136.王都の朝
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いつもより、少し早くに目が覚めてしまった。
魔法で――「≪癒しの水≫」――顔を洗う。いや、冷やすと言うべきか。
いつもは、シャーリーが拭き布を取ってくれるので使っているが、今日は吸収されるまで放置しよう。
魔力は発動させる程度にしか込めていないので、消えるのもすぐだ。
体を伸ばし、自身の状態を確認する……一日中御者であった事の凝りや疲れは、微塵も残っていない。
昨日夕食を取らなかったので、腹が空いている事ぐらいか。
一階が、宿泊者専用の食堂になっている。
そこへ向かおう。
持ち物は、お金だけで十分だ。
代金は、出る時に清算なので、お金も要らないのだが……念のため。
部屋から出て、鍵を閉めると、アムが隣室から出てきた所であった。
「おはよう、アム。しっかり眠れたか?」
「ああ。おはよう、マルク。君こそ寝具が変わって寝付けないんじゃないかな?」
「それだと、冒険者やってられないぞ」
俺が、数日屋敷から離れると心配になってしまうのは、黙っておこう。
アムは、柔らかな顔をしている。ゆっくりと休めたようで、実に良い。
俺の腹が鳴って、アムの顔はさらに緩んだ。
「マルク、食事にしよう」
「丁度、向かう所だったんだ」
アムと並び、一階へと向かう。
軋みもなく、静かに歩ける廊下だ。
「僕を置いて、独りで行くつもりだったのかな、寂しいねぇ」
「馴染み深いとはいえ、女性の部屋に乗り込めって言うのか?」
流石にそれは、難度の高い話だ。
何が楽しいのか、アムは笑っている。
「フフッ。いつでも遊びにきなよ」
「アムから来てくれ」
「不精者だね、全く」
一階へ下り、宿の主たるご老人へ、朝食を頼む。
四人掛けの卓が三つ。内一つを使わせてもらおう。アムと向かい合って座る。
「マルクと二人っきりで食事だなんて、珍しいね」
「生活圏が違うから、仕方ないさ」
俺もアムも、お互いに機会を歩み寄ったりはしない。
会えば話す。手が欲しければ貸す。用があれば互いに会いに行く。
それだけだ。そして、俺はそれで良いと思っている。
「だね。時間があれば、屋敷に乗り込んでもいいんだけど」
「忙しそうだな。何か手伝うか?」
俺は、暇だぞ。と続けようと思ったが、何だか暇でない日が多い気がする。
別に仕事もしていないのに……不思議だ。
魔法研究に至っては、前より時間が取れていない……何故だ?
「気持ちだけ貰っておくよ。まぁ、偶に散歩に付き合ってくれると嬉しいかな」
「そうだな。散歩ぐらいなら、いつでも付き合うよ」
ダンジョンでの仕事なら、手伝える事はあるだろう。
「ついでに、お昼からの練兵場への散歩も、一緒にどうだい?」
「構わないぞ。俺の用事は明日だし」
「え? 本当にいいのかい? 絶対に面倒ごとになるよ」
巻き込む気満々な奴が、言う言葉なのだろうか……面白い奴だ。
「別にいい。多少の面倒は、慣れっこだ」
給仕の女性が、皿を持って歩いてくる。
「おまたせしました」
「「ありがとう」」
アムと俺。給仕の女性が目を向ける時間が、明らかに違う。
いや、気にするのはよそう。
出された料理が、優先だ。
出された朝食は、分かりやすい品であった。
白く柔らかなパン。半固形の卵にチーズをかけた一品。
脇に置かれた蒸し野菜。そしてスープ。
うん。良い朝食だ。
アムと目が会った。柔らかに微笑む顔が、美しい。
「「いただきます」」
まずは、パンを千切って一口。
外と中の食感が違い、一噛み目に嬉しさがあった。小麦の香り高いパンだ。
これは、王都だからではなく、この宿の調達したパンが美味しいのだろう。
次は彩に手を出そう。卵の黄色か、人参の赤か、ケールの緑か、カブの白か……迷うが、ここは卵からだ。
掬い口へと運ぶ。卵の濃さと、チーズの匂いが同時に攻めてくる。
これは、他との合間に食べるべきだ。
美味しくはあるが、少々味が濃い。
緑映える葉物のケールを一口。噛むと薄い苦みを感じさせてくれる。
さぁ、次の――まてまて、食べるのを急ぎ過ぎだ。落ち着け。落ち着いてスープを一口飲むんだ。
温かで薄味のスープが体に染み込んでいく。
「ふぅー。これも美味い」
気が付けば、目の前のアムが、声を出さずに笑っていた。
自分でわかっているさ。子供みたいだと……。
「ガツガツ食べる君も、嫌いじゃないよ」
「人の頭の中を覗くな」
「君の場合、顔に出てるのさ」
あぁ、最近何となく理解していたさ。
会話の先手を打たれる原因が、俺の表情だってことに。
「うーむ。もっと無表情を心掛けるか」
「止めてくれ。マルクの表情を見るのが、僕もシャーリーも好きなんだから」
「ん。ならば無表情化計画は中止だ」
「無表情化計画って、また変な事を考えていたね。フッ」
俺は、パンを口に入れる事で、無言を示す。
シャーリーとアムになら、どれだけ頭の中を読まれても良いか。
無表情化計画は、永久的に中止としよう。