133.御者台にて~ノワールと二人~
誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝
「外の方が気持ちいいじゃない」
「平和だからですよ」
立ち寄った村にて二頭の馬の休憩を済ませた後、アムと入れ替わる形で、ノワールが御者台にやって来た。
アムは、馬車の中で独り寛いでいる。はずだ。
御者台は、夕日が眩しいので快適とは言えないが、吹く風は心地よい。
ノワールもその風を感じているようだ。
「ねぇ。二人っきりで何、話してたの?」
「ごく普通のお喋りですよ」
とはいえ、アムとの共通の話題なんて、ほとんど無い。
だから、ただ思い付くままに話すだけだ。
話して良い事と、いけない事。その二つを意識さえすれば良い。
冒険者の頃から同じである。話してはいけない事は多い。
他者の醜聞も、秘密も。
だから、話せる範囲で日常を語る。
アムとのお喋りは、それだけだ。俺はそれでいいと思っているが、アムからしたら付き合ってくれているだけ、だろうな。
「私とも、お喋りしよう」
「俺、人を楽しませるのは、得意じゃないですよ」
「いいの。マルクちゃんと、お喋りしたいだけなんだから」
中々の難題だ。
こういう時に、口から流れるように言葉を紡げる人は、凄いと思う。
それは、得難き能力である。
俺は、正直苦手だ。だからと言って、口を閉じている訳にもいかない。
「さて、何の話をしましょうか?」
「何でもいいよ」
そして、考えの一歩目で躓く。話題が思いつかない。
ノワールに関する事を話そうにも、彼女の事をよく知らない。
彼女に聞こうにも、お仕事の関係上、話せない事が多いだろう。
ならば会話の糸口は、自分の事を話すしかないだろう。だが、何を話す?
少ない手札を見る。食事、モンスター討伐、冒険者、魔術師……どれもこれも酷い手札だ。女性と話す手札が、食事しかないじゃないか……。
だが、それをノワールは喜ぶのだろうか? 違う気がする。
考えるよりも、口を動かした方がいいか。
「ノワールさんは、この辺りに来たことは?」
「んー? ただの通り道って感じかな。マルクちゃんはあるの?」
「ええ。冒険者の頃に何度か」
「やっぱりモンスター?」
俺の事を聞いたりしたのか、それとも冒険者といえばモンスター討伐なのか、どちらにせよ、正解である。
「ええ。俺が町の外へ行く理由なんて、それぐらいですから」
「もうちょっと遊びに出掛ければ? 自由なんだからさ」
「あはは。御尤もです」
ノワールの言葉に、言い返せない。自由……のはずなんだけどな……。
それほど興味が無いから、という単純な理由が有るには有るのだが、それは不精男の言い訳にしか、ならないだろう。
昨日もミュール様に、外を見ろと言われたばかりである。
「それで? この辺りの話を出したって事は、何か話す事が見つかったんでしょ」
ノワールの声から、期待が溢れている。
これでは、適当に話を切り出したと、言い出せない。
いや、丁度、モンスターと冒険者の話になったのだから、その話をするか。
この周辺で戦って、話になりそうなモンスターは……いたな。
だが、これは俺だけの話ではない。喋って良い物だろうか?
まぁバルザックさん達なら許してくれるか。
「この辺りで、フロストジャイアントが目撃された話って、知ってますか?」
「んー? ああ、四年ぐらい前の話よね」
「ええ。そのフロストジャイアントを倒したときの話です」
「え? あれ倒したのマルクちゃんだったの!」
正解なようで正解でない。あれを倒したのは俺じゃない。
「違いますよ。倒したのは、バルザックっていうAランク冒険者です」
「なーんだ。マルクちゃんの話かと思ったのに」
「俺の話でもありますよ。俺が、Aランクパーティーの助っ人依頼を受けた時の話ですから」
「助っ人依頼?」
ああ、そうか。知らないのが普通だよな。
一般的な依頼と違って、助っ人依頼に馴染みが無いのは当然だ。
「冒険者が、冒険者に出す依頼のことです」
「へぇー。そんなのも有るんだ。で? それって何か美味しいの?」
「別に美味しくは無いですよ。パーティーメンバーと都合が合わなかったりして、手の空いた冒険者が受ける事が多いですから」
「マルクちゃんも暇だったの?」
「あー。暇と言うか……パーティーを組まずに一人で冒険者やってたので」
「一匹狼だったのね」
『一匹狼』とは、随分と優しい言葉の選択である。
その声も、どこか優しげであった。
「当時から、お一人様を拗らせていましたので。それは、今もあまり変わりませんが……それは、横に置いておきましょう。助っ人依頼を受けてバルザックさん達と共に、フロストジャイアント討伐に向かったわけです。まぁ残念ながら到着した時には、村は氷漬けにされた後だったんですけどね」
「でも、たしか、村人は逃げた後だったんでしょ」
「ええ。亡くなったのは、バルザックさんの前に依頼を受けた、王都の冒険者だけです」
あの依頼が王都から、ピュテルに流された依頼だと知ったのは、討伐後の話だ。
その依頼主は、国王であったが、俺には関係の無い話である。
「それで、フロストジャイアントってどんなモンスター?」
「高さは、俺の三倍ぐらいですかね。個体によって違いますけど、あの時のは、二階建ての建物より、少し小さいくらいでした」
「十分大きいじゃない。バルザックって人、魔術師?」
大きい敵であればあるほど、魔法で何とかしたと思うのが当然である。
長い得物を振ろうとも、致命打になり辛いからだ。
「いえ。魔法を使わない、純粋な戦士です。だから余計凄いんですけどね。フロストジャイアントって、触れただけで、少しづつ氷漬けにされる怖いモンスターなんですよ。もちろん武器に触れても駄目。離れれば離れたで、氷の息を吐き、周囲もろとも氷漬けにする恐ろしいモンスターです」
「それで、どうやって戦士が倒せるの?」
「実際、無理な話だと思います。パーティーの二人の戦士は、一撃で瀕死になってしまいましたから。あっ、その二人も一流の戦士ですからね」
ドムさんとテガーさんも、屈強な戦士である。ただ、相性と言うものがある。
それを覆すバルザックさんが、強すぎるだけだ。
「マルクちゃんは、何してたの?」
「炎の大剣を使って、相手の周りをちょろちょろと。斬っては、避けを繰り返してただけです」
「炎の大剣って、精霊の残り火や炎の剣じゃないよね?」
ああ、ノワールも魔術師だったな。偽装魔法の事と合わせて、忘れる所だった。
別に隠す魔法でもないから、教えても良いか。
「炎帝竜の大剣っていう魔法です」
「見せて! ねぇ見せて!」
「駄目です。危ない魔法ですから」
「ふーん。マルクちゃんのケチ」
「ええ。俺は魔力はケチる魔術師なので」
不平を漏らすように、耳元でブーブー言っているが、気にしていられない。
話を先に進めよう。
「話に戻りますね。バルザックさんも初めは力負けして、フロストジャイアントに吹き飛ばされてました。ですが、フロストジャイアントに吹き飛ばされながらも、何度も何度も、立ち向かっていったんです」
「え? 一回でもう駄目なんじゃ」
「普通は、そうです。でも、バルザックさんは吹き飛ばされる度に、速く、力強くなりながら、フロストジャイアントへ突き進んだんです」
あの時のバルザックさんは、思い返しても恐ろしい。
闘争心からかサラスさん達を守る為なのか、奴と得物同士を打ち合わせては、吹き飛ばされ、また突撃して……その度に、フロストジャイアントが少しずつ押されていく様を、俺は、間近で目撃してしまった。
俺にはフロストジャイアントよりも、バルザックさんの方が恐ろしかった。
「ねぇ、その人、本当に人間?」
「さぁ? この前も、素手でミノタウロスの角を掴んで、動きを抑え込んでいましたから……」
人は、基本的にモンスターに力で勝てない。
だからこそ魔法や技術を高め、モンスターに対抗しているのだ。
「それで、結局どうやって倒したの?」
「フロストジャイアントが拳でバルザックさんを狙ったんです。拳だけでも、当たれば人は死にます」
奴の得物を俺が斬り、燃やした事は、省略しても問題ないだろう。
「その拳を躱したバルザックさんが、更に前に出て、体勢の下がったフロストジャイアントの懐に潜り込み、頭から股まで大剣で真っ二つに」
何度、炎帝竜の大剣で斬っても、炎が燻るだけであったフロストジャイアント。
その驚くべき生命力の塊を、一刀のもとに斬り伏せた。
「巨体を切り裂き、塵と化した一撃は、今でも頼もしく……恐ろしいです」
「なんというか、ピュテルの町には怖い冒険者がいるのね……」
「怖い人ですけど、良い人ですから」
まぁ、俺は苦手なんだけど。
俺とノワールの間に沈黙が満ちる。
アムとの間にあった優しい沈黙とは、何かが違う。
馬達の歩く音と、虫たちの声を聞いて、気を紛らわせておこう。
「ねぇ、マルクちゃん」
「はい」
「これ、私が想像してたお喋りと、何か違う!」
「あー。そうかもしれませんね」
話をしていて思ったが……俺も違うと思う。