164.デーモン討伐
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現在地が第四十階層の階段部屋。その次の部屋を想像する。
この辺りの階層には殆ど来ないので、地図による知識が大半だ。
入る方向から考えると、左右に伸びた横長の部屋だったはずだ。真っ直ぐ進んで壁に当たる距離も短くは無いので、端の端にデーモンが居ると距離がある。
俺が狙うべきは、最も遠いデーモンだ。
ドムさんとテガーさんが近いデーモン。これは、魔術師二人を守る為でもある。
バルザックさんが、中間地点のデーモン。好きに動ける場所が戦い易いだろう。
俺が最も身軽なので、遠いデーモンだ。
距離が似通っているなら、感覚で分かれるしか無いだろう。
何にせよ、バルザックさん達なら大丈夫だ。
魔法で下準備が出来れば良いが、デーモン相手だと、気付かれる恐れがある。
「よし、いくぜ」
バルザックさんが手で合図を出す。
三、二、一、零。
俺とバルザックさんが共に走る。
部屋に侵入してまず初めに行うべきは、敵の位置確認だ。
左奥に一体。右手前に一体、右奥に一体。
二体が遠い、が俺は左奥へと迷わず走る。
デーモン二体に背を向ける事になるが、彼らに任せれば問題ない。
剣を腰から抜き、全速力で走る。
俺が相対するデーモンも、狙いをこちらへ定めたようだ。
蝙蝠の如き翼を広げ、まるで威嚇でもしているかのようである。
デーモンの長い耳がピンと伸び、牛の様な二本の角に魔力が集まる。
魔力を観察し、何が来るのかを見極める。
力の流れは……氷か。ならば。
「≪炎の壁≫」
デーモンが氷を放つ直前に合わせ、奴の目の前に、赤く燃える炎の壁を作り上げる。広く、高く、射線全てを遮るように。
魔力によって生み出された氷は、炎の壁を通過できずに消えていった。
デーモンへ近づく足は止めずに、次の呪文を唱える。
「≪火精霊の加護≫」
火への耐性を己に与え、炎の壁を通過する。灰色の影は、もう目の前だ。
首を狙って剣を振る。が、デーモンは右腕を犠牲にして首への命中を避けた。
だが、ここまで接近すれば、もう俺の距離だ。
「≪水精霊の――」
魔力を練る時間など与えない。
隆起した筋肉による拳も、力自慢のモンスター達に比べれば貧弱である。
デーモンの振るう左手に合わせ、剣で斬り上げる。
灰色の腕が、宙を舞う。
「――斬撃≫」
魔法発動と共に、剣から右手を放す。
右手指先から勢いよく噴き出す、細い水流。それはまるで白い一本の線の様だ。
左から右へと右腕を振り払い、その白線で、デーモンの首に一本の線を引く。
切断は確信した。
だが、デーモンの生命力は、レッサーデーモンよりも高い。
払った右手を、再び左へ戻す。次は、白線で胴を薙ぐ様に。
首、上半身の順で石畳の床へと落下した。
その存在を塵へと変えながら。
炎の壁と、水精霊の斬撃を消し、周囲を見渡す。
他の二体も、塵となり消え始めている。
遠くのバルザックさんは、デーモンを頭から股まで一刀両断したようだ。
ドムさんとテガーさんが仕留めたデーモンは、見るも無残な姿になっている。
他に敵は……いない。
ただ一つ気になるのは、サラスさんが何故か不満顔な事だ。
まぁ、俺はやることをやった。魔石を拾って、合流しよう。
「お疲れ様です」
「何でみんな、私達の援護、要らないのよ。特にマルク! このインチキ」
「え? 何故?」
「全く、サラスは何言ってんだ? マルクが可笑しいのは昔からじゃねーか」
「「「うむ」」」
みんな寄って集ってなんて人達だ。
そんな事を言ったら、このパーティーメンバー全員がインチキじみた人達だろうに。自分の事を棚に上げて……。
「バルザックさん達に言われたく無いですよ。全く」
「俺達は、伊達や酔狂でAランクパーティーな訳じゃないからな。いいんだよ」
「そうよマルク。何であんた、デーモンを魔法で倒してんのよ。それが出来たら苦労しないから、私達魔術師は後方援護に回ったのに。もう……しかもみんな、援護無しに倒しちゃうし」
「不意打ち出来たからだ」
「おう。時の運って奴だぜ」
「うむ」
俺だけでなく、自分達にも矛先が向くのを感じたのか、ドムさんとバルザックさんが宥めに入った。テガーさんは、頷くだけである。
シャラガムさんと目が合う。そして彼は、小さな笑みを浮かべた。
その笑みは『いつもの事だろう』と語り掛けている様であった。
水精霊の斬撃が、背を向けたままのヘヴィオーガを二つに分ける。
不意打ちが成功すれば、こんなものだ。
ヘヴィオーガが消えるのを確認し、魔石を拾う。
この部屋には、もう一体ヘヴィオーガが居たが、そちらはバルザックさんが独りで戦うそうだ。今も、得物と得物を打ちつけ合う剣戟音が、鳴り響いている。
周囲に敵がいないか? 通路から敵は?
警戒しながら、四人の元へと戻る。
「お疲れ、マルク」
「バルザックさんは……もう少しですね」
バルザックさんの剣が、ヘヴィオーガの大槌の柄を斬った。
重い音を立て、大槌の頭が床を鳴らす。
「甘ぇんだよ」
たった一歩の踏み込み。
それでもう、そこはバルザックさんの距離だ。
斜めに振り下ろされたクレイモアが、ヘヴィオーガの左肩から右腰へと、一直線に通り抜けた。一拍置くかのように遅れて、斬撃跡から魔力が噴き出す。
ヘヴィオーガの叫びが、部屋中に響き渡る。
「うぉらあぁ」
対抗するかのように声を上げたバルザックさんが、さらに踏み込み、横一文字にクレイモアを振り抜いた。銀の線が、ヘヴィオーガの腰に描かれる。
ヘヴィオーガから、魔力の青が零れる事は無かった。
存在を保てなくなったヘヴィオーガが消えていく。魔石一つを残して。
「バルザック。お疲れさん」
「おう」
魔石を拾い、振り返ったバルザックさんの顔は、活力に満ち、活き活きとしていた。非常に楽しそうである。
部屋のモンスターを倒せば、もう次の探索の話である。
残る調査場所は、一か所だけだ。
「後は、大部屋だけ……ですよね?」
「何で、自信なさげなのよ。私達よりダンジョンには慣れてるでしょ」
「いや、この辺りは来ないので」
「こいつは依頼に出ねぇからな」
バルザックさんが、ヘヴィオーガの魔石をシャラガムさんに渡しながら、そう言った。その通りである。
「あと、デーモンとは戦いたくないので」
デーモンの魔石は、ヘヴィオーガと違い需要が高い。
しかし、デーモンとヘヴィオーガを倒せる冒険者からすれば、デーモンの魔石調達は美味い依頼なので、助っ人を使わない。
取り分を減らす事になるのだから、当然だろう。
「あの魔法で、バッサリやっちゃえばいいじゃない」
「あれ、冒険者辞めてから覚えた魔法ですから」
「何でこの子、冒険者辞めてから強くなってるのかしら?」
「サラス。男とは、そういう生き物なのだ」
ドムさんが、良く分からない事を言っている。
だが、テガーさんとシャラガムさんが、ドムさんに同意するように頷いている。
理解できない俺は、少数派のようだ。
笑うバルザックさんは、どちらなのだろうか?
まぁ、どちらでもいいか。