162.バルザックの誘い
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今は練習だ。ゆっくりと、慎重に想像を組み立てる。
青い竜ボゥレアウスに放った一撃を思い出す。
透明で、青白く、貫く為に細く、鋭く、魔力を蓄えるように長く。
使用する魔力を体内で保持する。
狙うは、離れた場所に立つ土人形。
胸を貫き、一瞬で凍らせる。
「≪氷結の投擲槍≫」
呪文と共に魔力が放たれる。魔力が一つの透明な氷へと変化していく。
宙に浮かぶ一点の氷から、すくすくと伸びる様に形を変え、氷の槍は完成する。
練習だから良いが、実戦では一瞬で作り出さないといけないな。
空中に浮かぶ氷の槍を、土人形へと放つ。
高速で飛翔した氷の槍は、土人形の胸を貫き、そのまま後方の魔力の結界へと突き刺さった……予想外だ。
槍が貫き、通過した土人形は、氷の矢の刺さった時と同様に、全身を薄い氷に包まれて、凍っている。
土人形に近付き、頭に手刀を入れてみる。と、打撃面が砕け、衝撃からか、首が割れ、砕けた頭がポロリと落ちた。
氷の槍を確認してみると、魔力の結界の境界線で、拮抗する様に浮かんでいた。
魔力の結界を解けば、氷の槍は、そのまま飛んで行きそうである。
氷の槍を掴んで、静止させる。
掴んで分かるが、この氷の槍は、ボゥレアウスに放った物よりも弱々しい。
氷魔法の発動と魔力の補助をしてくれる魔道具の指輪を、今日は填めていないのだから当然か。
再利用できそうではあるが、今は不要だ。そのまま消し、魔力を霧散させる。
氷結の投擲槍。使えるは使えるが、まだ精度が良くない。
ならば、反復練習あるのみだ。
的は必要だが、土人形の土は再利用しないと、庭が土だらけになってしまう。
「≪土≫よ」
凍った土人形を、一度砕き、再生させる。
地面へと落ちた土が、もぞもぞと動き出し、再び人の形へと変化する。
人の形へと戻す事で、土魔法の練習にもなる。
さて、これを夕食まで続けるかな。
氷結の投擲槍が土人形の胸を貫き、更に魔力の壁を一枚、二枚と破壊する。
三枚目の魔力の壁に突き刺さった氷の槍は、溶ける様に消えていった。
「二枚か……」
乱戦時は、使用を控えた方が良いかも知れないな。
はて? 次は十何本目であったかな?
まぁ、一々数えていないから別に良いか。
ふと、背を走る悪寒と共に、人の気配がした。察知したのは、風か足音か。
感覚を頼りに気配の主を探すと、すぐに見つかった。
一人の大柄な男が我が物顔で、こちらへ歩いて来ているではないか。
彫りの深い顔の奥から放たれる鋭い眼光は、既に獲物を捉えている。
戦士として作り込まれた筋肉が迫って来る。この光景には、圧しか感じない。
「バルザックさん。どうしたの?」
「いやな。ちっと暇つぶしに付き合って貰おうと思ってな」
そう言って近づいて来たバルザックさんは、背の剣を器用に抜き、その剛腕で空中に銀の線を引いた。
魔力の結界が、いとも簡単に破壊される。
魔力の結界は、一部でも破壊されると全てが消えてしまう。
まぁバルザックさんが現れた時点で、魔法練習は終了なので別に良いのだが。
「勝手に壊さないでくれません」
「ハハハ。邪魔だったからつい、な」
バルザックさんは、笑いながら剣を背に戻す。
あの剣は、ミノタウロス討伐の時に使ったクレイモアだ。
普段、彼が愛用している大剣では無い。
と、云う事は――
「これから、ダンジョンですか?」
問いを口にして思う。
これ、俺も一緒に来いって事だよな……。
「おう。行くぞ」
まぁ、そうだよな。
俺は、諦めてバルザックさんの元へと歩み寄る。
その様子を見てか、バルザックさんの口元が弧を描いた。
「話が早いじゃねえか」
「用事があるかぐらい、聞いても良いと思いますよ」
「暇してたんだろ」
「いやいや。魔法の訓練してたでしょう」
「なら、丁度良いじゃねぇか」
そしてガハハと笑い出す。
実戦でやれと、そう言う事なのだろう。
「準備してきますので。それで、何階層ですか?」
「四十階層だ」
「了解です」
屋敷の中に入り、用意する物を考えながら自室へと向かう。
第四十階層という事は、第三十八階層へ転移陣で行き、そこから二階層か。
出てくるモンスターは何だっただろうか……ミノタウロス、キマイラ、アイアンゴーレム……第四十階層だからヘヴィオーガにデーモンもか。
力技以外を武器にするのは、キマイラとデーモンだけだな。
特にキマイラの蛇頭から出す毒の息は、面倒だ。
毒消しは多めに持っていこう。
赤色ポーションをバックパックに補充しておく。
二本入れておく。だが使うのは、いつも一本までだ。
まぁ、後はいつも通りで十分だろう。腰に剣も忘れずに。
最後に魔道具である指輪を填めて、準備完了だ。
なぜ俺が行かねばならぬのか分からないが、行くなら張り切って行くとしよう。
おっと。大事なことを一つ忘れる所だった……。
部屋の中に、ミノタウロスの焼けた臭いが充満する。
魔力で生まれたモンスターと云えど、焼ければ臭う。
サラスさんの魔法によって魔石と化したミノタウロスは一体。残りは二体。
不意を突かれ、怒り狂ったミノタウロスが、こちらへ向かってくる。
牛の頭をした大きなモンスターが迫ってくるのは、迫力がある。
それに恐怖する者は、この場にはいない。
迫る二体のミノタウロスには、それぞれ戦士が向かっている。
片方にバルザックさん。
もう片方に、ドムさんとテガーさんだ。
ドムさんとテガーさんは、胸部甲冑を着込み、鉄の手甲と脛当てを身に着けた戦士である。今日はドムさんが直剣、テガーさんが手斧を、そして、両者共に中型の盾を右手に着けていた。
得物を選ばない彼らが、ダンジョンに合わせた選択なのだろう。
さて、俺は俺で仕事をしないと。
前へ出た三人に任せても大丈夫だろうが、援護をせねば。
思い描くのは、今日の反復練習の成果。
青白く、冷たく、鋭い一本の槍。生成を早く、射出を速く。
「≪氷結の投擲槍≫、行け」
己が魔力と指輪の魔力が混じり合い、魔力は魔法により形を変える。
生み出された一本の青白い氷の槍は、即、ミノタウロスへ向け、飛んだ。
氷の槍は、ドムさんとテガーさんを追い抜き、牛の顔へと突き刺さった。そして、ミノタウロスが動きを止める。
命中部位である頭から、瞬時に広がる様に、氷がミノタウロスを覆っていく。
奴の動きは止まった。しかし、あれは倒せてはいない。
放っておけば、氷の呪縛を破り、暴れ始めるであろう。
だが、戦いの中で長時間動きを止めるという事は、死を意味する。
即座に好機と見た二人の戦士が、ミノタウロスを強打した。その強力な一撃に、頭と胴が砕け、ミノタウロスは消え始めた。
バルザックさんの方は……放っておくのが吉だろう。
「また違う魔法覚えたのねぇ……お姉さんに、教えてちょうだい」
サラスさんが、俺の肩に手を置く。
科を作った笑顔は、褐色の肌も相まって、色っぽくはある。
とはいえ、戦闘中に色っぽくても困るだけだ。
シャラガムさんが後方を警戒しているとは云え、緩み過ぎである。
「後で教えますので。戦闘に集中を」
「別にいいわよ。いつも通りマルクの説明じゃ、分かんないし」
「ですよね」
サラスさんから魔法に関して問われた時には、率直に答えている。
だがそれは、彼女からすれば理解できないそうだ。
俺が、人に物事を教えるのが下手な弊害である。
「それに、もう終わってるし。お疲れ」
「「「おう」」」
既に魔石を回収し終えた三人が、こちらに戻ってきていた。
この人たちは放っておいても強いのに……なぜ俺はここにいるんだろうな……。