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172.聖騎士団の訓練場

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 ピュテル大聖堂やダンジョン入口から少し離れた場所にある訓練場。

 室内である為、雨天、昼夜問わずに、聖騎士団が訓練に励んでいるのだろう。

 石畳の床が、倒れると痛そうである。

 この訓練場には現在、俺、エル、ギュスト、ネフツさん、聖騎士団団長であるベンドリッドさん、そしてこちらを睨む十人の聖騎士たちが居た。

 聖騎士たちは、一人も見覚えが無い。

 普段エルの我が(まま)に付き合わされている聖騎士は、町の防衛に()く隊の方々である。ここにいる十人は、別の隊の人なのだろう。

 俺は、刃の潰してある剣を振り、準備を整える。特に体に問題は無い。

 剣を下ろすと、ベンドリッドさんが近付いてきた。

 ベンドリッドさんは、年齢五十ほどの骨ばった顔つきの男性である。長い髪を揺らしながら歩いてくる。

 ベンドリッドさんもそうだが、聖騎士は皆、同じ鎧を身に着けている。

 少し横に長い肩当に、首から腰まで守る金属鎧。手足は防具で覆ってはいるが、動きやすさ重視なのか、完全防護という訳ではない。

 得物が片手持ちの者は、利き手に、太陽の紋章が入った中型の盾を着けていた。

 ベンドリッドさんが他の聖騎士と違う点を上げるとすれば、鎖帷子を着込んでいない事だろうか。

 武器も持っていない様なので、今日は団長さんと戦わなくても良いみたいだ。


「おはようございます。ベンドリッドさん」

「おはよう、マルク君。今日はすまないね」


 ベンドリッドさんの顔が、お爺さんのように崩れる。

 骨ばった顔に浮かび上がる皺が、年齢よりも多く思え、苦労を感じさせる。


「いいえ。どうせ、上のごたごたでしょう。これ、誰の発案なんですか?」

「ヨグスト司祭様です。建前は、フロストジャイアントを倒した男と戦いたいという”下からの要望”を叶えた事になっています」

「でもバルザックさん達に直接やり返すのは怖いと……いい迷惑です」


 なら初めから、不当で不義理な事をしなけりゃいいのに……面倒くさい。

 ベンドリッドさんが苦笑いを浮かべている。

 間に挟まれて、大変なのだろう。


「”フロストジャイアントを倒した男”と戦いたいんですから、魔法は使って良いんですよね」

「ハハハ。御冗談を。彼らを全員始末する気ですか。いつも通りでお願いします」

「はい。今のは気にしないで下さい」


 半分は冗談じゃないんだけど。

 魔術師に魔法抜きの勝負を挑むなんて、あいつら恥ずかしくないのだろうか。

 十人に目を向けると、皆、目がぎらついている。

 痛い目に合わせろって命令なのかは知らないが、俺が剣のみなら勝てると思っているのも気に食わない。


「マルク。油断はいけませんわよ」

「はい」


 エルの元気な声が訓練場に響く。

 軽く手を振り返事をする。素直な応援は、嬉しい物だ。

 だが、面倒な事は変わらない。早く始めて、早く終わらせて欲しいものである。


「さぁ。無職と云えど暇じゃないんで。早く始めましょう」

「ええ。今より模擬戦を始める。一名、前へ」


 ベンドリッドさんの声に合わせて、聖騎士が一人、前に出た。

 二十後半であろう男であった。背丈は俺と同じ程度か。

 輪郭からして鍛えている戦士の形をしている。力比べでは、勝てないだろうな。

 頭まで鎖帷子で覆っているが、兜は身に付けないらしい。

 手には、長い槍が一本。

 長さは目算で、この聖騎士の五割増しと言った所か。

 (つか)に穂が付いているだけの質素な槍は、穂先を丸く潰してあるのを見るに、訓練用であろう。

 とはいえ剣も槍も、まともに受ければ怪我では済まない時もある。


「槍か……面倒くさい」

「獣相手には、良い武器でしょう」


 俺の言葉を鼻で笑った聖騎士が、そう言った。

 全く、人を獣扱いか……。


「噛み付かれてから、泣かないで下さいね」

「扱いは慣れていますので、ご安心を」

「そうですか」


 聖騎士が槍を構えたので、俺も剣を両手で持ち、構える。

 さて、どうするか?

 距離は相手が上。力もおそらく。魔法は使用禁止。

 魔法が使えれば、相手の距離の外から魔法を撃つのも良いし、得物を使用不可にして、自分の距離で戦うも良いのだが……って人間相手に、それは不味いか。

 まぁ、訓練と割り切ろう。

 相手は。訓練のつもりなんて無いかもしれないが。


「始め!」


 ベンドリッドさんの声と共に、駆ける聖騎士。

 持ち手の位置、槍の長さを考え、まずは大きめに後ろへ避ける。

 小さく振られた槍は、先程まで俺の(すね)があった位置を削る様に通過していく。

 続いて胴を狙う横薙ぎを、槍の穂へと剣を重ね、弾く。

 その後も聖騎士による、小さく、軽い攻撃が続く。

 剣と槍。攻撃の届かぬ距離を保たれれば、不利は続く。

 とはいえ、(しばら)くは付き合うしか無いか。

 攻撃を(かわ)し、弾き、全てを無効としていく。

 聖騎士が、一歩、二歩と前に出て、突きを放ってきた、俺の喉元を狙って。

 突きに剣を合わせ、軌道を斜め上にずらしてやる。

 そのまま剣で槍を打ち上げ、俺は、前に進み、剣を振る。

 狙いは一か所。相手の胴を横へ。

 その横一閃を、器用に体と槍を回した聖騎士は、石突側で弾き返した。

 だが、予想通りだ。

 力と力の真向勝負では勝てないだろうが、不利な姿勢の相手に負ける程、(やわ)ではない。ただ愚直に剣を振る。相手の肩を、相手の手を、相手の(もも)を狙って。

 聖騎士も柄で受け、払い、受けと防いでいるが、力強さは感じない。

 槍と剣。得意の距離で戦えなければ、不利は必然。

 距離を放す隙など与えない。体勢を整える暇も。

 崩れた相手は、ただ力で押し込む。

 俺の力押しに耐えきれなかったのは、槍の柄であった。

 肩を狙った振り下ろしの一撃により、木製の柄が砕け、槍が折れた。

 剣は、そのまま肩当へと吸い込まれていく。


「くぅ」


 刃の潰れた剣でも、防具の上からでも衝撃は伝わる。

 (うめ)く相手の肩で止まった剣を引く――よりも、相手の胴を蹴る方が簡単だ。

 靴底が、鎧の中心を捉え、相手を押し出す。

 聖騎士が後ろによろめくと同時に、俺も反動をいなす為に、後ろへ下がる。

 聖騎士は折れた槍を構え、体勢を立て直し始めていた。


「降参するか、新しい武器を」

「情けかい?」

「別に殺し合いではないので」


 腕を下ろした聖騎士が、ゆっくりと言った。


「降参だ。あと九人頑張ってくれ」

「半分にして貰えませんか?」

「ハハッ。諦めるんだね」


 聖騎士は、にこやかな顔で他の面々の元へと戻って行った。

 騎士って、相手の事を考えない人ばかりなのだろうか……護衛騎士の人達って良い人達だったんだな。襲い掛かってこなかったし。




「ハッ」


 盾を蹴り飛ばし、目の前の聖騎士の体勢を崩す。

 頭を狙う様に剣を振り上げる、ふりをして素早く姿勢を落とし、聖騎士の足へ、剣を払った。

 上半身を守った盾は意味をなさず、剣で足を払われた聖騎士は、石畳に転げる。

 石畳に横たわった聖騎士の顔に、剣を突きつける。


「参った」

「立てますか?」

「無理だな。誰か、手を貸してくれ」


 既に戦いの終わった聖騎士たちが、足を痛めた彼を運び出していく。


「タップ、グリ、ラカンをこちらへ連れてきなさい」


 エルが、運搬中の聖騎士たちに声を掛ける。

 エルは回復術士として腕が立つらしいので、彼女に任せて大丈夫だろう。

 それにしても、これで六人目か……。

 思ったより、普通の人たちで良かったと思うべきなのだろうか?

 しかし、攻撃に殺気が籠っているのは、全員に共通している。

 だがそれは、気迫の表われとも取れる。

 まさか本当に、手合わせの為に呼ばれた? それはないか……。

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