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143.記憶の中で

表記ぶれ修正 邪龍→邪竜 読みやすいように全体修正 内容変更なし

「おわっっっ」


『終わったんですか?』と言おうとしたのだが、思うように声が出せなかった。

 手足を動かそうとしても、思う様に動かない。


(しばら)くゆっくりしておくべきだよ。魔力の根っこを弄ったんだ。マルク少年の考えている以上に、疲弊しているからね」


 そう言いながら、モーリアンさんは、俺のお腹を優しく撫でる。

 それは服の上からなのに、素肌を撫でられているかの様であった。

 優しい手だ。

 俺は、モーリアンさんを見て、ゆっくり小さく(うなず)き、目を閉じた。

 忠告通り、大人しく横になっておこう。 

 息を吸って、吐いたら、全身が虚脱感で満たされていく。




 ここは、氷の草原だろうか?

 いや、見覚えのある場所……屋敷の裏庭だ。

 いつもより広く見えたのは、自分が小さいからだろう。

 何もかもが凍っている。草も、土も、花も、家も、空気までも……泣き声が聞こえる。小さく、幼く、高い泣き声が。

 それが、自分の声だと、すぐに分かった。

 誰かが近づいてくる。重たい足取りで、誰かが。

 嗚呼、母さんだ。見間違えるはずもない。

 だが、その手足は凍り付いている。触れれば、今にも崩れそうだ。


「大丈夫。出来るって信じるの」


 母が、一歩ずつ歩みを進める。重い体を引きずるように。

 そして、俺の視界が母の体で埋まった。

 温かい……そうだ、これは母の魔力だ。


「私が、絶対に守るから」


 意識はそこで途切れ、今は、屋敷の廊下に立っているようだ。暗い。

 これは、夢なのだろうか? 記憶なのだろうか?

 居間から、父と母の声が聞こえる。


「僕は反対だ、マルクに魔法を教えるなんて。君の真似をしただけの魔法が、どうなったか……マリアが一番に知っているはずだ」

「だからこそ、教えてあげなきゃ。それにね、マルクには、魔法を嫌いになって欲しくないの。それは、私の我が(まま)でしかないけどね」

「あの時は、君が側にいてくれたから何とかなった。けど、次はわからない。そうしたらマルクの命に関わるんだ。慎重に考えないと」

「フフフ。マルクはいい子よ。言葉も分からなかった昔じゃないもの。約束すれば、きっと守ってくれる……それだけは、自信を持って言えるわ」


 約束は……破ったよ、ごめん。

 意識は途切れ、また場面が変わる。

 この情景は……憶えている。忘れるものか。

 父は、銀の刀身を煌めかせ、確かめるように静かに鞘へと戻した。

 俺の視線に気が付いたのか、鋭い目が、柔らかく弧を描いた。右手の小指を突き出し、振っている。約束は守るよという父の表現だ。

 急に視界が暗くなる。母に抱きしめられたのだと、思い出した。

 抱きしめながら、母は俺の髪をぐしゃぐしゃにする。


「約束守って、良い子にしててね……私が、絶対に守るから」

「うん」


 無邪気な声を、まだ出せていたのだな。

 この時、父と母は、王国滅亡の徒として、教会に糾弾されていた。

 国教である太陽教の言葉を聞かぬ者は、少ない。

 当時、ピュテルの町で広まっていた、体が黒く犯されていく病『黒風(くろかぜ)』の原因が、邪竜に依るものという嘘八百な噂も、糾弾の一押しとなった原因であった。

 国からも、町からも見放された者が、どういう扱いを受けるか……それは、この後の自分が、直に味わうのだが……今は、母と父の姿を見ていたい。

 俺を、解放した母は、にっこりと笑った。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい。母さん、父さん」

「ああ。行ってきます」


 母と、いつの間にか側にいた父にも、別れの挨拶をする。再会の為の挨拶を。

 淀んだ魔力を帯びた風が、町に吹き付ける。

 母は、普段は被らない三角帽を押さえ、真っ直ぐ空を見つめていた。

 その顔に、曇りなんてなかった。決意の満ちた顔。

 たとえ今、世界が巻き戻って、二人に何かを言えるとしても……俺は何を言えばいいのか分からない。

 死ぬから行かないで! その言葉は、父と母の決意を汚すのではないか?

 答えの出ないまま、意識が途切れ、場面がまた変わった。

 雨の中、教会の司祭が、祈りの言葉を並べ立てている。

 俺の目の前には、掘られた穴に入った、一つの(ひつぎ)。そこには、骨一つ入っていない……ただの空の棺だ。

 どうでも良い言葉が終わり、次は、町民たちが棺に土を掛けていく番だ。

 あの時は――そう、それが気に食わなかった。母との約束を破った理由なんて、それだけだったんだ。

 命を狙われても、死にそうになっても守り通した約束を破った理由なんて。


「≪炎竜(えんりゅう)吐息(といき)≫」

 

 空の棺が燃えていく。町民たちが慌て、騒ぎ、何か言っているが聞き取れない。どうでも良かったからだ。

 棺は燃えつきる。

 残ったのは、土の穴だけだ。


「≪(つち)≫よ」


 魔法で穴を埋める。父と母の墓なんて、存在しない。

 勝手に動く体は、雨の中を、ただ真っ直ぐ歩く。

 誰も、止める者などいなかった。

 帰る場所は、荒らされ、何も残っていない屋敷しかない。

 たとえ夢でも……あの荒れた屋敷は、見たくない。

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