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155.王都出発の朝

読みやすいように全体修正 内容変更なし

 別れの挨拶に行ったが、誰も居なかった。朝早いので仕方ないか。

 会っておきたかったが……まぁ、やる事はやって来たので、十分としておこう。

 肉屋の主人が、質の良さそうな木箱を二つ持って戻って来た。


「旦那。ご注文の品だよ」

「ありがとうございます」


 代金は既に払っているので問題ない……が、先程気になる物を一つ見つけてしまった。主人に聞いてみよう。


「一つ質問宜しいでしょうか?」

「ええ、旦那の質問なら何でも答えますぜ」

「何で、これが肉屋に?」


 俺は、琥珀色の液体の入った瓶を指さし、尋ねた。

 肉屋の主人はにっこりと笑い、気軽に答えてくれる。


「肉と合わせると、それはもう美味なんです。うちで選んだ一品ですよ」

「そのまま食べても」

「食べ過ぎると、妻に怒られますがね」

「あはは。二つ頂けますか」

「旦那は、やっぱり良い男だ」


 ああ、また荷物が増えてしまった。

 ただ、一つ思い付いた事がある。

 それは、土産と言うには少し変かもしれないが……。




「お客さんだよ」


 馬車の場所が分からなかったので、荷物を持って宿へと戻る事にした。

 宿に戻った俺に、宿屋の主人であるご老人が、開口一番そう言ったのだ。

 客? と考えても無駄だ。

 宿の主人が食堂を手で指しているので、そちらへと向かう。

 そこには、怯えた宿の給仕さんと、美しい緑の髪をした女性。そして輝く鎧に身を包んだ男性の姿があった。

 メリィディーア様と、隊長さんだ。

 メリィディーア様は、ゆったりとお茶を楽しんでいらっしゃる。


「おはようございます。メリィディーア様。隊長さん」

「ええ、おはようございます、マルク様」

「マルク殿。発たれる前に挨拶をと」

態々(わざわざ)ありがとうございます」


 微笑んだメリィディーア様が、その美しい緑の目を俺に向けた。


「礼を言うのは、わたくし達の方です。マルク様は、王都を守った英雄なのですから」

「大げさです。私は、自分に出来ることを、ただ行ったまでの事です。メリィディーア様に怪我が無く、ほっとしました」

「あの時、マルク様が流された血は、我ら獅子王の血を継ぐ者が流すべきであったものなのです。重ねて礼を」


 魔石を預けた後、俺は護衛騎士に連行されたから、メリィディーア様からしたら、血だらけの俺を見たのが最後だったのか。

 心配を掛けてしまったのかもしれない。


「お言葉だけ頂いておきます。流れた血は少なく、礼も受けました。それで十分です。それにこの通り、傷一つ残らず元気ですから」

「はい、安心しました」


 メリィディーア様の笑顔に、何故(なぜ)かノワールの顔が重なった。

 あれ? これってノワール? いや影武者立てて別れの挨拶って悲しすぎるな……見分けがつかないし、本人が名乗る名を信じるべきだ。


「さて、長居をしてもお邪魔ですよね。名残惜しいですが失礼いたします。それと、ある方から御伝言が……『王都に来たら儂の元に顔を出せ』……だそうです」


 そう言って、メリィディーア様はクスクスと笑い出した。

 王様も、公爵令嬢を伝言役にしなくてもいいだろうに。


「はい、とだけ、お伝え下されば幸いです」

「伝言、承りましたわ。では、またの機会にお会いしましょう。マルク様」

「メリィディーア様、またの機会に」

「あの子にも伝えておきますね」


 その一言が、一番嬉しかったかもしれない。


「ありがとうございます。隊長さんもお元気で」

「マルク殿も、お元気で。また王都で会いましょう」


 礼をし、メリィディーア様と隊長さんが帰るのを見送る。

 姿の見えなくなるまで。

 そして、振り返ると美少年が立っていた。あっ、アムか。


「居たのなら、出てくれば良かったのに」

「公爵家とのいざこざは、御免さ。お陰様で作業は遅れているよ」

「よし。なら、急いで荷物を運ぶぞ」

「ミネルヴァ様へのお土産は、用意出来たのかい?」

「一応は……ミュール様はガッカリするかもしれないけどな」


 アムが、俺の肩を二度叩いた。

 何だ? いきなり。


「大丈夫だよ。マルクの選んだお土産ならね。駄目だったら、君の氷像は僕が引き取ってあげるよ」

「冗談言ってないで、運ぼうか」

「そうだね。でも何にしたかは、後で教えて欲しいな」

「後でな」


 今は出発の準備が先だ。

 アムの荷物を運んで、俺の荷物を運んで……荷車借りられないかな。




「お世話になりました」

「またいらしてください」

「はい」


 宿屋の主に礼を言い、馬車へと向かう。

 宿泊費などの清算は、アムが済ませてくれていた。

 俺は、最後の荷物を取って鍵を返しただけだ。アムには世話を掛ける。

 アムを待たせぬ様に、走る。手に持った贈り物を落とさぬように。

 馬車の元へと辿り着くと、アムは既に御者(ぎょしゃ)台に座っていた。


「さて、出発しようじゃないか」

「その前に……」


 二頭の馬に挨拶をせねば。

 この二頭は、往路の後半に世話になった子達である。


「よーしよし、今日も頼むぞお前たち」


 声を掛けながらゆっくりと近づき、首を軽く撫でてみる。

 触れると、ぶるる、と口から音を立てた。

 目も活き活きとしていて、元気そうである。全身も見て……素人目には、可笑(おか)しい所はない。良い世話を受けたのだろう。


「ありがとうございました」

「いえ。良い旅を」


 馬と馬車の番をして貰っていた方に礼を言い、御者(ぎょしゃ)台へと駆け上る。


「すまん。またせた」

「大事な事さ。さぁ行こう」

「ちょっと待った」


 忘れる前に、渡しておかないとな。

 手に持った贈り物を包みから出し、白い帽子をアムの頭に被せる。


「ほい。贈り物」

「ん!? これは……帽子? いきなりどうしたんだいマルク?」

御者(ぎょしゃ)台乗って帰るなら、必要だろ」


 行きも日差しが厳しかった。

 俺にとっては心地よいが、アムには、そうでは無いだろう。

 帽子なのだから、要らぬなら外せば良いしな。


「う、うん……ありがとう」

「どういたしまして。じゃ行くぞ。ハァイヤァ」


 手綱を握り、馬を歩ませる。

 家を空けて、もう五日目だ……屋敷とテラさんとシャーリーが心配で(たま)らん。

 とはいえ、馬に負担を掛けず、安全に行こう。

 小道から、大通りへと出る。

 さっきから、アムが一言も言葉を発しないが……帰りは丸一日掛かるのだ。

 話すのも、聞くのも、急がないで良い。

 馬達の(ひづめ)の音を聞きながら、大通りを真っ直ぐに進む。

 もうすぐ王都とも、さよならだ。

 次の機会に行きたい場所が出来た。それだけでも、楽しい王都であったと言える。気軽に来れないのが、残念な事だが。

 アムと一緒の王都は、楽しかった。

 それは、胸を張って言える。それで十分だ。




「師匠。それ、何か封印したんですか?」

「ん? 今回の、報酬かな?」


 モーリアンの手には、透明な正八面体の物体が握られていた。透き通っており、その中には丸くて緑色の球体が入っていた。

 モーリアンが静かに、魔力を込める。

 すると、モーリアンの耳にだけ、ある声が聞こえた。


「モーちゃん、また来ます。お元気で」


 その少ない言葉を聞くモーリアンの顔は、穏やかに微笑んでいた。


「またな、マルク少年」

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