124.鉄骨龍の牙へ
誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし
もう来ないと思っていたのだが。
目の前の大きな建物は、俺が、毎日と言って良いほど通っていた場所。
冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』その、本拠地だ。
気が重い……朝から同じ重さが、顔に出ていたのだろう。
シャーリーに心配され、テラさんに至っては、同行しようと言い出した。
流石に保護者同伴は、断った。
冒険者を辞めて、まだ一月と経っていないのに……もう遥、昔の事のように感じてしまう。建物の前に立っていても仕方ない……行くとするか。
「これを頼む」
「少々お待ちください」
受付に差し出された依頼票と冒険者カードを、受付嬢は受け取り、確認する。
依頼内容、冒険者のランク、その適正、問題なしだ。
受付嬢が、依頼票に冒険者カードを重ね、魔力を込める。
これで、どの冒険者が依頼を受けたかが、一目瞭然だ。
冒険者カードを目の前の男に返し、受付嬢は、満面の笑顔を作り上げる。
「受付完了です。レーンパーティーに幸運が訪れん事を」
男、冒険者レーンは、小さく頷くと、待機所代わりとして同建物内にある酒場へと向かって、歩き始めた。パーティーメンバーと合流するためだ。
受付嬢は、笑顔でレーンの後姿を見送る。
死ななきゃ良いけど、と思いながら。
今日も冒険者ギルドは、騒がしい。
依頼票と睨めっこしている駆け出しもいれば、仕事もせずに、酒を飲みに来ているベテランもいる。
道具や装備の新調を検討しているパーティーもいれば、取り分で、今にも殴り合いが始まりそうなパーティーもいる。
受付嬢にとっては、正直どうでもいい事であった。
ただ、早朝貼り出した依頼票の消化が進めば、それだけでいい。
突如、冒険者ギルドの喧騒が消えた。
静まり返った理由を、受付嬢はすぐに知った。
入口から一人の青年が歩いてくる。道具袋を持ち、真っ直ぐ、受付に。
金の髪を揺らし、獣を狩る目を受付嬢に向けながら。
受付嬢は、その眼光には慣れている。もう、どれほどこの身で浴びてきた事やら。が、今日の目は、怒りを含んでいる気がしてならない。いや、当然か……。
来るはずのない彼が、鉄骨龍に現れる事を、彼女は知っていた。
昨日の緊急依頼の依頼主の名が、あり得ない名であったのだから。
マルク・バンディウス。オーク討伐とブラン村の警護。
唐突な緊急依頼。
名を勝手に使われた訳でないのならば、彼は自らやって来る。
そういう律儀な青年である事を、受付嬢は、嫌と言うほど知っている。
隣で固まっている同僚に、彼女は声を掛けた。
「ギルドマスターを、早く」
「え? あっ、はい」
席を外し、足早に裏へと向かった同僚を見送り、再び受付嬢は、前を向く。
目の前に立つ、マルクの鋭い目を見つめながら、受付嬢は笑顔を作る。
「お待ちしておりました、マルクさん。して、本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「ガーベラさん。今日は依頼料の支払いと……苦情を言いに来ました」
「はい。ギルドマスターがすぐに」
「ギルドマスターを呼ぶ案件だって、わかってるんですね」
マルクから漏れ出した感情を、受付嬢ガーベラは感じ取った。
これは、怒りや悲しみではなく……面倒という感情だ。
ガーベラは、少しだけ安心した。変わらぬマルクであると。
「フフッ。冒険者を辞めたマルクさんの対応なんて、ギルドマスターしか出来ませんから」
そして、マルクに笑顔を向けるガーベラ。
ドスドスと粗野な足音が、冒険者ギルドに響いた。
ガーベラとマルクが、同時に目を向ける。
その視線の先には、髭面の大男がいた。
鉄骨龍の牙ギルドマスターのギルマスだ。不機嫌そうな顔をしている。
二人の視線の中で、ギルマスは首だけを動かす。
どうやら、マルクへ移動を促しているらしい。
ガーベラの耳に、鼻で笑う音が聞こえた。マルクの方から……。
ギルマスが、隠す気もない大きな舌打ちをし、言った。
「来い、マルク」
歩き出したギルマスの後ろを、特に何も言わずに付いて行くマルクを、ガーベラは見送った。
刃傷沙汰にならないといいな、と思いながら。
「この鉄骨龍でならば、貴様の顔を見ずに済むと思っていたんだがな。マルク」
「こっちの台詞だ。俺だって来たくて来たんじゃないんだよ。特に、あんたらの尻拭いのご報告なんかにな」
冒険者ギルドの裏側。その一室である応接室にて、現在、ギルマスと面と向かって”お話中”である。面倒この上ない話だ。
「フンッ。言い掛かりならば、ただでは済まさんぞ。話せ」
目の前のギルマスは、椅子に踏ん反り返っているが、話を聞く気はあるようだ。
話すことは、ブラン村の状況、オーク、ロックベアー、ハーピーとホークマン、そしてガルーダ三体。テラさんが手助けしてくれた事以外は、話すべき内容だ。
面倒臭くても、一つ一つ話していく。
嗚呼、本当に面倒だ。
「三体だけか?」
「中腹で三体だ。山頂までは、自分達で調べに行けばいいさ」
ギルマスは、鬱陶しい目でこちらを見ながら、舌打ちをしてきた。
そして、ギルマスは右手を前に出した。
「さっさと出せ。持って来ているのは、それだろうが」
「ほらよ」
ガルーダとロックベアーの魔石の入った道具袋を、ギルマスに渡す。
ギルマスが、道具袋を乱雑に開け、中を検め始めた。
暫し、魔石を調べる髭面の男を観察する。
一つ一つ確認している。魔石の鑑別は、お手の物なのだろう。
そして全て調べ終わったギルマスは、魔石を道具袋に放り込み、俺へと投げつけてきた。全く、こいつは……。
「後はこっちの仕事だ。お前はさっさと帰れ」
「支払いが終わればな」
「いらん。クソ共の不始末だ」
まぁ、そうだろうさ。
一体でも発見されれば、即討伐依頼が出されるガルーダ。
近場であれ、同時に、複数体も湧いて出るようなモンスターではない。
そして、最近討伐依頼が完了しているはずなのに、三体も同じ場所に現れたこと……これは、モンスターの異常発生ではない。
討伐していないにも関わらずに、何処からかガルーダの魔石を調達して、依頼完了としたクズが居るということだ。
それは、冒険者の禁忌の一つである。
ギルドの信頼、そして冒険者という存在の尊厳に関わる問題だからだ。
だがそれは、冒険者ギルドの問題だ。
辞めた俺に関係ある話ではない。
「払うもんは払うさ。タダにしたからって、迷惑押し付けられちゃ困るからな」
「フンッ。好きにしろ」
足元ぐらいどうにかしろよな、と言いたくなったが、口を噤む。
冒険者を辞めた俺が、口を出すことではない。
ただ、何度も繰り返すようなら…………いや、よそう。
「ああ、好きにするさ」
別れの言葉も要らない。
二度と会わない事を願って、俺は応接室を後にした。