120.休息は美味しさと共に
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水精霊の斬撃で斜めに裂いたロックベアーが、断末魔を上げ、消えてく。
魔力の流れを感じ、注視してみると、もう一体のロックベアーが、魔力で生み出した岩を投げようとしていた。狙いは、テラさんだ。
俺がすることは決まっている。
そのロックベアーへ駆けながら、魔法を使う。
「≪風精霊の封壁≫」
ロックベアーとテラさんとの間に、不可視の壁を築き上げる。
直後、ロックベアーの剛腕から放たれた岩が、封壁と衝突した。
岩が見えない壁によって砕かれ、空気の中へと溶けるように消えていく。
「わしには、よいと言っておろうが」
「それでも、です。≪水精霊の斬撃≫」
右手の指から魔法を放つ。真っ直ぐに放出する薄く、細い線でロックベアーを斬りながら、脇をすり抜けるように、走り抜ける。
払った右手から散る水飛沫が、日の光を反射した。
魔法を解除し、ロックベアーが消え去るのを確認する。
魔石がポトリと地に落ちた。とりあえずは、一段落といった所か。
テラさんに預けていた道具袋を受け取り、倒したロックベアーの魔石を拾い集める。面倒であるが、魔石を放置しては、モンスター討伐の意味が無い。
魔石回収は、モンスター増殖防止の基本だ。
「水精霊の斬撃。良い魔法じゃな」
「工房ギルドで使っている魔法らしいですよ」
らしい、というのは、工房ギルドで実際に使っている場面を、俺は見たことが無いからである。
ガル兄以外、工房関係者に知り合いが居ないのだから、当然か。
接近戦をしないで済む魔法の相談をして、接近戦用の魔法を教えて貰った時は、疑問に思ったものだ。
だが、素直に習得して良かったと思える、良い魔法だ。
こう便利な魔法であると、頼りきりになってしまう。
こうして、魔法の多様性が消えていくのだろう。
後世に残らず、一代のみで消えていった魔法も多いのかもしれないな。
「工房ギルドといえば、ガランサじゃな」
「あはは、正解です。俺、親しい人、少ないですから」
「シャーリーにガランサ。信頼できる者が居るだけ良い事じゃよ」
「それは……身に染みてます」
道具袋を掲げて、回収完了の合図を出す。
「うむ、ご苦労。して、次はどうするのじゃ」
日はまだ高い。
減る腹を考えなければ、上まで調べに行きたい所ではある。
いや、一人で考えていても駄目だな。テラさんと相談すべきだ。
また頬を摘ままれてしまう。
「先に進んで、原因特定したいですけど……お腹が空きました」
「むぅ、わしもじゃ。しかし、干し肉は持って来とらんしのぅ……そうじゃ。この先、開けた場所はあるかえ?」
この先は、木々は少なくなって、岩場が増える。
先のロックベアーも、そこや、更に奥にて擬態しているはずのモンスターだ。
「ありますよ。火でも使うんですか?」
「うむ。遅い昼食じゃが、わしに任せい」
「はい。お願いします」
テラ料理長のお任せコース……少し楽しみだ。
「では、行くぞ」と歩き出したテラさんを追いかける。
後ろからでも、横に伸びた耳が、ピョコピョコと跳ねているのが分かる。
気分は、俺も同じだ。
そして今、作った木串でキノコを焼いている。
道具無しで火を簡単に用意できるのは、魔術師の利点である。
水の心配も要らない。
とはいえ、魔力で火を出し続けるのは無駄の極みなので、簡素な焚き火を、落ちている枝と石で作ってある。
焼き加減は、テラさん任せだ。生食は、当然危険である。
先程、テラさんに出されたキノコ問題は、全く分からなかった。
全く同じキノコを見せられて『どっちが毒じゃか分かるかえ?』と言われても分かる訳が無い。
テラさんには見分けがつく様だが、俺には無理な芸当だ。
問題に正解できなかった結果『わしの真似は、するでないぞ』との有難い忠告を受けてしまった。
キノコと薬草の同定は、素人が手を出してよいものでは無いのだろう。
共に焚き火を囲むテラさんを、見る。
彼女は、火の通っていくキノコをじぃーと見つめていた。
周囲にモンスターがいない事は確認済みではあるが、心配なので警戒は続けておく。テラさんには、焼き加減に集中して欲しい。
「よし! 食べごろじゃ。ほれ、マルクや」
「ありがとう、テラさん」
キノコの刺さった木串を、テラさんの手に触れぬように受け取る。
少し曲がった柄も、皿状の笠も、共に良い焦げ目がついている。
「「いただきます」」
そして笠に齧り付く。
少し柔らかな食感が、ふにふにしている。だが、噛むたびにキノコから水分が溢れ、共に味も溢れてくる。ついた焦げ目も香ばしい。
「おいしい」
「うむ。自然に感謝じゃ」
テラさんも、笠を小さく齧り、咀嚼を始めた。
焚き火の赤が、テラさんの肌を色づけていた。夜なら、もっと美しいだろう。
「ん? どうしたのじゃ?」
「そっちのキノコも美味しそうだね」
「食いしん坊じゃのう……ほれ、交換じゃ」
「あはは」
テラさんと木串を交換する。
こちらの平たいキノコも一口。先程のキノコよりも味が強い。
食感は、さっきのキノコのほうが好きかな。
「こっちも良いですね」
「じゃからと言って、採って食うのは駄目じゃからな」
「わかってます。毒で死にたくないので」
「わしと一緒なら大丈夫じゃよ。ほれもう一本食べぇ」
咀嚼しながら頷き、テラさんから別の一本を貰う。
テラさんも、次の一本を食べ始めた。美味しさが喜びに出て、銀の髪を揺らす。
こういう昼食も、良いものだ。