141.夕日の王都と笑顔
読みやすいように全体修正 内容変更なし
「マルク、君はちょっと戦い方をだね――」
「火球を撃って、全員吹き飛ばした方が絵になったか?」
「君が覚えている魔法が、モンスター討伐に特化しているのは知っているけど、騎士相手にあれは、行儀が悪すぎる」
ダイダロス氏とは、円満に話が終わった。
アムのスクロールについては満足のようで、俺の悪戯じみた戦い方にも、悪感情は抱かなかったようだ。
ダイダロス氏の懐は、広いのかもしれない。
その代わりと言うかのように、騎士達の視線は厳しかった。
冷ややかでなかっただけ、まだ良いとしておこう。しかし、俺が目を見ると、皆、視線を逸らすのは陰湿だから止めて欲しいものだ……。
ああ、騎士の事なんて考えている暇はなかった。今は土産物の事を考えねば。
現在、アムと共に、夕日によって赤く染まる王都を歩いている。
目的は、土産物探し。主に俺の用事だ。
アムには、付き合って貰っている形になる。
「アムの評判を落としたのなら、申し訳ないと思うけどな」
「いや、それは無いから安心していいよ。君が間違った評価をされそうで、困っているだけだから」
「別に『卑怯』でも『卑劣』でも『怠惰』でも間違ってないと思うけどな。不意打ち好きだし」
「相手がモンスターなら……まぁいいさ。困るのはマルクだからね」
ん? 何故俺が困るのだろうか? いまいち分からない話だ。
「アムが困らないなら、それでいい。俺にとっては、お土産を何にするかの方が、大問題だからな」
「何人いるんだい?」
「シャーリー、リンダさん、ハイス、ビィ、テラさん、ミュール様、パック先生、パトリシアさん、ガル兄、カエデさん、エル様、ゴンさん、サンディ……は最低でも買いたいかな」
それ以外にも、頭に思い浮かぶ人物はいるが、広げ過ぎたら限りが無い。
「僕が知らないのは『テラさん』と『カエデさん』だけだね」
「ん? テラさんは、この前話した父と母の旧友で、うちの屋敷に泊まっている人だな。カエデさんは、ガル兄の所の使用人だよ」
「二人とも美人なんだろう?」
「その答えは『イエス』だが、別に顔が良いから土産を買う訳じゃないぞ」
テラさんは言わずもがな。カエデさんはガル兄が世話になっているからだ。
「それにパットが入っているのは、どういう事かな?」
「この前、茶葉の件で助けて貰ったからな、それにお前が世話になってるんだから当然だろ」
ソニアちゃん? は、正直親しくないので、土産を渡すのも変な気が――いや、憶えていたら何か買って帰ろう。
「君が変な所で律儀なのを、忘れていたよ」
「まぁ人数よりも、何を贈るかが問題だからな……」
「注文は受けなかったのかい?」
「聞いても答えは一つだったよ」
正確には、聞いても聞かなくても、そう答えられたのだが。
答えが分かったのだろう。アムの口から、クスッと声が洩れた。
「いい人達じゃないか、君の事を思って『要らない』って言ったんだろうからね」
「俺が悩むのは、お見通しって感じなんだろうさ」
何軒も商店の前を通り過ぎているが、これと思い付く物は一つもない。
「なぁ、アム。すまんが知恵を貸してくれ」
「自分で考えて選んだものが一番だよ……って事は、もう知っているよね」
そう言ったアムは、何故か嬉しそうに笑う。
自分で考え、相手を想い、選ぶ。
その大切さは、ピュテルの町の装飾品店の店主と、シャーリーとアムに教えて貰った。アムはカメオよりも、猫の日向の茶葉の方が嬉しそうに見えたけど。それでも、あの優しい笑顔は忘れられない。
「ああ。だが、ピュテルで手に入らないもので、皆が欲しがるもの……ねぇ?」
「そこをまず変えてみたらどうだい? 別にピュテルの町で手に入る物でも構わないと、僕は思うよ」
「それで良いのかな?」
「マルクが、悩んで頭を爆発させるよりはね。その分、王都を楽しんだ方が、みんな喜ぶはずさ」
誰も彼もそう言うが……それが一番の難題なんだよ。
それが厚意と善意である事が分かるだけに、拒絶も出来ない。
「フフ。マルクが難しい顔したって、答えは降ってこないよ」
「それは、分かってるんだよ。ぐぬぬ……」
「いつも考え過ぎなのさ。そうだね、僕の買い物に付き合ってくれないかい?」
「今からか?」
「ああ、お礼に夕食を御馳走しようじゃないか」
土産の事で頭が一杯で、夕食をどうするか、全く考えて無かった。
非常にありがたい提案だが――
「お代は半々な。買い物に付き合うぐらいで、そんなに礼を貰ってられるか」
「決定だね。これで夜まで、マルクは僕の物だ。さぁ、行こう」
アムが俺の手を引っ張って、前に出た。
一瞬見えた横顔は、爽やかで、美しい笑顔だった。
嗚呼、女の子がアムに目を奪われる理由が、分かった気がする。
だが、俺の手を引いて前を歩くアムが、少々気に食わない。
手を繋いだまま、俺は、アムの隣へと移動する。
アムの顔は『そう来るよね』と予想してたかのような、したり顔だ。
それでも引っ張られるよりは、横を歩きたい。
「で? 何処へ行くんだ?」
「さぁ? 決めてないよ」
「なんだそれ。まぁ、今日の残りは付き合うさ。仰せのままに、レディ」
「プッ。マルクには似合わないよ」
「だろうな。言ってて自分で悲しくなる」
夕日にも負けない赤い髪が、さらりと揺れる。
優しい笑顔も、爽やかな笑顔も、屈託ない笑顔も、絵になる美形は卑怯だ。
隣を歩く俺の立つ瀬がない。本当に……楽しそうで良かった。
アムの買い物は、何と言うか……てきぱき、であった。
服や帽子にしろ、装飾品にしろ、迷うことは無く、自身の感性と審美眼に従って、買い物をしているようであった。
判断が早いその姿勢は、見習いたいものがあった。だが……。
「次に行こう、マルク」
爽やかに笑うアムに、心苦しいが言わねばならぬ事があった。
「もう持てない……一度、宿へ戻ろう」
「ん? 仕方ないなぁ。戻った後は、別の所へ行こう」
「了解、付き合うなら最後までさ」
幾らでも付き合うさ。この笑顔の対価なら、安い物だ。
だけど、少し疲れる……。