188.ブラン村へ荷物を持って
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荷物を背負って厩舎へ行くと、既にナンシーは、馬達の世話をしていた。
厩舎の朝が早いのは、当然か。
今日もナンシーの背には、実った小麦に見える三つ編みが揺れていた。
作業中のナンシーに、シャーリーが声を掛ける。
「おはよう。ナンシー」
「おはよう。あれ? 朝からシャーリーが厩舎に来るなんて珍しいね。ってマルクさんにテラさんじゃない。おはよう」
「おはよう」「おはようなのじゃ」
ナンシーは、農具であるフォークで干し草を慣らす作業を中断し、笑顔で俺達へ向き直った。
笑顔のナンシーから、元気が溢れている。特にシャーリーを見た時の笑顔は、日に照らされた花々を想像させる、眩しい笑顔であった。
ふとナンシーが、指で一人ずつ指す。シャーリー、テラさん、そして俺。
「走り?」
「正解だ」
「ナンシー。何で分かったの?」
腕を上げ、正解を強調する俺と、疑問を投げるシャーリー。
ナンシーは特に表情を変えることなく、言う。
「マルクさん、前に『気を付ける』って言ってたからね。ヴェント君はバッチリだけど、挨拶はしてあげてねー」
「当然だ。ナンシー、ありがとう」
「仕事でもあるから」
ニカリと笑い、ナンシーは作業に戻った。
シャーリーは、ナンシーと少し話があるらしい。
なので俺たち二人は、先に我が愛馬の元へと向かう事にした。
我が愛馬は、水入れに口を突っ込み、静かに水を飲んでいた。
邪魔しないように、少し待とう。
愛馬の目は、既に俺とテラさんを捉えている。尻尾がふらりと揺れた。
暫し、水を飲む様を眺める……これは、これで良い時間だ。
水入れから口を離した愛馬は、ぶるるっと低く鳴いた。
「よーしよし。元気そうで何よりだ、ヴェント」
「わしは、よく遊びに来ておるからのぅ。今日は頼むぞい」
テラさんが撫で始めたので、俺は首筋をポンと二度手を置くに止めておく。
テラさんのナデナデは気持ち良いのだろう。愛馬は、目を細めて嬉しそうにしている。『よく遊びに来ている』は侮れない。
「テラさん。ありがとう」
「ハッハッハ。わしは、好きで来とるだけじゃぞ」
愛馬を撫でるテラさんの姿も、実に楽しそうだ。
俺もブラシを持って来ているが、シャーリーの運ぶ荷物を背負っているので、取り出せない。ブラシで撫でるのは、ブラン村に着いてからにしよう。
後の楽しみが一つ増えた。
「今日は、テラさんとシャーリーを頼んだぞ」
愛馬の目が、俺を見た。何かを問いたいのだろうか?
問いの内容は分からないが、俺から伝える事は、伝えておかねば。
「俺は、隣で走って行くよ。一緒に行こうな」
流石に全力で走る馬には追いつけないので、走る俺と愛馬の速歩でブラン村まで進む事になる。
一緒に歩いて行くのも楽しそうだし、俺の全速力に合わせて走って貰うのも楽しそうだ……が。今回は二人を乗せての道程だ。
そこそこの速度で行こう。
愛馬の調子を確認しておこう。といっても、目を見て、足腰を中心に体の状態を見て、毛並みを見る。それぐらいしか俺には出来ないのだが……ナンシーの言っていた通り、バッチリだ。元気で、実に嬉しい。
「うむ。今日も元気じゃのぅ」
「テラさん。馬具付けるの手伝って下さい」
「わしに合わせて良いのじゃな」
「はい。シャーリーも乗れますけど、今日はテラさんで」
「任せるのじゃ」
テラさんは嬉しそうだ。気持ちは分かる。俺だって乗りたい。
テラさんは鐙の調整と鞍の取り付けに掛かっているので、俺は、口にハミを取り付ける。位置を確認して……頭と顔に固定して……苦しくないか……良し。
「よし。大丈夫か? ヴェント」
前方にいた俺を、鼻で押して来た。機嫌が良さそうだ。
俺もお返しに顔を撫でる。ゆっくりと驚かせないように。
「こっちを手伝っておくれ」
「御免テラさん。ヴェント、後でな」
テラさんと共に鐙を取り付け終えれば、後はシャーリー待ちだ。
シャーリーもナンシーも色々と忙しくて、会う暇はあまりないのだろうな。
急ぐ用件でもないので、ゆっくり話をしても問題ない。
その分、俺とテラさんが、愛馬と戯れる時間が増えるというものだ。
町中では、ゆっくり歩かせる。小気味の良い蹄の音が響く。
そして俺は、愛馬の顔の横を歩く。
馬上のテラさんが前で手綱を持っており、シャーリーはその後ろだ。
荷物は全部俺が背負っているので、二人は手ぶらである。
「お兄ちゃん。本当に大丈夫?」
「ああ。乗合馬車で行くより、俺が走った方が安全に運べるさ」
「シャーリーが言っとるのは、荷物ではないぞ。まぁ安心せぇ。マルクの体は、そこらの男よりもタフに出来ておるからのぅ」
「ああ、体力の方か。大丈夫だぞ」
馬上から、シャーリーの視線が俺に向く。いや、正確には荷物か。
「だってそれ、結構重いよ」
「なぁに。この荷物ぐらいでへばるなら、人なんて担いで走れないさ」
「シャーリー。言っても無駄じゃぞ。マルクは、ちょっと残念じゃからな」
「うん、テラさん……知ってる」
「何だか酷い言われようだ」
馬上の二人は、小さな笑い声を共鳴させている。
楽しそうだし、別に良いか。
「ん? 今日は護衛、いや荷物運びか……気を付けてな」
「はい。行ってきます」
「お疲れ様です」「行ってくるのじゃ」
顔を緩めた門番兵が、馬上の二人に手を振っていた。
可愛い女性に弱いのは、誰でも同じって事だろう。
結局、いつもの様に、門で検めを受ける事は無かった。
東門を抜けると、王都まで続く街道と、その両翼に草原が広がっている。
さてと、ブラン村まで走るとするか。
「行くぞ、ヴェント。テラさん、お願い」
「了解じゃ。さぁヴェント、はぁいやぁー」
愛馬が、速度を上げる。走ると歩くの中間のような速度で、愛馬が歩く。
それは、人が走る程度の速度だ。
鐙に足を掛けていないシャーリーが少し心配であったが、大丈夫のようだ。
俺は、愛馬の少し前を進むように走る。背の荷物はなるべく揺らさぬ様に。