167.氷の巨人~マルク~
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拳を誘う。
一歩下がった俺の目の前を剛腕が通り抜ける。
同時に凍える風が吹き、炎獄王の鎧を揺らす。
魔法で守りを固めても、この腕に当たれば、安くは済まないだろう。
回避してすぐに、足を前へと動かす。
股を抜ける様に左足を斬り、回転しながら右足も斬る。
炎帝竜の大剣の通過した場所に炎が残り、奴の足を焼き続ける。
フロストジャイアントの魔力を削らないと、話にならない。
フロストジャイアントの背を見ながら、後ろに飛び退き、そして――
「≪火精霊の球撃≫」
使い慣れた魔法に、最大限の魔力を込め、三つの火球を生み出し、放つ。
フロストジャイアントの背に、三つの火球が命中し、爆発した。
それを意も介さぬフロストジャイアントは、振り返り、俺へと突撃してきた。
バルザックさんが大剣を振り、巨人を倒す光景を思い出した。
青白い巨体が、速度を上げ迫る。
俺の体も進む。前へ。前へ。
巨体から放たれる拳が、より大きく見えた。
振り下ろされた拳を、俺は更に前へ進み、避ける。
奴の拳が石畳を破壊する音が、背に聞こえた。
懐に潜り込んだ俺は、体勢の下がったフロストジャイアントを狙う。
奴の頭から股にかけて斬り裂く様に、炎帝竜の大剣を振り下ろした。
そして真っ直ぐに股の下を走り抜け、距離を取り、振り向く。
フロストジャイアントが、俺を追う様に裏拳を放っていた。
フロストジャイアントの頭から股にかけて、一直線に燃えている。
真っ二つに切り裂いたのは、間違いない。
全くこいつは、どれだけの生命力を持っているんだ。
ふぅ……やはり、バルザックさんの様には行かないな。
過去に二度フロストジャイアントと戦った事がある。しかし、どちらも心強い味方がいた。タフな相手と独りで戦うのは、困難であると実感する。
だが、光明は見えた。
昔と違い、奴の懐まで踏み込める。
ならば、やれる。
フロストジャイアントが咆哮を上げ、周囲の空気が凍り付く。
相対するフロストジャイアントへ、駆ける。奴も迫る。
相手の振り下ろす腕の距離を、軌跡を見極め、踏み込む。
そして通り抜ける様に、足に炎の軌跡を残していく。消えない軌跡を。
何度でも繰り返す。
小石でも蹴るかの様に俺を狙う足を躱し、その足を炎の大剣で斬り払う。
切断できるまで、何度でも。
躱し、斬り、離れ、突撃。
躱し、斬り、離れ、突撃。
繰り返す度に、フロストジャイアントが炎を纏っていく。
奴の動きは、もう見えている。
後は、どちらの魔力が先に尽きるか……ただそれだけだ。
炎獄王の鎧を消し去り、視界が鮮明になる。当たらぬのならば、こちらの方が良い。不安と心配を拭い去るだけの効果は、発揮してくれた。
俺を掴みにきたフロストジャイアントの左手を、下から上へと斬り飛ばす……宙へと飛んだ手が炎に包まれて消えていった。
斬れた。
前へ一歩踏み込み、炎の大剣を振り上げる。
そして目の前の太い左腕へ、一気に振り下ろした。
赤い軌跡が、青白い腕を二つに分ける。
体から切り離された左腕が、石畳を叩くことなく、炎に包まれて燃え尽きた。
休む暇など無いし、与えない。
次は左足を。さらに股を通り抜け、後方から右足を斬る。
切断面に残る炎が、フロストジャイアントの体を犯していく。
倒れるフロストジャイアントの脇を狙い、右腕を斬り落とす。
四肢を失った巨体が、石畳を鳴らした。
もう、炎に抗う力は残っていないようだ。
地面に仰向けに倒れたフロストジャイアントの胸へと、炎の大剣を突き立てる。
奴の体に刻んだ炎の傷が燃え上がり、フロストジャイアントの存在を消し去った。散り、空気に溶ける様に消えていく火の粉が、赤く、輝いている。
「ふぅ。終わった」
転がる大きな魔石を確認したら、自然と口から言葉が零れた。
そして、口から長い息が吐き出される。
思っていたよりも自分は、気を張っていたようだ。
炎帝竜の大剣を消し、周囲を見渡す。
離れた場所からバルザックさん達が、俺を見ていた。
彼らが、ゆっくりと近づいてくる。
「よぅ、マルク。おつかれ」
「先に倒したなら、こっち手伝いに来てくださいよ」
「だって、バルザックが放っとけって言うんだもの」
「せっかくマルクが楽しんでるのによぉ、邪魔しちゃ悪ぃだろうが」
バルザックパーティー対フロストジャイアントは、随分と早くに終わっていた様である。どのような戦いだったのか、全く分からない。
一対一で精一杯であったからだろう。
俺には、周囲の状況を確認する余裕も無かったのだと、今になって気が付いた。
だが、同時に少し恐ろしくなる。
この人達は、生命力の塊であるフロストジャイアントを、いとも簡単に、そして手早く倒したのだ……やっぱりこの人達は、敵に回さないようにしよう。
とは云え、苦情は別だ。
「いやいや。作戦は違いましたよね」
「ハハハ。臨機応変って奴だ」
「諦めろ、マルク」
ドムさんの言葉に、テガーさんとシャラガムさんが頷いている。
まぁ、倒せたのだから別にいいか。
「諦めます。それで、これからは?」
まさか、第四十一階層に行くなんて言わないよな。
バルザックさんなら、言い出しそうで怖い。
取り合えず、赤色ポーションを一本飲んでおこう。
転移陣までのモンスターは全て倒してあるとはいえ、何かが起こってからでは遅いのだから。帰るにしても、備えは万全に。
「流石に戻るさ。これから教会と一戦やらなきゃならねぇからな……って、それ何飲んでんだ?」
「ぐえぇ……見ての通り、魔力回復用のポーションですよ」
その辺の草を磨り潰して、口に押し込まれた様な味がする……不味い。不味すぎる。体の中に入り込む異物感は、魔力そのものなので仕方が無い。
以前、ガル兄に味の苦情を入れたのだが『保存が利かなくなる』と却下された。
きっと酷い顔をしているだろう俺を、サラスさんが興味深げに見ていた。
「ねぇ。マルク。それ、私にもちょうだい」
「本当に、不味いですよ……」
「大丈夫大丈夫」
アムもそうだが、人が不味そうにしていると、飲みたくなるのだろうか?
まぁ、もう一本持って来ているから、別にいいか。
バックパックから、赤色ポーションを取り出し、サラスさんに渡す。
「半分だけですよ」
「ケチ」
「特注品ですから。作った知り合いからの注意事項なんです」
「へぇ。わかった」
素直に頷いたサラスさんは、赤色ポーションを口に含んだ――瞬間、苦悶の表情を浮かべた。
サラスさんが、勢いよく、ポーションから口を放す。
ポーションはまだ残っている。あれは、三分の一程しか飲んでないな。
「まっずい! なんてもの私に飲ませんのよ! マルク!」
「だから、不味いって言ったじゃないですか」
「しかも……ナニコレ。体が気持ち悪いんだけど……マルク。あんた毒ポーション渡したとかじゃないでしょうね」
「同じものですよ」
ガル兄が、俺を毒殺しようとしていない限りはね……。
サラスさんが魔力に悶え、体をくねっている間も、ドムさん達は周囲の警戒と、魔石の回収を行ってくれている。有難い。
一方、バルザックさんは、ケタケタと楽しそうに笑っていた。
体内の異物感が、少しずつ薄まっていく……これならば、帰りにフロストジャイアントが出ても、一体ぐらいなら倒せるだろう。