179.魔法訓練とムウ
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外で茶を飲む準備は済んだ。
ムウに土の卓を作って貰っている間に、ティーポットの粗熱は、流水で取っておいた。カップも四つ持って来てあり、後は、茶に氷を投入すれば完成だ。
しかし、氷を入れるのは、キオとバルザックさんの稽古が終わってからだろう。
二人が木剣を打ち合う姿を見ているが、終わりそうにはない。
予想に反して、バルザックさんは攻撃していなかった。
キオの攻撃を捌くことに、専念しているようである。攻めの稽古か?
「あの隙に、叩き込まないなんて……あれ、本当にバルザックさんか?」
まぁ、安全ならば別にいいか。割って入る必要もなさそうだ。
だが、二人の稽古を見ていても、仕方が無い。
「ムウ。あっちで魔法の練習するから、待ってて貰って良いか?」
「行く」
「一緒に来ても、面白い物は見れないぞ」
ムウは、もう歩き出していた。俺の指した『あっち』へと。
まぁいいか。
間違っても、ムウの作った卓が巻き込まれないように、移動する。
もちろんバルザックさん達も巻き込まぬように。
さてと、昨日バルザックさんに邪魔された、練習の続きをしよう。
「≪魔力の結界≫…………≪土≫よ。≪魔力の壁≫」
円ではなく、奥行き長い長方形に結界を敷き、片側へ移動する。
そして、的である土人形を作り出し、その後ろに魔力の壁を三枚用意する。
よし。簡易魔法練習場の完成だ。
振り返ると、ムウが、結界の境界線上を触れては離し、触れては離しを繰り返していた。魔法の仕組みを調べているようだ。
ムウは、放っておいても大丈夫だろう。
俺は、的から離れた場所へと移動する。距離を空けた方が、練習になる。
さて、魔法の想像を組み立てねば。
反復練習で築いた魔法への道筋。想像の加速。
透明で、鋭い槍。青白く、凍える一撃。
狙うは、胸。貫くは、速く。
「≪氷結の投擲槍≫」
呪文と共に、魔力が体から離れていく。
その魔力は、俺の頭上で瞬時に魔法へと変じた。
生み出された氷が伸びる様に、一本の槍へと変化していく。
まだ、実戦利用するには、生成が遅い。
完成した氷結の投擲槍を、放つ。狙いを定め直す必要はないが、その練習も必要か……狙う位置を、土人形の胸から腰へと変化させ――
「行け」
高速で飛翔した氷の槍は、土人形の腰を貫き、紫色の魔力の壁を一つ、二つと破壊していった。三枚目の壁を破る事なく、氷の槍は砕けて消えた。
うーむ。突き刺さったり、砕けて消えたり、魔法の精度にバラツキがあるな。
凍った土人形へと駆け寄り、魔法を掛ける。
「≪土≫よ…………≪魔力の壁≫よ」
凍った土人形が砕け、そして蠢くように土が、人の形へと戻って行く。
ついでに、魔力の壁を作り直しておく。今度は四枚だ。
そして、振り返り、走って元の位置に戻る。
魔法による準備、氷の槍による破壊、これを繰り返すだけだ。
二度、三度と続ける。作っては壊し、作っては壊し……。
バルザックさん達の稽古が終わるまで、続けよう。
と、思っていたのだが、五度目に魔法発射位置へと戻った俺の袖を、ムウが引っ張った。
「どうした? 流石に暇だったか?」
ムウの顔が、少し赤い……これは二択だ。魔力か? 厠か?
自分の選択を信じ、腰を低くし、ムウの目線に顔を合わせる。
ムウの顔が俺に近付き、耳元で止まった。
「ちょうだい」
「ちょっとだけだぞ」
どこか誤解を招く言い方をするのは、態となのだろうか……。
俺から魔力を吸う為に、ムウの唇が、俺の首筋へと動く。
柔らかな感触と、少しの温かさ――と共に訪れる、虚脱感。
気を抜けば、低くした腰が、そのまま地に落ちそうである。
今回は、ダークマターの時とは違い、全力で吸う必要が無い為か、それだけで済んだ。前回は、意識が三連続で飛んだからな……。
俺から身を話したムウの口が、ぬめりと妖艶に光り、歪む。
見なかった事にしよう。
息を吸い、長く吐き……落ち着けば、それ程魔力を吸われていない事が分かる。
「ふぅ。で? 何をするんだ」
体を伸ばした俺は、ムウに服を引っ張られた。
今度のは……どけって意味だろう。流石に分かる。
ムウと位置を交換するように動くと、ムウは真っ直ぐに土人形を見据えた。と、思う。ムウは、髪で目元が見えないから仕方ない。
ムウの中で、魔力が高まっているのを感じる。
というより、これは!
ムウが右手を天に掲げ、呟いた。
「≪氷結の投擲槍≫」
掲げた掌に現れた、美しい氷の結晶が、一瞬で槍へと変化した。
鋭い穂先、流れるような輪郭、強固で、力強い魔力の塊。
青く透き通る槍は、まるで丁寧に切断された宝石の様であった。
あっ。これはまずい。
「≪風精霊の封壁≫」
ムウが発射を待ってくれている間に、離れた土人形の裏側の守りを強くする。
これで、見えぬ封壁一枚、半透明で紫色の魔力の壁四枚。
流石にこれは、破壊しきれまい。
大丈夫だろうか? いや、自分の魔法を信じよう。
ムウが、静かに右手を前に倒した。と、同時に放たれる美しい槍。
一瞬の出来事であった。
土人形の胸を貫き、封壁を破壊し、魔力の壁を四枚破壊した槍は、結界の境界線上で突き刺さる様に停止した。
その一瞬が過ぎると、遅れて、全てを破壊した音が重なる様に、耳に届いた。
よかった……そのまま結界も破って突き進んでいたら、大変な事になっていた。
「ムウ。前から使えたのか?」
ムウは、静かに首を横に振る。
当たり前か。氷結の投擲槍は、あの時に俺が適当に組み上げた魔法だ。
似た魔法があったとしても、呪文や作りは別物のはず。
しかし、ムウが放ったのは、俺の氷結の投擲槍と同じであった。
気が付けば、俺の膝と手が地面に接していた。地面が近い……負けた、完敗だ。
数度見ただけで、美しく、より強い魔法として習得されてしまうとは……。
いや、より完成度の高い魔法を見せて貰ったのだ。
模倣は、成長の一歩だ。
膝の土を払い、立ち上がる。へこんでいられるか。
気付けば、先程まで近くに立っていたムウがいない。
首を動かすと、凍り付いた土人形の方から戻って来るムウの姿が見えた。
その顔は、実に満足げである。
「ムウ。真似させて貰うぞ」
ムウは大きく頷いた。
早速……いや、まずは土人形を作り直さないと。
結界と拮抗し、停止していた氷結の投擲槍が消えている。近くで観察したかったのだが、仕方が無い。そのままでは危険なので、ムウが消したのだろう。
「≪土≫よ。≪魔力の壁≫」
凍り付いた土人形を作り直し、魔力の壁を生み出す。ムウ越えを狙って八枚だ。
結界のぎりぎりまで魔力の壁が並んでいる……窮屈だ。
まぁいいさ。先程見たムウの魔法が、頭に強く残っているうちに、一撃。
魔法発射位置に立ち、土人形を睨みつける。狙う胸を、真っ直ぐに。
息を大きく吸い、長く吐く。落ち着いて、落ち着いて。
先に見たムウの魔法。それを自分の中で描き直す。
青く輝く宝石のような、美しい槍を、鋭く、素早く生み出された氷結晶を。
狙いも、その結果も、もう見えている。
「≪氷結の投擲槍≫」
力が抜ける。魔力の喪失の代わりに、体に脱力感が入り込む。
だが、既に魔法は生まれた。
頭上を確認する必要はない、そのまま、放つ。
「貫け」
動き始めた槍は、瞬く間に土人形を貫き、魔力の壁を破壊し始めた。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚目で槍が止まった……突き刺さった七枚目の魔力の壁が、壊れ、槍が落ちる。
透き通る結晶のような青白い槍が、地面に転がった。
「惜しい。あと一枚だったのに」
「練習」
「だな。反復練習あるのみ。ありがとな」
ムウが笑っている。隠れている目も、笑っていてくれれば嬉しいのだが。
今の魔法は、どうだったのだろうか? 落ちた氷の槍に近付きながら、考える。
魔力は、無駄が多い。結構な量を持っていかれた。
発生は、想像通りで、理想通りだ。
速度は、ムウの魔法よりも遅かった。
威力は、条件が同じでは無いが、ムウの方が強かっただろう。
胸に穴の開いた土人形が、薄い氷に包まれて固まっていた。調べるまでもなく、氷漬けだ。指で突いてみると、瞬く間に全身が砕けて、次々と地に落ちた。
次に、地面に転がっている氷の槍を拾い、振り回してみる。
少し短いが、普通に槍として使えそうだ。手にも馴染む。
ムウの槍と比べると、作りが甘い。だが、見た目はそこまで追求しない。
ついでに、槍で残り一枚の魔力の壁を破壊しておく。
槍を軽く払っただけで、魔力の壁が砕け散った。
まだまだ使える。と言っても、残していても仕方ないか……槍を消しておく。
青い結晶のような槍が、俺の手の中で溶けるように消えていった。




