125.今日やる事が終わっても
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ガーベラさんに、依頼料の入った袋を手渡す。
彼女は、さっと中身を並べ、確かに金額が一致していることを確認した。
『Cランク以上』ランク指定討伐依頼で金貨四十枚。緊急依頼で五割増し。そして約束の二割増し。隣村なので移動経費は無し。
頭の中で、金貨が零れ落ちていく……。
それでも命の対価にしたら、安すぎる。
「はい。確かに。依頼料はお預かりしました」
ここから、ギルドの手数料が二割引かれ、ウィンさん達が受け取る事になる。
さて、支払いも終わったし、帰るとするか。
「あの、マルクさん。刃傷沙汰には……裏でギルドマスターが死んでいるなんてことは……」
「ありません。元々ギルドマスターの失態では無いですから……責任を持って、対応して貰いますけど」
「はぁ、良かった。マルクさん。また来てくれますか?」
鉄骨龍職員一美人のガーベラさんが、真っ直ぐ、真剣な目で俺を見つめてくる。
だが、それが何だと言うのだ。
「出来れば御免です。それでは」
ガーベラさんの事は気にせず、立ち去ることにした。
こんな所に長居をしても、良いことなど何一つ無いのだから。
昨夜、町に帰って簡単な報告はしたのだが、しっかりと話をしておくべきだな。と、思ったので、現在、商店通りの菓子屋の前にいる。
扉を開くと、お客を知らせる小さな鐘が鳴る。
「いらっしゃい――マルクさん。昨日はありがとうございました」
「いいえ。ライラさんは、まだこの店にいますか?」
「ライラー! マルクさんだよー」
今日も売り子をしていたチコさんが、裏手へ向かってライラさんを呼ぶ。
店の手伝いをしていたのだろう、手を白い布で拭きながら、ライラさんが裏から顔を出した。
昨日よりも元気に見え、少し安心した。
「マルクさん。昨日は村を――」
「昨夜も聞きましたので、もうお腹いっぱいです。こちらこそ昨夜はすみません。報告をさっと済ませてしまって」
「いえ、マルクさんも、お急ぎだったのでしょう」
恥ずかしながらそれは違う。あの時の俺は、単純に……。
「いいえ……お腹が空いていたもので……」
「フフ。やっぱりお急ぎだったみたいですね」
呆れられると思ったが、ライラさんは、軽く笑顔で流してくれた。
さてと、早速報告に入らねば。
ライラさんも、ブラン村の事が気になっているだろうしな。
「あはは。では、昨夜の話の続きを――」
昨日話をしたのは、村と村民、怪我人の無事。そして、冒険者パーティーが村に一晩ついている事だけだ。
ウィンさんに聞いた家畜の話、戦士風の男二人に聞いた建物の損傷具合、周辺のモンスターの状況等を、正直に話した。
嘘を混ぜても仕方のない事だ。
ライラさんは、安心した様子で、俺の報告を聞いている。
草原のオーク――残りが居ればだが――や、山の調査は、冒険者ギルドの仕事で、彼らに任せたという事も、ブラン村の村民である彼女は知っておくべきだろう。
「あの。村長も言ってましたが、お金が……」
「ああ、大丈夫ですよ。村の問題じゃなくて冒険者ギルドの問題ですから。それに、緊急依頼の依頼料もタダでいいと、鉄骨龍から言い出しましたし……冒険者が動く事に関しては、ブラン村の方々は、お気になさらないで下さい。まぁ、ギルドがちゃんと働けばの話ですけど……」
鉄骨龍が仕事をするか否か。
そればかりは、俺が知るところではない。
今回の依頼料についても、嘘は言っていない。
支払ったのは俺の勝手であり、それをブラン村に負担させるのは、筋が通らない話だ。勝手の責任は、自分で持つ。
あと、話をしておく事は……一つあった。
「ライラさん。帰りはどうしますか? お送りしましょうか?」
ライラさんは、猛烈に首を横に振っている。断固拒否の構えだ。
「いえ、知り合いの馬車に乗せて貰いますので。お気遣いなく」
「それはよかった」
一つ心配が消えた。これで話す事は全部かな?
「報告は、これぐらいですかね」
「色々とありがとうございました」
「いえ、この店に偶々訪れて良かったです」
本当に良かった。偶然という神とシャーリーに感謝せねばならないな。
ライラさんも、チコさんも笑っている。
もし昨日、菓子屋に来なかったら?
彼女たちの顔は、どうなっていたのだろう……それもまた、ありふれた日常でしか無いのかもしれないが……俺は、そんな顔、出来れば見たくない。
ただ、それだけの話だ。
商店通りを歩きながら、体を少し伸ばす。
昨日今日と、茶のお供を購入することは出来なかった。
材料が揃わないのでは、仕方のない話だ。
また今度、買いに行こう。
さてと、用事も無いし、どこへ行こうか。
猫の日向でお茶を飲みながら、茶葉を買い求めるか?
前回ゲルト氏の薦めた物を買って、客用には一つ上の茶葉を買ってもいいかもしれない。
それとも、家具屋や装飾品店辺りをぶらついて、居間や食堂に飾る一品でも探してみるか?
猫も良いが、馬やフクロウも良いと思う。置物か絵画が見つかると嬉しい。
それとも、我が愛馬に癒されに行こうか?
昨日も結局一往復半の走りと、二人乗りの帰り道。中々の働きをしてくれた。
ナンシーと共に、愛馬の世話をするのも良いかもしれない。
行先の決まらぬまま、町をブラブラ歩いていると、頭に慣れた重みを感じた。
行先が決定したようだ。
『ミュール様、おはようございます』
「おはよう、マルク。当てもなく歩いていたけど、お買い物中かしら?」
頭の上に降り立ったであろう白いフクロウから、ミュール様の穏やかな声が聞こえた。機嫌が良いのか、少し楽し気だ。
『いえ、今日は何をしようかな? と』
「あら。でしたら今日の予定は無いのですね?」
『ええ。もう用事は済ませましたので』
「でしたら、私の所まで来てもらえますか?」
『はい。喜んで』
この快諾は、頭にフクロウが乗った瞬間、既に決まっていた。
頭上から聞こえる、ほぅほぅという鳴き声を聞きながら、学派へと足を進める。
道中、ミュール様から声も掛からないし、こちらから声も掛けない。
こういった静かな時間も嫌いではない。
町は未だに、公爵様来訪で盛り上がっている。俺に飛ぶ視線も変わらずだ。
商店通りを抜けると、人もまばらになり、落ち着いてくる。
学派と町を隔てる門の前で、いつものように挨拶をする。
「お疲れ様です」
門番の二人は頭を少し下げ、返事とした。
入って良しの合図である。
彼らは、フクロウに目も向けない。彼らも学派の一員だからだろうか?
まぁ、俺が気にすることではないか。
門を通り、学派の中を真っ直ぐ進む。
研究棟には用事が無いので、女王の塔へ直行だ。
パック先生から呼び出されないという事は、変質の楔に関する問題は、発生していないのだろう。
女王の塔に着けば、フクロウともお別れだ。
「案内、ありがとうな」
ミュール様の魔法だと分かっていても、声を掛けたくなる
頭の上で、羽根を一仰ぎする音が聞こえた。
フクロウなりに反応を示してくれたのであろう。嬉しい事だ。
そして、白いフクロウは飛び立っていく。
羽ばたき、上昇していく姿は、愛らしくも勇ましい。
女王の塔は、今日も高かった。