128.気付かぬ面倒
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数日と言えど、屋敷に居ないとなると、少し落ち着かなくなる。
貴重品は、母の部屋に移してしまう。とはいえ、元々ため込んだ金貨は、母の部屋に置いてあるので、移動させる物は、特に無かった……。
今日買ってきた水の魔工石を、台所と風呂場に設置する。
品質は見て分かるが、念のために試してみるのを忘れずに……大丈夫だ。
水量も問題ない。
あと、やることは……思い付かない。
「さっきから何をしておるのじゃ?」
「あっ! テラさん、おかえり」
「うむ。ただいまなのじゃ」
屋敷でうろうろしていたら、側にテラさんがいた。
帰って来たことすら気が付かなかった。不覚。
「少し家を空けるから、落ち着かなくて」
「ん? 何処か行くのかえ?」
「明日から王都へ行くから、数日は帰ってこないと思います」
「うむ。留守は任せるのじゃ」
嗚呼、言えば不安なんて、直ぐに消えるという事なんだな。
俺が不在でも、テラさんは屋敷に居てくれる……嬉しい事だ。
「助かります。でも、生活費とか大丈夫ですか?」
「わしは、パックから仕事の分は貰っておるからのぅ。宿代も掛からぬし、数カ月程度なら、大丈夫じゃよ」
「足りなくなったら、母の部屋に有りますから、使ってくださいね」
「ハッハッハ。年上相手に過保護じゃのぅ。流石に、お主の金に手は付けぬぞ」
テラさんが、手を伸ばして、俺の頭をぐしゃぐしゃにする。
ニコリとした顔は、機嫌が良い証拠であろう。
「暴徒や泥棒がきたら、母の部屋に逃げ込めば安全ですから。えーと後は――」
「わしは、初めて留守番する幼子ではないぞ。大丈夫じゃ。ドンッと任せい」
「すみません。家を留守にするのは、昔から少し不安なもので」
これは性分だ。どうも直らない。
一日程度なら問題ないのだが……いや、テラさんに任せよう。
深呼吸して、一度落ち着こう。吸って……深く吐いて……よし。
「改めて、テラさんにお任せしますね。シャーリーは来てくれるそうなので」
「シャーリーは、ええ子じゃのぅ」
「ええ、本当に」
テラさんと二人、暫しの間、無言になった。
埋め合わせにもならないだろうが、シャーリーへの土産は奮発しよう。
そういえば、テラさんの好きな物ってなんだろうか?
「テラさん。お土産に何か欲しい物ってありますか?」
「ん? よいよい。土産話が一番じゃからな」
「別に冒険しに行くわけでは無いので……大した事は話せませんよ、たぶん」
「お主の話ならば、何でも良いのじゃよ」
「そんなものですか?」
「そんなもんじゃ」
そんなものなのか……胸躍る冒険譚や、深き愛憎劇を聞きたいのかと思っていたが、どうも違うらしい。まぁ、そういうのは俺とは縁遠い話だな。
「しかし、王都か……わしは、苦手なのじゃ」
「人が多いからですか?」
「うむ。このピュテルの町で、限界じゃな。騒がしいのは嫌いではないが、人が多いのは好かん」
「何と言うか……分かります」
活気が溢れているのと、ただ単純に人が多いのは、別だ。
そして、人混み自体には慣れても、それが好きか嫌いかは、人それぞれだろう。
「人混みにいるより、草原で寝転がっていた方が、気持ちいいですからね」
「うむ。町の営みを聞きながら、猫と一緒に日向ぼっこをするぐらいが、わしには丁度良いのじゃ」
再び、テラさんと二人、無言になる。この沈黙の間は、嫌いじゃない。
猫と日向ぼっこか……テラさんがすると絵になるな……想像だけど。
「茶にしましょうか」
「ええのぅ。共に淹れようぞ」
テラさんと台所へ向かう。
茶が出来るまで、ゆっくり話そう。何も無かった、今日の話でも。
「お土産? 要らないよ。そうだね……王都で、うちより美味しい店を見つけたら、教えてよ」
「そんな事でいいのか?」
「といっても、私、この町から出ないから、知っても食べに行けないんだけどね」
「俺も用事が無ければ、町から出ないしな」
自分から、あちこち旅行に行ったりはしない。
まぁ俺と違って、サンディは忙しいからという理由だろう。
俺は単に、出不精なだけだ。
「この町は、他より物が揃っとるし、休みに町から外へと出かける理由もないじゃろうしな」
「そうなんですよ、テラさん。私、この町以外を知らずに人生終わりそうで……」
「ハッハッハッ。まだまだ若いのに、難儀じゃのぅ。悲観するのは、あと十は年を重ねてからにせぇ」
「それまでには店を持ちます」
「おう。持ちたい、で無い所に意気込みを感じるのぅ。応援しとるぞい」
サンディの人生の展望を初めて聞いた。
俺も仕事の話はあまりしないし、サンディの仕事の話も聞かないからな……。
サンディの店か……何の店かは分からないが、頑張って欲しいものだ。
「その時は言ってくれ、俺も手を貸すからな」
「エヘヘ。ありがとう、二人とも」
サンディは、そう言うと、照れくさそうに立ち去ろうとした。
が、まだ用事がある。俺は、サンディを呼び止める為に言った。
「ちょっと待った。王都に行く前に、つけの支払いを済ませておきたいんだ」
「んー? 帰ってからでもいいよ」
「もう持って来てるから」
そう言って金貨を入れた袋を、バックパックから取り出し、いつものようにサンディへ差し出した。
受け取るサンディは、何故か渋々といった態度を取っている。
客からお代を取るだけなのだから、当然といった態度でいて欲しいものだ。
「じゃあ、少し待っててね」
「ゆっくりでいいよ。≪水≫よ」
苦笑いを浮かべ、立ち去るサンディをみながら、空になった樽ジョッキに、再び水を注いでいく。隣から差し出されたテラさんのジョッキにも。
「何故、待つのじゃ?」
「金額が分からないので、多めに渡してますから」
お釣り、というには多すぎる金額になる。
個人的には、全部持って行ってもらっても、この店の料理の値段には釣り合っている気がするのだが。
テラさんが、樽ジョッキで喉を鳴らし、息を長く吐く。
「マルクや。金勘定の仕事は、暇な時にやって貰ったほうが良いぞ」
「ん? あっ!」
辺りを見渡す……最も賑わっている時間ではないが、夕食を求めに来た客で、店は盛況だ。サンディ以外の店員も、忙しそうに動き回っている。
自分の事しか考えず、サンディの仕事を一つ増やしてしまった……。
何が『ゆっくりでいいよ』だ。
「俺、こういう所、無神経ですよね……」
「わかったなら、次を直せばよい。それで嫌うサンディでは無かろう」
「はい、心掛けます」
ほんのり苦い気持ちを、水で流し込む。忘れないように。
テラさんが居なかったら、気が付かない事だった。
今までの日常として行っていた事も、サンディに面倒を掛けていた可能性が高い。いや、面倒を掛けていた事を確信した。
支払いは、暇な時に。
それだけでも、心に刻んでおく。
きっと、もっと多いのだろうな……自分の気付かぬ、他者への面倒が……。