173.法力には魔石を
読みやすいように全体修正 内容変更なし
「≪大天使の守護≫」
尻餅をついた聖騎士に追撃しようとすると、彼は魔法――いや、法力を使った。
剣を振る前に、俺と聖騎士の間に光の壁が生み出された。
正確には、聖騎士を囲むように光の領域が作り出されている。
法力を使う速度も、判断も悪くはない。
模擬戦でなければだが。
特に意味は無いが、剣で光の壁を叩いてみる。
堅い壁を叩いている感覚よりも、光の壁に触れた剣が、弾き返されている様だ。
まぁ、構っても仕方ないので、大天使の守護から離れる事にした。
「貴様! 何をやっている!」
「私は、ま、負けていません」
「早く解け。貴様、それでも聖騎士の一員か」
「あー。別にいいですよ。休憩してから片付けますから」
ベンドリッドさんの怒声が飛ぶが、別にどうでもいい。
俺は、バックパックを預けたエルの元へと向かう。
エルの顔が、ムっと膨れている。彼の行動に思う所があるようだ。
「あれは、流石に駄目ですわ」
「ええ。エル様、全くです」
ギュストが、頷きながら同意の言葉を発している。あいつ、何も考えてないな。
頭を空っぽにして、エルに同意しているだけだ。
「まぁ模擬戦ですから、目くじら立てるものでもないですよ」
「戦う者として、覚悟が足りませんの」
エルからバックパックを受けて取り、青色ポーションを取り出す。
封を解き、一気に飲み干す。特に味も無く、飲みやすい。
青色ポーションもガル兄から買っているが、こちらは市場に出回っているポーションと同じものだ。
早速、体の中に染み込んでいくのが分かる。
攻撃を避け損ない、掠った代償である痛みが、和らいでいく。
普段なら癒しの水で済ませるので、もっと疲労や損傷が多い時にしか青色ポーションは飲まないのだが。まぁ、あるものは使うべきだろう。
それと、探し物が……。
「入れっぱなしにしてたのが、あったはず……」
「何かお探しですの?」
「ええ。あれ、ぶっ壊そうかと思いまして――あった、あった」
バックパックの中から、加工済みの小さな魔石を一つ取り出す。
最近、バックパックに入れた記憶があったが、正しかったようだ。
何の準備の時に入れたのかは、思い出せないが……まぁいいさ。
「ちょっとドカンとしますけど、気にしないで下さい」
「手加減は、して差し上げなさい」
「はい、エル様」
「建物ごと壊すなよ」
「するか」
再びバックパックをエルに預かってもらい、俺は光の壁への前へと戻ることにした。別に魔力、もとい加護の力切れを待っても良いのだが、時間が掛かる。
あの聖騎士を説得するのも面倒だしな。
光の壁に近付きながら、右手に魔石を持つ。
この加工済みの魔石は、お手製の爆弾だ。
昔、備えの為に作った物であるが、あまり使わない物なので、未だ道具箱に数個眠ったままになっている。意図して魔力を込めないと使用できないので、勝手に爆発しない点は、我ながら良い出来だと思う。
「それ、壊すので、そのままにして下さい」
「俺の大天使の守護が、簡単に壊せるわけが無いだろう」
そうか? 今まで見てきた大天使の守護の中でも、脆い様に見える。
まぁ、急いで発動したのだろうから、仕方が無いか。
大天使の守護を見て、込める魔力の量を調整する。
全力で爆破して、中の聖騎士が死にでもしたら、流石に目覚めが悪い。
「行くぞ」
返事は聞かない。
俺は、光の壁に向かって、魔力を込めた魔石を投げつけた。
後は、魔石が何かに当たれば――光の壁に衝突した魔石が、破裂するように爆発した。魔力の爆発だ。
紫色の魔力が、魔石を中心に放出される。
魔力は絞ったから、大丈夫だ。爆発範囲は限定的である。
白い光の壁と紫の爆発が拮抗したのは一瞬であった。
そのまま、大天使の守護が砕ける様に散る。
って壊れるのが早い!
大天使の守護に守られていた聖騎士が、魔力に晒され、吹き飛んでいく。
勢いよく飛んだ聖騎士は、一度、二度と石畳に身を打ちつける。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う……ぐぅ」
石畳の上で横たわる聖騎士の元へと向かい、状態を調べる。
呻いているが、意識はある……どこも強く打った跡はない……頭も怪我は無い。
魔力を浴びせられて、体が弱っただけか? いや、取り合えず運ぼう。
「持ち上げますよ」
「あ、ああ……」
膝裏と肩甲骨に手を添え、持ち上げる。怪我人に男も女も関係ない。
お姫様抱っこで、エルの元まで運ぶ。流石に聖騎士は、重い。
「エル様。加減を失敗しました」
「もぅ。そこに寝かせなさい」
「はい」
エルの前に、聖騎士を仰向けに寝かせる。
エルが聖騎士の状態を調べ始め――聖騎士を引っ叩いた。
「ロイ、いつまでそうしてますの! このぐらい怪我にも入りませんわ。軟弱者」
「ヒィ。申し訳御座いません。エル様」
聖騎士が跳ね起き、エルに頭を下げた。
何だ、元気ではないか……良かった。いや、心配して損した。
元気な聖騎士を見て、謝罪する気持ちが引っ込んでいく。別にいいか。
それよりもギュストよ……何故、羨ましそうに聖騎士を見ているんだ……。
九人目の彼は、そのまま負け扱いになった。
まぁ元々勝ち負けで戦っている訳ではないが、俺の勝ちとも言えないと思うのだが……遠くで他の聖騎士たちに囲まれ、睨まれている彼を見ると、考えるのすら馬鹿みたいに思えてくる。
気を取り直して、最後の一人へと目を向ける。
ん? 武器を持っていない。
他の聖騎士達より年齢が高いと思われるこの男は、年は三十後半と感じた。
他の聖騎士達と変わらぬ、がっしりとした体躯。鎖帷子に覆われた四角い顔。そして鼻の下の小さな髭。
男前な眉の下から力強い目が、真っ直ぐ俺を見ていた。
「先程の件は失礼した」
「いえ。こちらもやり過ぎました」
目の前の聖騎士は、ゆっくりと首を横に振った。
「良い薬になるでしょう。失礼。俺は、ツヴァイという」
「俺は――」
「構わない。聖騎士で、君を知らぬ者は居ない」
過去の事も、冒険者としての俺も、彼らからすれば知っていて当然か。
「しかし、今回の茶番を受けてくれて助かる」
「自分たちで言うんですか」
「勘違いしないで欲しいのだが、一人たりとも手は抜いておらぬ。上の意向がつまらぬ些事だと言うだけだ」
なるほど。上から意趣返しを命じられたが、彼らにはその気は無かったと。
ん? 随分と殺気立っていたのは、気のせいだったと言う事か?
「その割には、視線が厳しかったようですが?」
「それは、別の理由だ」
ツヴァイ氏の口角が、僅かに上向いた。が、視線は鋭いままだ。
別の理由? 見知った顔は一つも無かったし、恨みを買った憶えも無いのだが。
「分からぬか?」
「全く」
「ふむ。貴公が、エル様の視線を独占しておるからだ」
何を言っているんだ、この人?