165.勝負は戦闘前から
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テガーさんとシャラガムさんが、大部屋の偵察から戻って来た。
その顔は、険しい。
「へぇ、そんなに多かったのかよ」
「全く、面倒ね」
バルザックさんとサラスさんが、対照的な態度を示した。
二人の反応に対して、シャラガムさんが首を横に振る。
補足するように、テガーさんが口を開く。
「フロストジャイアントが、二体だ」
聞き間違えじゃないよな……何で第四十階層にいるんだ?
その前に、ダンジョンでの発見報告なんて聞いた憶えが無いのだが……。
そして、当然の考えが頭に浮かぶ。
この調査依頼、フロストジャイアントが出たから、バルザックさん達に依頼が回って来たのか。『巨人殺しのバルザック』その本人に。
テガーさんとシャラガムさんの、険しい顔の理由も依頼の件だろう。
流石のバルザックさんも、不機嫌さを露わにしている。
「ケッ! そういう事かよ」
「マルク連れてきて正解だったわね」
「依頼主は、後でぶっ飛ばした方が良いですよ」
ダンジョンの調査の依頼なのだから、依頼主は教会以外ありえないのだが。
はぁ、気が重い。
ゴンさんにエル。司祭様やクライス爺ちゃんに、迷惑が掛からなければ良いのだけれど。
「それは後のお楽しみにね。さてバルザック、どうする?」
「やるしかねぇだろ。二体なんだから半々に分けるか?」
「反対だな。戦力分散するには相手が悪い」
バルザックさんの意見に、ドムさんが反対する。
戦力集中は尤もだが、二体同時に戦うならば、片方を引き付ける役目がいる。
そして、この中で適任なのが一人。
「俺が片方引き受けますから、もう片方を手早くお願いします」
「それなら問題ない」
「だな。片付けるまで、やられんじゃねぇぞ、マルク」
「はい――ぬおっ」
サラスさんが横から抱き着いてきた。唐突だ。
「もぅ、マルクったら変わらないわね。よしよし。危なくなったらバルザックに押し付けて逃げなさいよ」
「大丈夫ですから、離れてください」
ふにゃりとした感覚は捨てがたいが、作戦会議が優先だ。
幸いな事に、サラスさんはすぐに解放してくれた。
「しょうがないわね。で、フロストジャイアントの位置は分かる?」
「手前と奥。それぞれ出入口近くだ」
地図を頭に思い浮かべる。
最後に残った大部屋の出入り口は、直線上の東西に二か所。片方が今俺達がいる部屋に、もう片方が第四十一階層に下りる階段部屋に続いている。
部屋は横長で、そして広い。
それぞれが入口近くに居るという事は――
「俺が奥を狙います」
「だな。手前は無視して突っ走れ。じゃあ、行くか」
「「「おう」」」「ええ」「はい」
作戦と呼べるものは何一つないが、バルザックパーティーならばそれで良いのだろう。事実、何とかするのが彼らである。
六人で、部屋と部屋を繋ぐ通路を通る。
幅も高さもジャイアント系のモンスターが入ってこれる広さは無い。
危険になったら、通路に逃げるのが正解だろうな。
「ここいらで良いか。シャラガム、頼む」
「≪氷結晶の加護≫」
穏やかにシャラガムさんが呪文を唱える。
魔法が全員の体を包み込み、体の全体に染み込んでいく。
「これは?」
「氷漬けにならない為の魔法よ」
「同じ失敗はしない」
俺の問いに、サラスさんとシャラガムさんが答えてくれる。
なるほど……そういう魔法もあるのか。炎への耐性を与える火精霊の加護のようなものか。そうだ、俺も準備をしておこう。
「≪火精霊の加護≫」
必要ないだろうが、全員に使用する。
「巻き込む気か?」
「自分のついで」
バルザックさんの冗談は流しておこう。
曲がり角で、先を確認する。
続く廊下の先、その部屋の中にフロストジャイアントの姿が見えた。あの青白く太い足、そして見える大きな棍棒は、確かにフロストジャイアントのものだ。
「行くぜ」
バルザックさんが走り出し、俺もバルザックさんに続く。
通路を抜け、大部屋へと入ったバルザックさんを、フロストジャイアントは待ち受けていた。バルザックさんとフロストジャイアントが雄叫びを上げ、己の得物同士を打ち合わせた。
瞬間、空気が凍え、肌を刺す。
両者共に体勢を崩していた。バルザックさんは、以前と違い吹き飛ぶ事なく、その場で踏み止まっている。
俺は、フロストジャイアントの脇を抜ける様に、長い大部屋の奥へと進む。
攻撃の良い機会だろうが、今は、もう一体の敵意を自分に向ける事が先決だ。
二体に合流されれば、手が付けられなくなる。
奥に居たフロストジャイアントが、しゃがれた声を上げる。
流石に、こちらに気が付いたか。
奴との戦闘距離に入る前に、魔法を使っておかなければ。
まずは守りを。
全身に纏うは炎。揺らめきは氷を溶かし、触れる者を焼き払う。
体に流れる魔力を意識し、それを炎と変える。
「≪炎獄王の鎧≫」
唱えた呪文が、己の魔力を魔法へと変化させる。
灼熱の炎が体を覆い、全身を一つの炎とする。視界が悪いのは我慢だ。
鎧の次は、剣を。
何度も頭に染みつかせた、一本の燃え盛る剣を。
「其は原初の光。猛る汝に触れるは誰ぞ――」
魔力制御の助けの為に、言葉を紡ぐ。
何度も口にした言葉は、想像の姿を強く、明確にしていく。
もう、接近の為に走る必要はない。
石畳のダンジョンを揺らしながら、フロストジャイアントが近付いてくる。
「――今ここに塵と化す者の名を、我に、示せ――」
何も持たぬ両手で剣を構える。
俺の身の丈の三倍はあろうフロストジャイアントが、迫って来る。巨体に似合わぬ速さで。その右手には長く大きな棍棒が握られている。
木製の棍棒に見えても、あれはフロストジャイアントの作り出した魔力の塊だ。
炎の鎧を纏おうと、棍棒の一振りを受ければ、ただでは済まない。
迎撃の為に、呪文を唱える。
己の信じる、剣の名を。
「――≪炎帝竜の大剣≫」
フロストジャイアントの振るう棍棒に合わせて、空の手を振り抜く。
棍棒が俺の体を捉える前に、生まれたばかりの赤い炎によって切断される。
運動量そのままに、棍棒の切れ端が、俺の体へと衝突――した時には、炎となって消えていた。
そのフロストジャイアントの一撃は、空振りと同然の結果となった。
その隙は逃さない。
足を進め、フロストジャイアントに肉薄する。
まずは棍棒を持つ右手だ。相手の攻撃が届く範囲を狭める。そうしなければ劣勢を背負ったまま戦う羽目になる。
振り終わりの右手を目掛け、上段から炎の大剣を振り下ろす。
肉を切る手応え。そして奴の右手を通過する炎の大剣――危機を感じ、体が自然に、後ろへ飛び退く。
俺が先程まで立っていた場所を、フロストジャイアントの右手が通り抜けた。
切れなかった? いや、炎の大剣で斬った証拠のように、炎がフロストジャイアントを焼こうと、浸食が発生している。消えぬ炎が、まるで腕輪のようだ。
まさか、斬った瞬間に再生した? 奴の棍棒は?
俺が右手を斬り付けた時に落としたのだろう。丁度、炎となって消える所であった。奴が手放した事で、炎の大剣の斬撃後に残る浸食に、棍棒自体が耐えられなかったのだ。
脅威が一つ減った。出来れば右手も消しておきたかったが、贅沢か。
フロストジャイアントの目が、完全に俺を捉えている。
背を気にしている余裕はない。
俺は、俺のやるべき事を。