175.誤解が解ければ
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「では、本当にただの『お友達』だと?」
「むしろそれ以外の何だと? エル様は、まだ十歳ですよ」
どうもツヴァイ氏、もとい聖騎士団の勘違いの根っこは、エルと俺が友達になった事にあったようだ。
十八の青年と、十の少女。
この友人関係を、男女の話だと取り違えていたらしい。
そしてエルの相手が、あの”マルク”であると……なにやら、俺の女性関係に関する、根も葉もない噂も流れている様である……何でだ?
第一、俺の女性関係の噂なんて、誰が話して、そして誰が聞いて喜ぶのだ?
全く、意味が分からない……。
「いやはや、俺はてっきり……いや、これは失礼を」
「誤解が解けたのなら、それでいいです」
石畳に座りながら、エルに治癒を受けている俺に、ツヴァイ氏は頭を下げた。
ツヴァイ氏は、話せば誠実な人であった。そして、彼の中の誤解も解けた。
なら、何の問題があろうか。
「ツヴァイは、何を言ってますの?」
「エル様、あいつらの言葉を聞くと、お耳が汚れてしまいます」
「聖騎士の皆さんが、俺とエル様の関係を勘違いしていただけですよ」
アホのギュストは、放置しておけば良いだろう。
「わたくしとマルクは、友達でしてよ」
「ええ」
背後から聞こえるエルの声に、同意する。
エルの言葉を聞いてか、ツヴァイ氏が膝を折り頭を垂れた。
「そうでしたか、エル様……我が恥をお許し下さい」
「構いませんわ。間違いや思い違いは、誰にでもありましてよ」
「「エル様……」」
ツヴァイ氏とギュストの声が重なる。気にしない、気にしない。
体を包んでいた柔らかく温かな光が、小さくなっていく。
エルによる治癒が終わったのだろう。
俺は立ち上がり、体を動かしてみる……背はもう痛くない。手痛い一撃による傷や痛みも、エルの治癒にかかれば、あっという間に元通りである。
投げられ、石畳に叩き付けられた際に打った手足も、万全の状態に戻っている。
回復術士として、実に良い腕だ。
「エル様。ばっちりです。ありがとうございます」
「良かったですわ。ですが、武器もなしにツヴァイに挑んではいけませんわ」
「はい。反省してます」
反省は、痛みと共に身に染みた。
剣を折られた時点で降参するのが、賢い選択だったのだろう。
だが、もう少し戦ってみたかったのだ。強い人と戦う機会は、そう多くない。
結果は、痛い目を見ただけで終わったのだが……。
「ですが、聖騎士達と切磋琢磨するマルクの姿は、格好良かったですわよ。戦いを間近で観戦するのは、やはり楽しいですわね」
俺の手を掴んだエルが、その両手をブンブンと振り回し始めた。
戦いを思い出し、興奮でもしているのだろうか? 元気な姿は可愛らしい。
「そうですわ。ヘクター達も呼んで来ましょう」
「ん? エル様?」
ヘクターさんは、聖騎士の一人だ。
エルの我が儘に付き合う、いつもの人である。
そして、ヘクターさんを呼ぶという事は、ヘクターさんの隊全員を呼ぶという事なのだろう。何のために? 決まっている。
「楽しみですわ。マルクも、まだまだ戦えるでしょう?」
「できれば、勘弁を……」
「ベンドリッド。ヘクターを呼んで来なさい」
エルの声に合わせ、一歩前に出たベンドリッドさんが頭を下げた。
「エル様。申し訳ございません。ローレンス司祭様がエル様をお探しです」
振られる手がピタリと止まり、そして、エルの顔が沈んでいく。
満開に開いた花が、急激に萎んでいく様であった。
「仕方……無いですわ……」
声まで沈んでいる。
俺としては迷惑な提案であったが、エルとしては楽しみだったのだろうな。
このままってのは……嫌だな。
膝を曲げ、エルと目の高さを合わせる。
エルのしょんぼりした顔が、より近くなった。
「エル様。今度また、お付き合いしますから、ね?」
本当は、面倒この上ない事ではあるのだが……子供が沈んだ顔は、好きではない。こういう時に面倒を背負うのは、年上の役目だ。
押し付けられた理不尽は御免だが、歩み寄れるのならば、その方が良い。
エルが、クリッとした目で俺を見つめる。真っ直ぐと。
「良いんですの?」
「偶になら、ですけどね」
「毎日でも、構いませんわよ」
「それは、止めて下さい。俺も聖騎士の皆さんも倒れてしまいますから」
「ええ。そうですわね」
エルが、俺の手を放した。
萎んで力が抜けたのではなく、微笑み、力を抜いて。
「では、いってきますわ、マルク」
「ええ、エル様。また今度」
エルが一歩下がって、優雅に一礼をした。
俺に対する礼儀なんていらないんだけどな……可愛らしいから、いいか。
「フフ。皆、励むのですよ」
聖騎士団の覇気の籠った返事が、耳に響く。
気が付けばベンドリッドさんを含めた、聖騎士十一人が、綺麗に整列し、エルを見送る姿勢になっていた。
一人座ったままの俺は、あまりにも場違い過ぎる。が、いつもの事か。
俺は座ったまま、エルに手を振る。
笑顔で手を振り返したエルは、俺達に背を向け歩き出した。
「行きますわよ。ギュスト」
「ハイ。エル様」
ギュストとネフツさんを引きつれて、エルが訓練場を後にする。
それは、まるで冒険への旅立ちの場面のようであった。
その最大の理由は、並ぶ聖騎士達の顔である。
なんでこの人達、感極まった表情をしているのだろうか?
いや、気にしたら負けか……。