18.カエデと鉄と筋肉と
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「四百二十五本目」
案内線を確認し――「≪水精霊の斬撃≫」――綺麗に寸断された鉄を即座に回収し、カエデさんは次の鉄を置く。
「四百二十六本目」
案内線を確認し――「≪水精霊の斬撃≫」――綺麗に寸断された鉄を即座に回収し、カエデさんは次の鉄を置く。
「四百二十七本目」
「カエデさん、ちょっとまった。流石にもう日が落ちてきたから終わりにしよう」
「賢明な判断でございます、マルク様。正直に申しますと、わたくし二十五本目にて既に飽きておりましたので。暇が過ぎて、鉄を運び込まれる殿方の中にわたくし好みの方がいらっしゃらないか、観察していた次第であります」
「あー。何と言うか、付き合わせてしまい申し訳ないです」
俺は、水平に頭を下げる。
熱中し過ぎていて、カエデさんの負担を全く考えていなかった。
これは、お詫びの品でも何か用意しなければ。
「いいえ。わたくしに謝罪すべきはガランサ様ですので。マルク様からは、ただ一言だけでよろしいのです」
「一言?」
「はい」と言い、カエデはこちらをじっと見つめてくる。
美人に見つめられると、少し……困る。
流石の俺でも、ここで言わなければならない言葉はわかる。その心を込めて。
「ありがとう。カエデさん」
何故だろう。見るからに不満げな顔をしていらっしゃる。
あれ? 違った? いや。まさか。
「お詫びの品を持ってきますね」
あっ。ピクリと動いた。が、まだ口と目が横一文字に引かれたままだ。
綺麗な女性が、そうしているのがちょっと可愛い。
だが、何を言えば?
「ガル兄には、給金アップを頼んでおきます」
口元がピクピク緩んでいる。でもこれでもないと。
そもそも、これだと一言じゃないよな。
カエデさんが欲しい言葉? 喜ぶ言葉? わからない……。
「カエデさん。いつも君のその深緑の瞳に――あ、嘘です冗談です引かないで」
音を立てず距離を離したカエデさんが、潰れたゴブリンでも見るかのような目で、俺を見ている。
駄目だ。本当にわからない。
「降参です。欲しい一言ってなんだったんですか?」
「仕方がないお方ですね……愛しています」
「へ?」
いきなり何故愛? 告白された? な訳がない。
いつもの冗談だろう。でも少し嬉しい。
「あなたが好きです。お慕いしております。カエデ! もうっ君を放さない! 辺りが正解でございました。容姿など褒めようとせず、ストレートに愛をささやいて欲しかったのでございます」
「うん。わからん。わかるか」
何がどうなったら、いきなり愛を語らえというのだろうか?
俺の戸惑いを楽しむように、フフンと鼻を高くした。
「マルク様は、存外、人の話を聞いておりません故。わたくしが、殿方を物色していたというヒントまで差し上げたと云うのに、お不甲斐ない」
「あ、あれヒントだったんだ」
「いいえ、実際に見習い鍛冶師の皆様を観察しておりました」
「それで、カエデさんの御眼鏡にかなった人はいました?」
「はい、そちらに」
カエデさんが、手で俺の方を指す。
俺? なわけない。俺は後ろを振り向いた。
筋肉がそこにいた……服の上からでもわかるほど盛り上がった胸筋の前に、丸太のような図太い腕を組んだ筋肉の塊がそこにいた。太い首の上に乗った彫刻じみた彫りの深い顔が、こちらを値踏みするように睨みつけている。
「あっ。初めまして。俺、マルクといいます」
とりあえず自己紹介でもしておく。
視界で、浅黒い筋肉がピクピク動く。筋肉と共に口も動いた。
「俺は、ノック・スミス。鍛冶師である」
発音よく通る声が響いた。耳がキンキンする。
「これは、ご丁寧に」
「うむ」
その声と共に、沈黙が広がる。何の用か、聞いた方がいいのだろうか?
戸惑う俺に、カエデさんから救いの手が差し伸べられる。
「スミス様、本日は鉄の提供、誠にありがとうございました。僭越ながらガランサに変わりまして、お礼申し上げます」
カエデさんは、スミス氏に折り目正しく礼をする。
スミス氏も組んだ腕を解き、美しいお辞儀を返す。
「助かったのは我々の方だ。礼を言う。ありがとう。ありがとう」
何故かこちらにも『ありがとう』が跳んできた。
何故? とはいえ、鉄の礼は忘れてはいけない。俺も腰を曲げ、頭を下げた。
「あ、練習用の鉄、ありがとうございました」
「うむ。話通りの少年であるな。自分の行いの価値を理解しておらぬ」
価値? 練習用に鉄を用意してもらったのだから……こちらが鉄の使用料を払うべき、という話しか?
カエデさんをちらりと見ると、静かに首を振った。違うのか……。
「して、このような場所に足を運んで頂いた理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「構わない。マルク少年をこの目で確認したかった。それと」
そしてスミス氏は、一本の延べ棒を、足元の鞄から取り出した。
「これをマルク少年に、切って貰いたいのだ」
「いいですよ」
現在、台と台の間に置かれた鉄を――「≪水精霊の斬撃≫」――二つに割り、カエデさんに回収してもらう。
スミス氏が、巨体に似合わぬ丁寧さで、そっと延べ棒を置いた。
切る位置を確認するために、延べ棒を見る。
今まで見たものとは色が違う気がするが、暗くなってきたからそう見えるのだろう。七対三の位置に線が描かれている。
「最大の強さで頼む」
「最大だと、失敗するかもしれませんが?」
「構わぬさ」
変な注文だが、受けるに戸惑いはない。
昼間、失敗した時の間欠泉を思い出すが、大丈夫だ。
四百以上切った鉄は、裏切らない。
集中しろ、集中だ。意識は指先と対象物に。
腕を上げ、目標に狙いをつける。指先を動かすだけでも使えなくは無いが、振り切る体の動きが、イメージをより強固にする。
魔力を込めろ、もっと多く、多く。
この水の糸は、鋼をも切り裂く、いや、何だろうと切って見せる。
「よし。切れる。≪水精霊の斬撃≫」
呪文と共に振り下ろす腕、その指から一条の線が伸び、対象物に描かれた線に重なり、突き抜けた。
指に伝わる感覚も、魔力的な変化もないが、真っ二つにした確信があった。
まぁ、鉄だから、切れて当たり前なんだけど。
延べ棒の隣に立っていたスミス氏が、延べ棒に触れる。
「見事だ。実に美しい断面である」
スミス氏は、七三に分かれた延べ棒を、大事そうに鞄に入れた。
スミス氏の深い顔、その口角が少し上がっている。
先程より機嫌が良くなったようだ。
「訓練の邪魔をした上、無理まで言ってすまなかった、マルク少年。礼も出来ずに申し訳ないが、今日の所は失礼させてもらうよ」
「では出口まで――」
「いや、結構。そこまで手間を取らせてはいかん」
「畏まりました。本日は、ありがとうございました」
深々と頭を下げるカエデさんに倣い、俺も姿勢を同じくする。
それは、足音が完全に消え去るまで続いた。
「もうよろしいですよ。マルク様」
「ふぅー。カエデさん。スミス氏ってもしかして相当偉い人?」
「はい。ガランサ様程度であれば、小指一つで叩き出せる御仁です」
へぇ。そんな人が、こんな水浸しの芝生に来るものなのか。
なんだか疲れが圧し掛かってきた。
ガル兄が戻るまでと思ったが、今日はもう暗いので止めておこう。
「カエデさん。すみません。そろそろ帰りますね」
「はい。ゆっくりお体を休ませてあげてください」
腹も減り時なので、何処かで食べて帰ろうか。あぁそれならば。
「カエデさん。この辺りで美味しいお店知りません?」
カエデさんが、ピタッと止まった。
間が空いて、カエデさんが喋り出す。
「それは、食事のお誘いと取ってよろしいので?」
「はい、もちろんです」
一人で食べるより、断然美味しい。
カエデさんも、笑顔で答えてくれた。
「はい、喜んで。ガランサ様の事など放っておいて、早くいきましょう。人のお金で食べるご飯は、何よりも美味しいものです」
楽しそうに歩くカエデさんの姿に、一つ思うことがあった。
一言ってこれでも良かったんだな。
二人での食事は楽しかったが……俺は自分が何を食べたのか? どんな味だったのか? 全く憶えていない。
思うのは、財布の中身が空にならなくて良かった、ただ、それだけだ……。




