174.ツヴァイ、その戦い
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エルの視線を独占している?
ツヴァイ氏は、何か勘違いをしているのではないだろうか?
「とりあえず……訳が分からないんですけど」
「ああ、貴公には分からぬだろう、我らの気持ちなどな。貴公が一途な男であったのなら、まだよかった……だが、だがだ。貴公の周りには女の影が多い。多すぎる。それではいかんのだ」
「はぁ……」
本当に何を言っているのだろうか?
理解に苦しむ以前に、何か誤解をしているのではないだろうか。
「貴公は、幾人の女性に囲まれて居る? その全てが、美しき女性たちばかりではないか!」
「俺の知り合いに美人が多いのは、その通りですけど、別に囲まれてる訳じゃないですよ。そういうのは、色男に言って下さい」
「言うに事欠いてそれか……貴公が、幾人の女性と関係を持とうが、我々の知った話ではない。だが、エル様と交際をするのであれば、他の女性との関係は断ってもらおうか」
「ああ……ギュストの同類か……」
「あのような不埒者と一緒にするでない!」
ツヴァイ氏の大声が耳に響く。
流石にギュストの同類と言ったのは、口が悪すぎたか。
まぁ怒る前に、人の話を聞いて欲しいものだ。
そういう所も、ギュストそっくりではないか。
「ふむ。今日の貴公の行い、態度から、話し合いで事を済ませようと思ったが……俺の目も曇ってしまったらしい……さぁ、いつでもきたまえ」
ツヴァイ氏が右半身を前に出し、戦いの構えを取った。
武器を持たずに来たので、戦わなくても良いと淡い期待をしたのだが……無駄であった。防具としての小手は着けているが、無手で戦うらしい。
そして、ツヴァイ氏の目が曇っている事には、同意せざるを得ない。
「分かりました。話は後で」
悪漢でもなく、さらに武器を持たない人間に剣を向けるのは、心が痛む。
だが、本人が、無手で戦いたがっているのならば、遠慮はしない。
ツヴァイ氏は『いつでも』と言ったが、俺は待つ。開始の声を。
俺とツヴァイ氏のやり取りを、呆れた顔で見ていたベンドリッドさんが、己の役割を思い出したかのように、声を上げた。
「始め」
一手目は攻めてこない。先の言葉から確信があった。
ならばと踏み込み、胴を狙い、剣を払った。
しかし剣は、滑る様に動くツヴァイ氏を捉える事は無かった。予想通りツヴァイ氏は後ろに下がるだけで、攻撃へは転じてこなかった。
だが、次からは違うだろう。不用意な一撃は、手痛い反撃となって返って来る。
そのことが、今の足捌きだけで十分に伝わった。
動きは最小限に、二の腕を狙って斬り付ける。
金属同士が音を奏でる。
小手により弾かれた剣を自身の操作下に引き戻しながら、身を半分逸らし、相手の拳を躱す。拳が、速い。
そのうえ、小手を利用した一撃は、金属の塊を衝突させるようなものだ。
大きな体躯に関わらず、踏み込む動きも素早い。
進む相手と位置を入れ替えながら、迫る拳を剣で払う。
ふぅ。剣の間合いからも遠く、距離が離れる。
仕切り直しだ。
出来うることなら剣の長さの分、存在する有利を活用したい。
ツヴァイ氏は、攻め気は無い様だ。逆に戦い難い。
俺の戦い方は、相手の行動や攻撃に合わせて隙を突き、攻撃を叩き込む。これを基本にしている。待ち以外では、一気呵成に攻め、手早く決着をつける。
故に、守りの堅い相手と戦うのは苦手だ。
モンスター相手ならば、行動を予測して手の打ちようがあるのだが、人間相手では……いや、今は目の前の相手に集中せねば。
一呼吸入れ、踏み込む。
剣の間合いで再び胴を狙う。体捌きでは回避の困難な位置だ。
下がるか? 受けるか? 弾くか?
ツヴァイ氏の選択は、弾きであった。
甲高い音を上げ、剣の軌道が逸らされた。
相手の動きを予測して、俺は姿勢を低くし、前進する。
頭の上を、高速の手甲が通過する。
脇を通り抜けついでに、胴へ剣を打ち込む。しかし、鎧に阻まれる。
姿勢が整わなかった為に、弱い一撃になってしまった。これでは鎧の上から攻撃は通らない。
素早く振り返り、迫る拳を剣で受け流す。左を、右を。
一時的に互いに背を向けたのだ。当然、相手も俺の背を狙っていた。
そして、肩から腰に掛けて狙った斬撃を、軽く後ろに下がり、ツヴァイ氏は回避した。
全く、弄ばれている気分になる。
マルク青年の剣を弾き、踏み込み、拳を振るう。
顔を狙った拳は、体を逸らしたマルク青年に簡単に回避された。
崩れた姿勢に、逆の手を刺し込む――が、音と衝撃。剣によって弾かれた手甲が、俺の体勢を崩す事になった。攻めを諦め、距離を放す。
マルク青年は、体勢を持ち直すのが早い。
剣技としては精彩を欠くのだが、振るう体は強靭に仕上がっている。
あれは鍛錬によるものでは無く、戦いで染み付かせた身のこなしであろう。
冒険者マルクの噂が本当であると、打ち合えば実感する。
鍛えた者に比べれば細身のあの体に、如何にして俺の拳を弾く力があるのか、知りたくもある。
俺も、マルク青年も攻めあぐねている。だが、マルク青年の目は、俺を鋭く捉えたままだ。戦いに停滞が生まれても、その意思は衰えていない。
惜しい男だ。
これで、女誑しでなければ、エル様の伴侶に相応しい男であるのに。
マルク青年が踏み込んでくる。
体の動きを見極め、腿を狙った剣を躱し、斬り返しを左の拳で弾き飛ばす。
俺は踏み込み、腹を狙って蹴りを放つ。が、空を切る。
即座に足を地に着ける。そして、俺の背に抜けたマルク青年の位置と姿勢から、繰り出される斬撃を頭に描き、俺は跳んだ。
地面を這うように描かれた、銀色の軌跡が目に映る。そのままであれば、足を薙ぎ払われていたか。
跳んだ俺を、マルク青年は、放置などしてくれないだろう。
剣の勢いそのままに、回転するマルク青年の次の手は見えている。
斬り上げる剣を、俺は空中で蹴り飛ばした。
折れた剣の先が、宙を舞う。
マルク青年の目に、驚きの色が見えた。
着地と共に攻め立てる心算であったが、マルク青年は、既に俺から距離を放していた。そして、マルク青年が、折れた剣を投げ捨てる。
良い目をしている。剣を失っても、戦う意思は失っていないようだ。
やはり良い。
折れた剣の先が、床に弾かれ、高い音を放った。
共に駆け、一瞬で距離が詰まる。
武器を失った相手に、待つ必要はない。
マルク青年の正中線を狙って、拳を叩き込む。
マルク青年は、足捌きで避けながら手甲の側面を掌で弾いている。
九人との戦いを見て、感じていた。
やはりだ。マルク青年は、受け流すよりも、巻き上げるよりも、弾く。
癖が分かれば、攻めは楽である。
頭に足が飛んできた。顔を狙う回し蹴りを、上体を反らし回避する。
マルク青年に拳を突き立て――弾きに来た手を掴み取る。
「しまっ――」
「せいやぁ!」
繋がった腕を起点に、引き寄せ、持ち上げ、力任せに投げつける。
マルク青年の体が宙を飛ぶ。
マルク青年は、頭を打たぬ様に器用に受身を取り、即座に俺を目で制する。
生身で石に叩き付けられるのは、痛かろうに……慣れておるのだろうな。
「さぁ、続けよう」
マルク青年が低い姿勢で駆け出した。床を蹴る動きは強く、速い。
低い姿勢そのままに、足払いを行ってくる。素直だ。故に御しやすい。
マルク青年の動きに合わせ、距離を取る。
起き上がるマルク青年に拳を――衝撃と共に、腹部へ圧が掛かった。
あの姿勢から体当たりをしてくるか!?
だが――
「甘い!」
その程度の体当たりでは、俺は倒れはしない。
腰に体ごとぶつかって来たマルク青年の背が、がら空きだ。
その背に、両手で作った槌を叩き付ける。衝撃が両手に伝わる。
呻き声と共に、マルク青年が床に倒れ込んだ。
俺は、その背に拳を――
「参りました」
止めた。
「ああ。動けるかな?」
「背が痛いですが……何とか」
力強く叩き付けたのだが……マルク青年は、平然と体を起こす。
なかなかに頑強な男だ。
「よし。エル様の元で治癒を」
「いたた……そうします。話は後で」
「ああ、治癒ついでに、貴公の話を聞こうではないか」
鋭く刺さる視線が、非常に痛かった。