150.魔女の息子
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青い竜が遠ざかって行く。
ああ、違う。俺が吹き飛ばされているのか……意識はある。
体中から痛みが押し寄せて来る。自分の四肢を気にするよりも先にするべき事があった。
「≪魔力の壁≫」
広めに生み出した半透明な壁が、俺の体を受け止める。
衝撃が痛む体を、更に痛めつける。
「グッ」
口から声が洩れる。
大丈夫だ、魔法も使えた……四肢も動く……自分の状態を確認せねば。
体のあちこちが切り裂かれて、血が流れ出している。
が、癒しの水を使うほどの余裕はない。
奴を倒せるまで動けるならば、問題ない。
風の羽は、暴風竜の吐息に吹き飛ばされた……落ちなければ良いだけだ。
炎帝竜の大剣が足場を壊さなかった事は、幸運だろう。
痛む足に力を入れ、立ち上がる。剣を下に突き、支えにしたい所だが、そんなことをしたら真っ逆さまに落ちて死ぬだけだ。
大丈夫、余計なことを考える余裕はある。
左手のダークマターも、しっかりと握りしめたままだ。
目の前に迫っていた刃を、炎の大剣で払いのける。剣を振る右腕が軋む。
青い竜は、俺の周りを飛びながら、魔力の刃を飛ばしている。
なぶり殺しにするには、それが丁度良いのだろう。
青い竜を追う様に向きを変えながら、襲う魔力の刃を切り払っていく。
嗚呼、面倒だ。
避けるにも攻撃するにも守るにも魔力が足りない。
いや、魔力、あるじゃないか。
俺は、炎の大剣を持つ右手を見る。指にはまる指輪を。
氷魔法は……まだ上手く使え――違う、出来る。
『マルクなら大丈夫』
それが、母から教わった最高の魔力制御法。俺は、ピュテルの魔女の息子だ。
自覚をすれば、意識がはっきりとしてくる。
そうしたら気が付いたことがあった。下方から、知っている魔力を感じる。
何かを狙っているなら、俺も便乗させてもらおう。
襲い来る魔力を、一つ、二つと切り払い、炎と変えて消し飛ばしていく。
俺も俺で、魔法を作り出さないと。
青い竜の遊びに付き合いながら、頭の中で想像を組み立てる。
想像の基本は……パック先生の魔法だ。
レッサーデーモンを貫いた魔法。土精霊の投擲槍。それを、氷で作る。
放つのは一発、青白く、細く、長く、鋭く、風に負けぬよう。
ただ一度だけ、竜を凍らせ、動きを止める。
さぁ、そろそろか。
作り出したのなら、後は口にするだけだ。俺なら出来る。
「≪氷結の投擲槍≫」
指輪の魔力と俺の魔力が混じり合い、体から吐き出された。
魔力が抜けていく。
魔力の喪失が、全身の虚脱感へとつながる。
己の外へと出た魔力が魔法となり、その形を変え始めた。
俺の頭上に、一本の氷の槍が作り出されていく。
見上げなくとも分かる。魔法が結実したという事が。
俺は、青い竜に狙いを定め、待つ。
下方、いや王都から、赤い光が立ち昇った。
瞬時に伸びた八条もの赤い光が、青い竜を貫いていく。だが、あれでは青い竜に損傷を与えられない。が――
「貫け」
隙は出来た。
よろめく青い竜へ、氷結の投擲槍を放つ。
槍の命中を確認している暇などない。
「≪獣王の跳躍≫」
足場を破壊し、青い竜へと跳ぶ。
氷結の投擲槍が青い竜の顔へと突き刺さった。槍の刺さった場所から瞬時に氷が広がって行く。
青い竜が動きを止めた。
俺は跳躍の勢いのまま、青い竜の体へと突き進む。
凍り付いた青い竜の胸元へと体ごとぶつける様に突撃し、そのまま、炎帝竜の大剣を竜の胸へと突き立てた。
右手に力を籠め、命を奪うために、さらに深く、深く。そして――
「≪獣王の跳躍≫」
右手を開き、青い竜を蹴り、離れる。
そして、あと一手を。
「燃えろ」
竜の胸に突き刺さった炎帝竜の大剣に、魔力の解放を命じる。
膨れ上がった赤い魔力が、青い竜を飲み込んでいく。
断末魔が聞こえる。
そして、断末魔すらも飲み込み、燃やす、燃やす、燃やし尽くす。
魔力が尽きるまで、竜の命が尽きるまで。
熱風が肌を撫でた。熱く、そして痛い。
そこでようやく、自分が落下していることを思い出した。
「≪風の羽≫」
魔法の風が俺を包み、落下速度が緩やかになった。
視界の先では、赤い魔力が空に散り、次々と消えていく。
青い竜は既に存在しない。
もう燃えつきた。あとは、俺と同じぐらい大きい魔石が残るだけだ。
不思議な事に、魔石はゆっくりと落下している。
「おっと。≪魔力の壁≫、≪獣王の跳躍≫」
俺は、もう一度跳んだ。
魔石は回収しないとな。忘れる所だった。
嗚呼、体が重い。正直、面倒くさい。
空から血だらけのマルク殿が、ゆっくりと下りて来た。
荒ぶる風の竜ボゥレアウスを討伐した証である、巨大な魔石と共に。
この青年は、何者なのだろうか? いや、今考える事ではない。
着地したマルク殿の元へと向かう。
「マルク殿。御無事で何よりです」
「あっ。隊長さん。下は大丈夫でしたか?」
「はい。問題なく」
「そうですか? ≪風≫よ」
マルク殿が魔法で風を吹かせた。温かで、柔らかい風が流れる。
そして、マルク殿の意図を知る。
魔法の風が”何か”に反応している。
剣を抜き”何か”へ向け、走る。と同時に、マルク殿の声が響いた。
「≪魔力の壁≫」
マルク殿の魔法の壁が、私が”何か”を知覚した場所を囲むように出現した。
構わず足を進める。
「マルク殿」
この言葉だけで、問題ないはずだ。マルク殿なら。
紫色をした魔法の壁を無視し、その中の賊を仕留める為に、剣を振る。
剣が壁に衝突する直前、魔法の壁が消えた。
振り抜いた剣が、賊を捉えた感触を私に伝える。
「なっ、ぜ?」
声と共に、賊の姿が浮かび上がってくる。黒いフードの男だ。
そして、黒いフードの男が残した言葉は、それだけであった。
それは呪詛の言葉ですらない。己が見つかった事なのだろうか? ボゥレアウスがいとも簡単に倒された事だろうか? もう分からない。
死者に問う事など、出来ないのだから。