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159.一日の終わりは少し寂しく

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 あの頭痛は何だったのだろうか?

 急いで食べてはいけないと、ミュール様に教えて頂いたが、それは先に言って欲しいものだ。

 不思議な頭痛の事を考えていても仕方ない。

 大衆食堂『狼のまんぷく亭』へと足を踏み入れる。

 今は昼食時からは、外れている。が、相変わらず賑やかな店だ。

 一歩足を進める度に、喧騒に溶け込むようである。

 サンディの背が見えた。

 褐色の肌に肩だしの給仕服が、後ろから見ても色っぽく見える。

 短く明るい茶色の髪が、振り向くサンディに合わせて揺れた。


「あっ! マルク。おかえり。うちのご飯が恋しくなった?」

「ただいま、サンディ。王都にも美味しい店はあったけど、ここには敵わなかったよ」

「えへへ。さぁ、こっちこっち。マルクごあんなーい」


 案内された席に座って、ゆっくりと待つ。

 店内を眺めてみると、昼食を食べに来た人は少ない様だ。

 酒と、ちょっとした軽食を楽しんでいる人が多い。

 彼らの騒ぐ声が、どこか落ち着く。


「ハイおまち。牛とパスタのミルク煮だよ。これだけで良い」

「いい感じだ、助かる」

「ごゆっくりー」

「ちょっとまった、サンディ」


 立ち去るサンディを呼び止める。

 と、同時に二つの木箱を取り出す。どちらも中身は同じだ。

 

「ん? どうしたの?」

「ほい、王都土産。サンディとおじさんの分」

「別に良いのに……中身何?」

「ワイン。サンディって飲むよね」

「うん。家でだけね。お父さんにも渡してくるねー」


 サンディを見送り、俺は料理に立ち向かう。


「いただきます」


 皿は一皿。窪んだ皿の中は、とろみを持った白いスープであった。

 その中に、小さく千切った一口大のパスタと牛肉が入っていた。パスタは、軽く()じってあった。

 早速パスタとスープを同時に(すく)い、食べてみる。

 塩を利かせた乳のスープは甘味が強調されていた。

 そして、パスタが一捩じりされている理由が分かる。捩じったパスタにミルクスープが絡まって、パスタがより美味しく感じた。

 スープにうっすらと出た牛の味も、調和された美味しさだ。

 牛肉も食べ――


「えええええええええええええええ」

「うるせぇ!」


 裏で何か騒いでいる。サンディと、その父である店主さんの声だ。

 問題が発生したので無ければ良いのだが。

 うーん。牛の染み出したミルクスープも良いが、乳の味が入った牛肉も美味だ。

 もう一つ、牛をいってみよう。噛むたびに味が、染み出す。

 ドタバタと音がすると思ったら、サンディが、裏から走って現れた。


「サンディ。食事――」

「マルク! あんなの貰ってもサービスしないからね!」

「ん? 普段の礼なんだから、サービスなんていらないよ」


 それよりも、食事処でドタバタするのはどうかと思うぞ。




「マルクや。何故(なにゆえ)か、一品多かったのぅ」

「別に良いって言ったのに……お土産効果って奴です。たぶん」


 夕食も狼のまんぷく亭で取ることにしたのだが、普段より一品多く出てきた。

 美味しい物が増えるのは嬉しいのだが、毎日続いたら確実に太ってしまう。

 開きっぱなしの門を通り抜け、屋敷の鍵を開ける。


「ただいま」

「うむ。おかえりじゃな」


 入口から、廊下と居間の魔工石に魔力を通し、灯す。

 屋敷が息を吹き返したように、明るくなる。

 居間へと進むテラさんを見送り、扉に鍵を掛ける。戸締りは癖で、基本だ。

 さてと、俺は母の部屋へと向かおう。大切な贈り物を取りに。

 机の上に置いた、布で包んだ一冊の本を手に取る。


『ザザーランド農耕譚』


 ぶどうジャムも土産であるのだが、そちらを渡すのは、また今度でいいだろう。

 居間へと向かうと、テラさんが暇そうにソファで待っていた。


「んー? どこへ行っておったのじゃ?」

「テラさんへの贈り物を取りに」

「土産は要らんと言ったじゃろう」


 そう言いながらも、銀の髪からはみ出す長い耳が、ぴょこんと動いていた。


「俺の土産のジャムは、後で」

「ん? 要領を得ぬな。お主の土産でなければ何なのじゃ?」

「父さんと母さんからの」


 クリッとしたテラさんの目が、より大きく開かれた。

 引き延ばしても仕方ないので、テラさんに本を差し出す。

 テラさんの小さな手が、本をゆっくり、優しく掴んだ。

 保護の為の布を取るのですら、宝石に触れるように慎重だ。

 そして取り出した本の題名を見たテラさんは、そっと本に指を這わせた。


「マルクや。これは……」

「父さんと母さんが注文してた本だよ。本屋の主人が裏に保管してくれてたんだ」

「わしの為では無いかも知れぬぞ」

「その時は、俺が二人に謝っておくよ」


 今のテラさんの表情は、何を表しているのだろう……俺にはわからない。

 けど、綺麗な顔だ。二人にも見せたかった……。

 テラさんが俺を見て、言った。


「マリアの部屋で、読んできてよいかのぅ」

「もちろん」


 テラさんの耳が、ピンと横に伸び、顔が華やいだ。


「行ってくるのじゃ」


 テラさんは、しっかりと本を胸に抱き、小走りで居間を飛び出して行った。

 その背を見送ると、居間にポカンと穴が空いた気がした。

 呼び戻したい気持ちになる……でも今日はきっと、独りが嬉しいだろう。

 だから、俺は俺のやる事をしよう。

 茶を入れ――客人用の茶葉しか無いのだった。止めておこう。

 ならば、テラさんの寝具に魔力でも込めておくか。今日使うか分からないが。

 その後は……風呂でも入って、ゆっくり寝るとしよう。

 

 


 体をゆっくりと湯船に沈める。

 丁度良い温度で、全身を包み込んでくれる。自分好みの温度は熟知している。

 お湯の中を動く、自分の体を見る。

 その体に傷一つない。先日、暴風竜の吐息で全身を切り刻まれたとは思えない。

 まぁ、無事だったのだからいいか。そんなことよりも――


「≪(こおり)≫よ」


 右手に小さな氷を作り出す。指輪が無くても使えるようだ、

 氷は、そのまま口へと放り込む。

 体は温かいのに、口の中は冷たい。変な感じだ。

 氷魔法の練習もしないとな。

 ただ、それよりも嬉しい出会いが会った事を思い出す。

 モーリアンさん。

 王都に行くのは、いつの事になるのだろうか?

 正直、王都に用事なんて無いんだよな……でも、会いに行こう。何か月後か、もしかしたら一年後って事もあるかも知れないけど。絶対に。

 さらに、体を湯船に沈める。

 シャーリーもテラさんも、元気でよかった。

 他の皆も、元気そうで何よりである。

 自分の帰還と無事を知らせに行ったようで、その実、皆の無事を確認しに行ったようなものだった。土産を配るなんて、理由をつけて……。

 冒険者の時には、気が付かなかった縁。

 縁が、自分に巻き付いているのを感じる。

 だけど、どれも切りたくない縁だ。

 体は重いけど、自分で背負う分には……これでいい。


『そんなに相手にガッカリされるのが怖いの?』


 今日、シャーリーに言われた言葉を思い出す。

 以前、シャーリーに茶葉を渡した時は、嬉しいもがっかりも、隣で感じた方がいい、なんて考えていたけど――


「怖いに決まってるだろ」


 自分の(まと)う縁が全て無くなった時、自分は自分でいられるのだろうか……考えたくもないな。

 思考を放棄して、温かさに身を委ねる。

 温かくて気持ち良いが、少しだけ寂しさを感じる。

 今日は、いつもより多くの人に会ったんだけどな……。

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