16.ガランサと水精霊の斬撃
読みやすいように全体修正 内容変更なし
水の刃、再生、水の刃、再生、水の刃、再生、水の刃、再生……。
「マルク。飯持ってきたぞ――ってお前、まだやってたのかよ」
「ん? ああ、ガル兄。仕事終わるの速かったね」
「アホ。もう昼過ぎだぞ。飯食うにも遅いぐらいだ」
呆れた顔のガル兄が、俺に包みを投げた。中身を覗くと、パンが顔を出す。
グーと腹が鳴る。腹時計が、本当に昼過ぎだと告げていた。
「ありがとう、そして、いただきます」
パンに噛り付く。
小麦の香りと共に、挟まれた鶏肉とレタスの味が、口内に広がってくる。
うん、美味い。噛む口が止まらない。
ペロリで食べ終わった。それでも腹は満ちる。
「ごちそうさま。さて続きを――」
「いつものことだが。一体全体、どんな魔力量してんだよお前」
「髪と魔力量だけは、母さん譲りだからね」
「素質も十分にマリアおばさんから受け継いでるだろ。あぁ……氷魔法か」
『ピュテルの魔女』と呼ばれた母の代名詞は氷魔法だった。
嘘か真か、燃え盛る炎の巨人を呪文一つで氷漬けにした、とか、千の群れを一瞬で氷像と化した、などの噂があった。
まぁ、生前にあった噂でしかないが。
だが俺は、氷魔法を一つも使えない。
母からは、教えてもらえなかったし、独学で魔導書を読み込んでも駄目だった。
「全く使えないってのも、可笑しな話だけどな。≪氷の矢≫」
ガル兄の放った一本の半透明の矢が、土人形に突き刺さる。
命中した矢の周囲が、白く固まり、ひびが入っている。
俺が拳で叩くと、固まった部分が簡単に崩れ落ちた。
俺も試してみよう。
「魔力、水、熱を奪い、凍え、固める、≪氷の矢≫」
俺の目の前に、魔力が凝縮していくのが分かる。
が、次の瞬間、魔力が溶けるように消えてしまった。
氷魔法を使おうとすると、いつもこうなる。
理解が足りないのか、根本的に何か間違っているのか……。
「うーむ」
「まぁ、使えないものに固執しても仕方ないさ。今は覚える魔法があるだろ。次のステップいくぞ。カエデ、準備を」
「はい、ガランサ様」
ガル兄の隣にはいつの間にか、執事服に身を包んだ女性が立っていた。
一つに束ねられた黒い髪が、さらりと揺れる。
腰まで届きそうな髪が、その長身に良く似合っている。
カエデさんだ。
「カエデさん、こんにちは。でも、いつから居たの?」
「お元気そうで何よりです、マルク様。冒険者をお辞めになられたと聞いて、ガランサ様はマルク様の心中を察し、酷く心を痛めておりました。マルク様が本日お越し頂けなかったのならば、わたくしと二人で、鉄骨龍に殴り込みに行く予定でございました。ちなみにわたくしは、マルク様がわたくしの調理したパンを美味しそうに頬張っておられた時から、この場で拝見しておりましたよ」
「カエデ、堂々と嘘をつくな。こいつは今来た所だし、パンは俺が近くの店で買ってきたものだからな」
ガル兄が嘘を追求している間も、カエデさんは「≪土≫よ」と土魔法を使っている。それにより生み出された土が、四角く、腰ほどの高さの二つの台へと形を変えてく。
「それにな、マルクが冒険者を辞めたことで、俺が気を病むわけがないだろう。殴り込みなんて以ての外だ」
「へー。ガル兄なら、殴り込みしそうなのに」
カエデさんは、台と台の間に拳大の隙間が空くように調整している。
あっ、満足げに頷いた。
続いてカエデさんは、何処からともなく取り出した”何かの延べ棒”を、台と台にまたぐように置いた。本当に何処から取り出したんだ?
「だれが殴り込みが似合う――」
「お戯れはそこまでで。ガランサ様、準備が出来ました」
「ん? ありがとう、カエデ。ってお前話聞いてなかったな」
「いいえ。ガランサ様のわたくしに対する、熱い愛の言葉……しかとこの胸に」
「してないわ! お前は――」
「で? ガル兄。これで何するのさ?」
面倒だが二人に割って入る。
放っておいたら時間が掛かるから、仕方がない。
食って掛かりそうだったガル兄が、ピタリと止まり、一つ咳ばらいをする。
「すまん、マルク。こいつに構うと駄目だったな……うん。気を取り直して次のステップへいこう。次は鉄を切ってもらう」
「それ鉄か」
俺は、二つの台を渡すように置かれた延べ棒に近付いて、それを観察した。
何やら真っ直ぐに線が引かれている。
「この線に沿って切れと?」
「ああ、特訓と実益を兼ねているからな。ちなみに失敗しても誰も損はしないから、好きなだけ失敗していいぞ」
ガル兄が、アムと同じようなことを言っている。
気にするだけ俺が損するから、発言内容はスルーしよう。
「よし、やってみる」
「では、頑張ってくださいマルク様」
先程まで土人形を斬り続けていた感覚は、まだ残っている。
むしろ、染み付いた。
ただし、それは水の刃の話だ。ガル兄が鉄でも切れると言っていたのは、水精霊の斬撃だ。水の刃で果たして鉄が切れるのだろうか?
試してみるしかない。
染み付いたイメージに、この魔法に込められるだけの魔力を注ぎ込む。
大丈夫、イメージでは鉄でも切れる。
あとは、これを――
「実現する。≪水の刃≫」
真っ直ぐ手刀を降ろすように、右手を素早く振る。
標的のさらに先まで伸びた水の線が、上から下へ通り抜けた。
水の軌跡は狙い通りに、延べ棒に記された線をなぞった。問題は……。
「切れた?」
「ハッハッハ。水の刃では鉄は切れ――」
「切れてますよ。おめでとうございます、マルク様」
「え?嘘だろ」と鉄を持ち上げるガル兄。が、握った片方だけが持ち上がる。
「あぁぁぁ。俺の特訓計画がぁ……」
何故か崩れ落ちるガル兄。
いや切れたんだから、成功で良いじゃないか。
へこむガル兄の、その理由を、上機嫌なカエデさんが教えてくれた。
「フフフ。ガランサ様は、この段階で『初めに見せた魔法を……こう使うんだ!』と、水精霊の斬撃をマルク様に伝授して、兄貴分を気取りたかったのですよ。残念ですね。フフフ……」
「まさかお前の仕込みか!」
「あら信用がない。仕込みで嘲笑っても、つまらないではないですか」
「なら……」
「はい。御想像の通りかと」
ガル兄の動きが止まった。
と、思えば口元に人刺し指を当て、何やら思案中の模様。
あれは、ガル兄が損得のそろばんを叩いている時の様子だ。
「カエデさん。何考えてると思います?」
「さぁ……ですが、マルク様の不利益には決して」
「わかります」
ガル兄は、俺やアムやシャーリーに不利益になることはしない。
これは、はっきりと言い切れる。
失敗から面倒ごとに巻き込まれることは何度かあったが……巻き込まれたのが俺だけだったから、別に問題はなかった。
むしろガル兄の助けになったのなら、僥倖というものだ。
「なぁマルク。もう水精霊の斬撃、使えると思うぜ」
「無理だよ。ヒント」
「んー。見えない程に薄く、細く、強く、結局は基本の延長線上だ」
「魔力を込めるのは、さっきので限度一杯だよ」
「だから、水精霊による加護をイメージに付与するんだよ」
「なるほど……うん……ちょっとやってみる」
魔法を使うときの精霊の加護は、ただのイメージだ。
本当の精霊に加護を受けているかどうかは関係ない。
だが、そのイメージ一つでより強大に、より強固に、より強靭に魔法を構築することができる。当然、余計に魔力を込めねばならない量も馬鹿にならないし、量が増えれば御しにくくなる。
まずは、土人形で試してみよう。
水面を漂う、蒼く澄んだ半透明の小人を思い浮かべる。
少し力を借りるよ。
水の刃より、薄く、細く、魔力は限界まで。よし。
天に掲げた右腕を、真っ直ぐ土人形の立つ方向へ、振り下ろす。
「≪水精霊の斬撃≫」
右手から、大量の水が流れ出す。まるで間欠泉といった風だ。
正面から大量の水を浴びせられた土人形は、無残にもレンガ壁に叩きつけられ、粉々になった。
完全に失敗だ。土人形を再生、回収しに行かねば。
「水浸しで御座いますね」
「マルク。今の半分でいいぞ」
「半分ね」
土人形を両手で抱え、戻る。足元はびしゃびしゃだ。
次は成功させないと。半分、半分。
そうだ。水精霊の斬撃を一度見ているのだから、真似する方が早いではないか。
先程の魔法のイメージに、ガル兄の水精霊の斬撃のイメージを合わせる。
日に輝く、鋭い一撃。
右手人差し指から、そして真横に寸断された土人形。半分、半分。
胸の前を左から右に横切るように、右腕を――「≪水精霊の」――振り――「斬撃≫」――抜く。
それは、糸のようにも見えた。
細く真っ直ぐ伸びたそれは、日の光を反射しながら、振られた右腕に合わせて、土人形の腕を、胸を、そしてまた腕を、抵抗なくすり抜けていった。
土人形の腕が、ポトリと落ちる。
カエデさんが、土人形のおでこを指で弾いた。
切断面から上だけが後ろに倒れ、落ちる。
「よぉっし!」
「お見事でございます。マルク様」
「出来たな。後は、反復練習あるのみだ」
「あれ? ガル兄? それだけでいいのか?」
「ああ、好きなだけ鉄を切って練習してくれ。当たり前だが、疲れたり、飽きたら止めていいからな」
「わかってるって、当然だろ」
「ハハッ。だな。俺は鉄を調達してくるから。カエデ、今日はマルクの特訓に付き合ってやってくれ」
「かしこまりました。ガランサ様」
ガル兄は裏庭から去りながら、また青色ポーションを飲んでいる。
仕事が大変なんだろうな。
さて、俺は俺で頑張らねば。ガル兄に教えてもらった手前、今日中に習得しなければ。今の感覚を忘れないように。
二つの台の上には、次に切る鉄の延べ棒が既に置かれていた。
切る案内線を確認する。
さぁ、やろう。
「では、二本目でございます」




