145.王都案内人は彼
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テラさんへの贈り物を置きに、一度、宿へと戻った。
残念ながら、アムは不在であった。
まだ仕事中なのであろう……外へ出て、王都散策の続きとするか。
俺は、大通りへと行く事にした。
人は多いだろうが、何か見つかるかもしれない。
足が、喧騒へと向かって進む。
馬が走り、人も走る。音と人の中に紛れ込むのは嫌いじゃない。
だがしかし、人が多いと辟易する。
全く、身勝手だと自分でも思う。
スリには、警戒していた方がいいだろう。
周りから見たら、俺は観光客で、お上りさん。狙うのに丁度いい獲物だ。
実際に盗まれることはないだろうが……まぁ、念の為だ。
気分は気楽に、注意は十二分に。ゆっくりと人混みに紛れる。
大通りを南へ移動する。
気になる店は……酒屋、肉屋、雑貨屋。嗚呼、服飾は……止めておこう。
昨日のアムとの買い物で、よく分かった。
服や装飾品を贈るのは、俺には非常に難しい事が、よーく分かった。
今の俺が、踏み込める領域ではない。
ピュテルの町の装飾品店で、買い物出来た事が奇跡のようである。
服の事を考えていると、頭が痛くなってきた。
「おや? マルクさん? 頭を抱えて、どうなさったんです?」
何処かで聞いたことのある声だ。
声の方向を見ると、青み掛かった黒の髪を真ん中で分けた男の姿が見えた。この丸い顔の青年は……どこかで会ったはずだが? どこだっただろうか?
顔に笑顔を張り付けた、どこか胡散臭さを感じる顔は――
「公爵家」
男がボソッと呟く。
ああ、誰だか思い出した。ポンメルさんだ。彼は――
「他人に仕事を押し付けた癖に、一人逃げた男だ」
「アハハ。人聞きの悪いことを言わないで下さい、マルクさん。元々私は、誰も行きたがらない交渉役に、駆り出されただけなんですから。公爵家のパーティーなんですから、護衛でもなんでもいいので参加したかったですよ」
「あの面倒くさい空間に?」
「ええ。顔を売り込む良い機会ですから。商人なら喉から手が出ますよ」
残念がっている言葉のはずなのに、そのような気配は微塵も感じなかった。
その目は常に弧を描き、表情は笑顔のままである。
「疑って、すみませんでした」
「いえいえ。ところでマルクさんは、なぜ頭を抱えてらしたんですか?」
「あぁ……女性の服やら何やらは、わからないなと……特に、お土産品に選ぶのは無理でした」
「おや? そうですか? 王都の流行品を買って帰れば、女性の方々はお喜びになりますよ」
「それが分かれば、苦労しないで済みますね」
「んー。マルクさんが、そういう事に疎いのは、想像通りですね」
まぁそこは、見たまま聞いたままなのだろう。
ポンメルさんのマルク像が間違っているとは、言えない。
「土産選び、私が、お手伝いしましょうか?」
「いえ。出来れば自分で選びたいので」
「はい。良い心がけではあります。が、店も良し悪しがあり、物も違いますよ。マルクさんお独りで、この難問を解決できますか?」
「何日か掛かれば……」
「それは、無駄と言うものです。商売は速度も大切。考えて選んだ一品は価値のある物です。が、悩んだからと言って、良い物が贈れるかは別問題」
「うむ……」
御尤もだ。王都の店一つ知らぬ俺が、足りぬ頭で考えて、何を贈れる?
ここは力を借りるべきか?
問題は、ポンメルさんの性格や資質を、何も知らないという事だ。ポンメルさん自身が、悪徳な存在である可能性も……表情が胡散臭いし。
「決して損はさせませんよ。なにせ、私が無償で手を貸すのですから」
「余計、胡散臭いんですけど」
「おや? タダではご不満で?」
「貸し借りの方が、高くつきますので」
ポンメルさんは、顎に手を置き、何かを考えている。
「それならば、問題ないでしょう。私が、マルクさんと少しでもお近づきになれる。それが値千金の報酬ですから。貸し借り無しです」
「俺と仲良くしても、別に良い事は無いですよ。特に商人は」
俺が商人の世話になる事があるとしても、商人が俺の世話になる事は、無いだろう。仲良くなろうと、商人の護衛に付き合う義理は無いしな。
「どこに商機を見出すかは、私どもの領分ですから。ご心配なさらずに」
弧を描く目から、ポンメルさんの目が少しだけ見えた。
何故だろう? 見定められている気分になる。
ここで、ポンメルさんに協力を仰ぐか否か……正直、拒否する理由なんて、顔が胡散臭いという一点のみである。ならば、厚意を受けるべきか。
「お願いされても、何もしませんよ」
「ええ。構いません。では、まずは何をお探しですか?」
「茶葉を」
「あぁ、アレをお探しなんですね。お任せ下さい」
一つ王都で買って帰りたいものがあった。パトリシアさんもあの時、自分では飲んでいなかった。ならば、土産に丁度良いだろう。
王室御用達の茶葉……手に入ればいいが。
「何と言うか……荷物持ちまでさせて、すみませんでした」
「マルクさん。そういう時は『ありがとう』の方が喜ばれますよ」
「ですね、ポンメルさん。今日は、ありがとうございました」
「私も愉快だったので、良い時間つぶしになりました」
「愉快?」
今日は、あちらこちらと回った。
その為に、もう既に王都中が魔工石の光に包まれている時間帯だ。
ポンメルさんは、品目を言えば、すぐに店を教えてくれた。
贈答用の茶葉も、酒も、肉も――今日は注文しただけだ――、ジャムも。
ガラス瓶で保存された商品が、思ったより多かった。当然、相応の値段がしたので、そういう客層向けの場所を、ポンメルさんが教えてくれたのだろう。
俺としては、色々と有意義な買い物であった。
だが、回っている中で、愉快なことなどあっただろうか?
「ええ。買いたい物を即、決め、即、支払い、嵐のように去って行く様は、貴族でも見ませんから。商売人としては、実に愉快なものでしたよ」
「冒険者を辞めてから、どうも成金のようなお金の使い方をしている気がしてたんですが……以後、気を付けます」
「私としては面白いので、そのままのマルクさんでいて欲しいですがね」
自身の金遣いは、明らかに悪くなっている。
元から自分の物を買うという事をしないので、金銭感覚が可笑しいままになっているのかも知れない……今回の王都土産は、金貨を使い切る覚悟だから別に良いが、次からは気を付けねば。
冒険者の頃に使わず、結果、貯め込む形になった金は、有限なのだから。