13.森から帰れば
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「で? キオ。お前、何でこっち来たんだ?」
「そ、そりゃあ加勢に決まってるっす」
「まぁ、結果的には、お前のおかげで隙が作れたけどな……」
「へへぇ、俺、役に立ったっすね」
こいつは……ギザギザ頭を一撃叩いておく。
「あがぁ」っと鳴いているが、手加減抜きだ。
俺が以前助っ人依頼で、キオ達パーティーと共に依頼をこなした時も、こいつは自分の命を使って、時間稼ぎしようとした。
『俺たちも戦えば……一秒ぐらい稼げるっす。だからその間に――』
立ち向かえば、死ぬことが分かっていても。
キオは、その時、俺にくらった拳骨の意味を、分かっていないのだろうか?
「分かってるか知らんが、今しがた死にかけておいて、何言ってんだアホ。第一な、今回お前のやるべき事は何だった?」
「先輩への恩返しっす」
「違う。ボブ爺ちゃんにムル婆ちゃん。そしてリリーちゃんを守ることだろ。それを放棄してどうする。この森のモンスターは、さっきの奴だけじゃないんだぞ」
「あっ! じゃあ今も……急いで戻るっす」
踵を返し、走り出すキオ。
直情で動くキオを見ていると、正直不安になる。
冒険者は命賭けではあるが――今はよそう。残してきたみんなが気になる。
ボブ爺ちゃんもムル婆ちゃんも、強い人だ。
だが、それと心配かどうかは別問題だろう。
俺は、地面に残る手のひら大の魔石を拾い上げ、先へ行くキオを追った。
大きなネズミに蝙蝠の翼が生えたモンスター。ラットバット。
その丸い体に今、鋭い矢が突き刺さり、ラットバットは絶命し、消えていった。
周囲をきょろきょろ警戒しながら魔石を拾ったリリーが、こちらに戻ってくる。
彼女は、キオに魔石を見せながら、笑みを浮かべている。
「へへぇ、私が守ってあげるからねー」
対するキオは苦笑いだ。
キオの背から、ムル婆ちゃんの声が飛ぶ。
「リリちゃん。そういうのは止めなさい。ねぇお爺さん」
「う……うむ」
俺の耳元で聞こえるボブ爺ちゃんの声は、小さかった。
町に帰る道中、いまだ森の中ではあるが、まともに動けるのがリリーだけである。戦闘の疲労や魔力切れではない。
キオがムル婆ちゃんを、俺がボブ爺ちゃんを背負って、移動しているからだ。
事は少し戻る。
ヘヴィオーガを倒し、三人の元へ戻ってみると、膝をつくボブ爺ちゃんと、彼に治癒の光を使っているムル婆ちゃん、そして、おろおろするリリーの姿があった。
近くに魔石が見えたので、戦闘による負傷かと思った。が、リリーによると、現れたモンスターは、ボブ爺ちゃんが一撃で切り殺したそうだ。
その直後、ボブ爺ちゃんは膝を落としたらしい。
そしてリリーは、その状況が理解できずに、おろおろしていたそうだ。
「魔女の……一撃だ」
「先輩! 魔女がいるんすか? ヤバいっすよ、この森」
ボブ爺ちゃんの苦し気な声とその内容に、得心がいった。
キオ、魔女の一撃ってのはな――
「ぎっくり腰のことだよ」
「マルちゃん、御免なさいねぇ。こんなことになっちゃって」
「ムル婆ちゃん? 何か謝ることあった?」
「冒険者をやめたばかりなのに、また危険なことさせてしまってねぇ。マルちゃんに何かあったら、セッちゃんとマリちゃんに申し訳なくてねぇ」
ムル婆ちゃんの言葉に同意するように、耳元で「うむ」と聞こえる。
「ハハハッ。オーガについては、自分で首突っ込みに行っただけだし。それに、父さんと母さんは、文句なんて言わないよ。俺自身の責任を、誰かに押し付けたりしないって」
これは、自信を持って言える。
亡き父も母も、他人を無意味に責めたりする人では無かった。
道を外れれば怒るし、人として間違えれば叱られる。
だが、責任なき責任で他人を傷つけたり、陥れる性格ではなかった。
八つまでの憶えだが、断言できる。
「へー。先輩の両親って、やっぱり冒険者なんすか?」
「ああ、だったよ。十年前に冒険者として戦って、死んでしまったけどね」
「あっ。なんか申し訳ないっす」
「もう十年も前のことだしな。気にしないさ」
「気にしないなら聞きたいっす。その、セッさんとマリさんって、やっぱり凄かったんすか?」
こういう図太い所は、冒険者って感じだ。だが――
「クッ。人の親を、なんて呼び方しやがる。それにセッさんってなんだよ」
俺は、重いボブ爺ちゃんを抱えているんだぞ。
親の名前で笑わせるな。
「セツナ・バンディウスとマリア・バンディウスだ」
「昔は、知らぬものは居らぬと言われた冒険者だったんですよ。特にピュテルの町にとっては、英雄なんです。ねぇお爺さん」
「うむ」
俺の言葉に続けるように、ムル婆さんが話をつなぐ。
にしても”英雄”ねぇ……。
結局の所、十年前の邪竜との戦いで命を落としたから、町に残った……人達が、そう言いたいように言っているだけだろうに。ムル婆ちゃん達は生前の両親を知っているから、率直にそう言っているのだろうが、それ以外の奴らは――
「先輩って、英雄の息子さんだったんっすね! 凄いっす! えらいっす! かっこいいっす!」
思考は、能天気な声に遮られた。キオ、お前――
「それ絶対馬鹿にしてるだろ。ハハハ。残念ながら、息子はこんなもんですよ」
「馬鹿にしてないっすよ。やっぱりって感じっす」
「そんなに付き合いないけどさ、キオ、お前、俺のこと、一体どんな奴だと思っているんだよ?」
「恩人っす。強いっす。優しいっす。あと、その鋭い目がかっこいいっす」
父親譲りの俺の目を褒めるとは、なかなか侮れない奴だ。
だが、そういう事を面と向かって、真っすぐ言うんじゃない。恥ずかしい。
「聞いた俺が悪かった……だからやめてくれ……」
「おやまぁ、マルちゃんも照れるんですねぇ」
キオもムル婆ちゃんも、にっこり笑っている。
何やらキオの術中に嵌った気分だ。パーティーリーダーは侮れない。
無言でそっぽ向いて歩いていると、先行していたリリーが戻ってきた。
なにやら、ご不満のようである。
「私と一角兎との”かれー”なる戦いを見ずに、何を朗らかに談笑してるんです。師匠も師匠ですよ。森の中ではいつも気を抜くなって師匠、口をすーーっぱくして言ってるじゃないですか。私も混ぜてくださいよ。ししょー」
「はいはい、もう森を出ますからねぇ。また今度ね」
森を出れば、ピュテルの町はすぐだ。
流石にお腹がすいた……早く帰ろうか。
町に着けば、それぞれでやるべきことがある。
キオとムル婆ちゃんは、冒険者ギルドへ報告に向かった。
俺が行くと面倒になるので、ヘヴィオーガの魔石は、キオに渡してある。
リリーは採取した薬草を、もう一度選別して各々の商店等に運ばねばならない。
そして、ボブ爺ちゃんを背負った俺は、老夫婦の住まいへ直行した。
「ムル婆ちゃんが帰ってきたら、しっかり治癒して貰わないと駄目だよ」
「ああ。今日は助かった」
「まだだよ。ほらうつ伏せになって。腰、見せる」
ベッドにうつ伏せになったボブ爺ちゃんの腰をみる。
うん、腫れてはいない。触れてみても熱さは感じない。
「少しひやっっとするけど我慢して――いや、温めればいいだけか」
癒しの水は、冷たくて気持ちいい。が、ひやりが不快な時もある。
普段の癒しの水のイメージに火を足してみるか? だが熱すぎるとまずい。
火は小さく、熱は小さく、後はいつものイメージで――「≪癒しの水≫」――右手に張り付くように生まれた水の塊。
左手で触れると、温い。試しに自分の頬に当ててみる。
よし、癒しの水の効果は発揮しているようだ。もう少し、温かくかな?
何をしているんだマルクは? と言いたげな顔をしているボブ爺ちゃんを、待たせるものじゃないな。
「お待たせボブ爺ちゃん。≪癒しの水≫お風呂気分」
念には念を入れて、もう一度触れてみる。
あぁ、これは気持ちいい。って、自分でほんわかしてどうする。
ボブ爺ちゃんの腰に癒しの水を当てると、彼の口から、長く息を吐く音が聞こえた。温度管理は丁度いいようで、うん、良かった。
後は、癒しの水が消えて無くならぬように、魔力を込め続けるだけでいい。
「ありがとう、マルク」
「どういたしまして」
魔法の素質を持って生まれ、それを戦い以外に使う道を進んだ二人の幼馴染。
魔法学派のアムと、工房ギルドのガル兄。
こうやって、戦い以外の目的で魔法を使っていると、二人の気持ちが少しわかった気がする。気のせいかも知れないが。
ボブ爺ちゃんは、目を閉じ、ゆったりとしている。
俺もボブ爺ちゃんも喋らない。
静かで、穏やかな時間…………は、俺の腹の音で、幕を閉じた。
「マルク。飯、行ってこい」




