170.珍しき来訪者
読みやすいように全体修正 内容変更なし
庭で独り、木剣を振る。
自分とバルザックさんの違い。
力の差、体格の差、そして技量の差。
たとえ炎帝竜の大剣が強力な魔法であっても、扱う俺の技にキレが無ければ、最大限の効果を発揮出来ない。
剣技と云えば、王都で戦った騎士も強かった。
だがあれは、人を相手にする剣技だ。
対戦相手として参考になったとしても、俺自身が目指すべき剣ではない。
父の剣技は、どうだったのだろうか?
ガル兄の剣は、俺の剣に近い。いや、源流が同じなのだから当然か。
とはいえ剣技を叩き込まれたガル兄と違い、俺が父から教わった剣は、戦い、生き残る為の術である。父の剣技ではない。
考え事をしながらも、木剣は振り続ける。
剣の軌道を、体に染み込ませる為に。細かな身の操り一つ、正確に行う為に。
先程から、シャーリーが見ているのを感じている。
練習の邪魔にならぬ様、区切りが付くまで待っているのだろう。
振る腕を止め、木剣を静止させる。
「ふぅー」
「お疲れ、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう、シャーリー」
振り返ると、籠を持ったシャーリーが微笑んでいた。
朝日と合わさり、眩しい。
「朝から精が出るね」
「腕は、使わないと鈍るからな」
シャーリーと二人、屋敷へ入る。
食堂にはテラさんの姿は無かった。まだ寝ているのだろう。
「さてと。テラさんが起きる前に、ちゃちゃっと作りますか」
「うん。野菜切るから、バターで焼いちゃって」
「了解」
鉄なべにバターを入れ、火の魔工石に魔力を通す。
火の調整は利かないので、バターを焦がさぬ様に注意する。
包丁の心地よい音が、耳を刺激する。
「お兄ちゃん」
「あいよ」
シャーリーが切った野菜を投入する。
かぶ、人参と火の通り難い物から順番に。きのこ、玉葱と続く。
焦げぬ様に具材を動かしながら、ゆっくりと作って行く。
かぶと人参に透明感が出てきた。
一度、火の魔工石を止め、野菜を三つの皿に移す。
「お兄ちゃん」
「次は、卵だろ」
材料を取り出す時に、卵は見えていた。
鉄なべを戻し、火の魔工石に魔力を通し、もう一度点火する。
「ぐちゃ、ってしてね」
「ぐちゃ、ね」
卵を手早く割り、塩を入れ、器の中でかき混ぜる。
白身と黄身が混ざり合い、黄色い液体へと変化していく。
フォークと器。洗い物が増えるが仕方ない。美味しいご飯を食べる為だ。
さて、急がねば鉄なべが熱くなり過ぎてしまう。
溶いた卵を鉄なべに投入すると、ジュッと小さな音を立てた。
火の通りが均一に成る様に、お玉でかき混ぜていく。
半分ほど固形になったので、火の魔工石を止める。
後は、鉄なべの熱で十分だ。
放置ついでにシャーリーを見てみると、パンを切ってジャムを塗っていた。
あのジャムは、柑橘系の何かのジャムだ。
昨日の朝食でも食べたが、結局、正体は分からなかった……。
おっと。程よく火の通った卵を皿に盛り付ける。
うん。皿の中で黄色が映えて、実に良い。
「シャーリー。お茶はどうする?」
「食後でいいかな」
「そうするか」
シャーリーが皿にパンを乗せ、朝食完成である。
シャーリーと共に皿を持ち、食堂へ向かうと、ぼんやりしたテラさんが座って待っていた。
「おはよう、テラさん」「おはよう」
「うむ。二人とも、おはようなのじゃ」
テラさんの声が、ふわふわしている。
食事が進めば、目もシャキッとするだろう。
それぞれの前に皿を置き、シャーリーと俺は自然と席に着く。さぁ――
「「「いただきます」」」
楽しい朝食の始まりだ。
食後、茶を淹れる為に台所へ入った瞬間、屋敷から微量の魔力が放たれた。
知らぬ誰かが、屋敷に接近してきた知らせである。
咄嗟に近くに隠してある剣を取り、出入り口の見える位置へと移動する。
そこには、後ろで二つにまとめた金の髪を揺らしながら屋敷へ近づく少女の姿があった。エルだ。
その後ろに、短い黒髪を揺らし歩く褐色の少年――とはいえ俺と同い年なのだが――ギュストが護衛に付いている。
もう一人、隠れた護衛がいるのだが、魔力の流れしか読み取れない。
あれはたしか、ネフツさんだったか?
存在は分かれど、姿が見えない。
他者に魔力を察知させているのも、自身が護衛だと態と知らせる為なのだろう。
彼女らの出迎えもそうだが、テラさんに問題ない事を知らせておかないと。
茶を淹れるのを諦め、食堂へと向かう。
「テラさん。俺の知り合いでした」
「うむ。賊でなければ良いのじゃ」
テラさんと二人、息を吐く。
シャーリーも剣を持った俺を見て、事情を察したようだ。
「お茶は私が淹れるね。お客さんは何人?」
「二人に見えるが三人だ。頼む」
「ん? わかった」
扉が三度叩かれる。
おっと、剣を持ったまま来客を迎える所だった。危ない危ない。
剣を元の場所に戻し、急ぎ出入り口へと向かう。
「マルク。わたくしですわ。いらっしゃいませんの?」
「はーい、エル様。すぐに開けますので」
外から聞こえるエルの声は、元気であった。
どうも問題や事件が起こって、俺の所へ来た訳では無いようだ。
扉を開けると、笑顔のエルと、無表情のギュストが立っていた。
「おはよう、マルク」
「おはようございます、エル様。あとついでにギュストも」
ネフツさんにも軽く頭を下げる。挨拶としては、失礼かもしれないな。
「ああ」
「ギュスト! マルク、気を悪くしないでね」
もっと失礼な挨拶が、ギュストから返ってきた。
適当な返事をするギュストに、エルの怒声が飛ぶ。エルも大変だな……。
「気にしないで下さい。こいつの適当さには慣れてますから。さぁさぁどうぞ」
流石のギュストも、俺以外には失礼な態度は取らないだろう。取らないよな?
いや、考えるのは止めておこう。
「お邪魔しますわ」
ああ、そうだ。ギュストの事など気にせず、エルの相手をするべきだ。
さて、食堂に通すか? いや、ソファのある居間に通すべきか。
ん? そもそも、何のために朝から来たのだろうか?