161.テラ師匠と土魔法
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広がる、広がる、広がる。
テラさんの生み出した魔法の土に埋もれた自分から、魔力が広がっていく。
魔法の土から外の大地は、雑多であった。
この一面に広がるぞわぞわは……虫なのだろうか?
魔力の通りに違いがあるのは……石や岩が混ざっているのか?
いや、今、魔力を通している大地とは何だ?
そもそも『土』と捉えていたものは、何だったのか分からなくなる。
そう、俺自身の想像する土は、テラさんの生み出した魔法の土が最も近い。
違うと思う事も、近いと感じる事も、知る事の一つなのだろうか?
「テラ師匠。これ、難しいです」
「当たり前じゃ。そうやって、自分の中に世界を作っていくのじゃぞ。難しいに決まっておろう。ほれ、もう目を開けてよいぞ」
言われた通りに目を開ける。
青い空と共に、俺を覗き込むテラさんの顔が見えた。柔らかな笑顔と、日の光が眩しい。
「どうじゃ? 一歩進んだ気分は?」
「どうなんでしょう?」
「自分の立ち位置など、分からぬものじゃ。≪土≫よ」
テラさんの呪文一つで、俺を埋めていた土が二つに分かれていく。
魔力を込めた土の操作も、お手の物らしい……なるほど『共に踊りましょう』も結局は、魔力操作の応用なのか……気付くのが遅いな俺。
体を起こす俺に、テラさんは言葉を続ける。
「ほれ、あの土人形の横に、もう一体作ってみい」
二体あった土人形のうち、氷像と化した土人形は、砕けて土の塊へと変化していた。形を保てなくなったのだろう。
もう一体の不格好な土人形は、そのままである。
あの隣に、土人形を作る。
頭の中で、完成図を形取りながら、作成予定地へと歩く。
俺の土は、土では無かった事を知った。
故に頭に描くのは、テラさんの魔法の土。模倣を己の一歩とする。
そして、土は変化を富む。単一ではない。
それが分かれば、自身の想像も強固に出来る。
大丈夫だ。己の姿を想像するだけで、成功する。
「≪土≫よ」
大地から伸びる様に、土が生み出される。
伸びる土が、足、腰、胴、胸、肩と作り上げていく。
首が生まれると共に、腕が斜め下へと進み、最終的に腰に手をつけた。
顔は口も目も耳も無く、頭はツルっとした姿で生み出された。
「せい、こう?」
「横の土人形と見比べい」
今、生み出した土人形を見る。
大雑把な形ではあるが、人の形をしており、盛り上がりと凹み、膨れと萎みの表現は出来ている。顔で表現できたのは、鼻だけで、それ以外はのぺっとしている。
腰に手を当てているのは、謎だ……何故こうなった?
しかし、作り出した土人形は想像と違う部分も多いが、隣の『生命の苦悩』に比べれば、真っ当な土人形である。
うん。成功だ。成功で良いんだ。
「やりましたよ、テラ師匠」
「うむ。後は、練習あるのみじゃ」
「はい、師匠。では早速――」
「待たんか」
なぜだか知らないが、テラさんから制止の声が掛かった。
俺のつま先に目を向けたテラさんの目線が、ゆっくりと上昇し、目と目が合う。
「わしは良いのじゃが……服は着てからにせぇ」
「ん!?」
自分の体を見る……土が所々についているが、肌が露出している。
当然だ。下着一枚しか着ていないのだから。
「≪風≫よ」
己の体に風を浴びせ、テラさんの逆方向へ土を吹き飛ばす。
俺は、無言で服を畳んだ場所へと移動する。
特訓前に服を汚さぬように、脱いだのは良い。
その際に、下着姿を見られたのも、問題ない。
だが、己の姿を忘れて、少しはしゃいだ自分が恥ずかしいだけだ……嗚呼、どこかに穴、空いてないかな……。
「ん~! 美味いのぅ」
「ええ。うまい」
テラさんの笑顔を見てか、ゲルト氏が嬉しそうに笑みを零した。
現在、猫の日向にて、昼食中である。
アップルパイが実に美味だ。
切り分けたアップルパイを、もう一口。
表面のパイがサクッと割れ、香ばしさを広げる。畳みかける様にシロップ状にした林檎の甘味が脳を刺激する。そして進む歯は、そのまま残る薄切り林檎へと到達する。僅かな繊維を噛み切る感触、と共に溢れる林檎の香り。
ゆっくり咀嚼して、徹底的に味わう。
喉が鳴り、口の中に残ったのは甘味と香りだけだ。
「ふー」
口から息が洩れる。
隣のテラさんも、頬が落ちている。そのまま、お婆ちゃんになりそうだ。
お茶も、二口目を頂く。
今日の茶葉は、うちで使っている物と同じにして貰っている。
だが、香りが全く違う。
豊かで、溢れて、理解できない。それでも香りを知りたくなる。
「「ほわぁぁ」」
変な二重奏が、カウンター席に響き渡る。
よし。購入する茶葉の質を上げようと思っていたが、止めておこう。
自分の実力を伸ばす方が先である。今の自分では、茶葉に失礼だ。
「これが奢りでええのかのぅ」
「良いんですよ、テラさん。美味しい物は一緒に食べる方が、楽しいですから」
昼まで魔法訓練に付き合って貰ったお礼だけではない。
ただ、テラさんとの食事が好きなだけだ。美味しい物が、もっと美味しくなる。
さて、もう一口。甘さを堪能しながら、ゆっくりと咀嚼する。
急かす気持ちを抑えて、ゆっくりと。
この時間が、一秒でも長くなるように。