当日に話しておけば、それで終わりな話なのに、ガルーダ討伐から戻った時には、既に俺の頭には無かったようだ。
「預かってた、お礼を――」
「いいってさ、村長さん。村の人の視線の意味が、よく分かったよ」
「そうか」
礼に行けば、邪魔になるかもしれないな。村長も俺への対応が面倒だろう。
ああ、そういえば、シャーリーに聞くことがあった。
「荷物は、無事だったか?」
「うん。壊れたのは一つもなかったよ。大抵は運ぶ時に一つ二つ壊れるから、ちょっと多めに持ってきたんだけどね」
「馬車は揺れるからな」
特に、乗合馬車は頑丈さを優先して作ってある。
馬で独り外へ出るのは現実的でないし、貴族や商人の様に自前の馬車でも持っていなければ、商品の安全な輸送は難しいだろう。
「まぁ、問題なくて良かったよ」
「では、帰るかのぅ」
「今帰れば、お昼までに帰れるもんね」
「うむ。シャーリーも一緒に昼を取ろうぞ」
「いいですね」
俺の同意の言葉に、シャーリーとテラさんの顔が、ニコリと変わる。
さて、どこで昼食を取ろうか?
といっても二択だ。狼のまんぷく亭か猫の日向だ……猫の日向かな?
しかし、二人の答えは別のものへと着地した。
「屋敷で食べようぞ」
「それなら、家に来ませんか?」
「おぉ、ええのぅ。シャーリーの家にお呼ばれじゃ」
「やったあ。決定」
うん……俺の意思は完全に考慮されないのね。まぁ何も言ってないからな……。
我が愛馬が、顔を摺り寄せてくれた……やっぱり良い奴だな、お前。