119.ロックベアー
誤字修正 読みやすいように全体修正 内容変更なし
ウィンさんと戦士風の男性二人、テラさん、そして俺。
五人は、教会の外で作戦会議中である。
村の人に事情を聞かせて、不安にさせる必要はない。
「たぶん『押し出し』が発生してると思います」
「あー、で、村までオークか」
押し出しは、モンスターを討伐せずに放置すると、時折起こる現象だ。
押し出し発生地点は、大抵は山の奥など強いモンスターの発生しやすい場所に多い。そこに存在するモンスターの量が増え、本来発生しない場所に強いモンスターが移動する。そして、移動した場所に元々いたモンスター達が、また別の場所へと移動する。その繰り返しだ。
何重に起こっているかは、調べてみないと分からないが、少なくともオークの発生する地点、この辺りであれば北の山にある木々の生えた所だろう。
そこに、何かが入り込んだ。
そしてオークは草原に、といった具合か。
変質の楔の可能性も考えたが、あれは、何処まで公表しているのか分からない情報だ。俺が口にしていい事ではないだろう。
「でも、北の山のガルーダは、この前、依頼出てたよな」
「ああ。依頼は消えてたし、他の冒険者が倒しているはずだぜ。ならば、何故オークが村に?」
軽装の戦士とウィンさんが、疑問を投げかける。
「状況はどうあれ、結局、行って調べるしかないですから」
「村の守りは俺達ってことだな」
俺は頷き、ウィンさんの言葉に同意する。
皮鎧の戦士が疑問を発する。
「それならDランク依頼で十分じゃないか? 俺達が受けた依頼は、C以上になってたぞ」
「押し出しの可能性も考えての念のためです。まぁBランク冒険者のウィンさん達が来るとは、思ってなかったですけど」
本当に思ってなかった。村の安全を考えると大助かりなのだが……。
「だからって依頼料は増やしませんけどね」
「安心しろマルク。規定量以上は取らないさ。緊急依頼だから、C以上でも高いけどな。お前、金、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。村とも、折半で話が付いてますから。回復術士へ依頼するはずだった治癒も、彼女にお願いした形ですし……二割増しまでなら」
ウィンさんが、スッと右手を差し出してきた。そのまま握手をする。
商談成立だ。
依頼自体は、来てくれた時点で発生しているので、必要のない話ではあるのだが、村の守りを頼む手前、金額の話は、先に片づけてしまいたい事であった。
「では、ブラン村はお任せします」
「ああ、病み上がりのこいつには、丁度いい運動になる」
「ヘヴィオーガならともかく、オークには遅れは取らんさ」
皮鎧の男が、不敵な笑みを浮かべていた。
彼らになら、任せても大丈夫だろう。
前回の森での戦い。ヘヴィオーガが、戦士には戦い辛い相手だったのだ。
さて、村の安全を確保できたなら、次は俺の行動を決める番だ。
まぁ、決まっているのだが。
「俺は、山へ向かいます。とりあえずは調査目的で。可能であれば原因の排除を」
「無理はするなよ。本当に押し出しだったら、モンスターが多いって事だからな」
「そこらは、慣れてますから。夜には戻る予定です」
「俺達は泊まりの予定だから気にするな。村長とは、もう話してある」
「助かります。では、善は急げで」
「おう。行ってこい」
三人に頭を下げ、次にテラさんを見る。
彼女は、黙って小さく頷いた。
話に入ってこなかったのは、俺に全権を任せてくれていたからだろう。
「行こう。テラさん」
「うむ。出発じゃ」
高く可愛らしい声が、村に響いた。
この声一つで、やる気になるのだから、俺は単純だ。
「草原を走り回るなぞ、久しい事よのぅ」
「疲れたら言ってくださいね」
テラさんと二人、草原を駆け抜ける。
テラさんは、俺が思っていたよりも健脚であった。
テラさんとなら、ゆったりと歩いていきたい気分でもあるが、それだと野宿を考えないといけない。
モンスターが闊歩する地での野営は、準備と人手が必要だ。
二人で挑むものではない。ならば日帰りで済ませる。
オークは、見つけた分だけ倒していく。
走る、火球を放つ、魔石を拾い、消火、また走る。
これを、山に着くまで繰り返す。
道具袋だけは、ウィンさん達から貰っておいた。
本来ならば、剣やポーション、非常食も用意したかったが、買い物気分で外出して今に至るので、そんな用意は出来る訳もない。
緑が風で靡く草原を抜けると、木々の立ち並ぶ場所まで辿り着いた。
足場に斜度を感じる。
この場所は、完全に自然という訳ではない。人の手が入っている場所だ。
冒険者達により、オークが討伐された後の数日程度ならば、比較的安全に伐採が出来る場所である。その為、木材の入手場所として重宝されている。
俺とテラさんは、走る速度を落とした。ゆっくりと走る。
「まずは、ここの調査じゃな」
「はい。モンスターを探しましょう」
「オーク以外……居るのぅ」
見回しながら、移動していると早速発見した。
木々に紛れて、黄土色の大きな岩がそこにあった。
「あれは、ロックベアーですね」
「うむ。タフな奴じゃ」
隣にいるテラさんを見て、巨大な岩の高さを見る。
丁度、二倍程度か。ロックベアーの中でも、そこそこ大きい部類だ。
ロックベアーは、岩のように固い表皮をしている。
表皮の色は、現れる場所に適した色である事が多く、じっと動かずに擬態して獲物を待っている。今の黄土色の表皮は、もっと山奥の岩場の色だろう。
森の中では、じっとしていても擬態にならない。
爪と牙も恐ろしいが、何より巨体から生み出される力と、魔力で生み出した岩をその剛腕で投げつけてくる攻撃が厄介である。
ダンジョンでは、見掛けないモンスターだ。
擬態出来ないからだろうか?
「離れて魔法を撃ちまくるのが、簡単な方法ですが……」
「他から寄ってこられても、面倒じゃのぅ」
「では、騙された振りで行きますか」
「一撃で仕留めるんじゃぞ」
「はい」
テラさんは足を止め、周囲を警戒する。
俺は独り、ゆっくりと走り、ロックベアーに接近する。
奴は、まだ動かない。
ならばと、そのままこちらの攻撃距離まで接近しながら、呪文を唱える。
「≪水精霊の――」
ロックベアーが動く。岩のような肌の大熊が、両手を上げた。
そのまま剛腕を振るおうと云うのだろうが――「――斬撃≫」――俺の魔法の方が速い。
右手指先に生み出した、糸のように細い白刃。
右腕を払い、白刃をロックベアーの無防備な腹部へと滑り込ませる。
剣なら弾かれた一撃でも、この魔法ならば真っ二つだ。
上下に斬り分けたロックベアーから距離を取り、周囲を警戒する。
案の定と言うべきか。
魔法に反応したのだろう、一体のロックベアーが、俺に向かって突進してきている。四足歩行の突進速度は、速い。
魔力の流れを感じない、ということは岩を投げてはこないということだ。
ならば、突進を止めて、一撃を――
「マルクや、突っ込め。≪精霊樹の牢獄≫」
テラさんの声を聞き、前へと進む。
彼女の唱えた呪文と共に、大地に魔力が走るのを見て取った。
大地より生え、伸びた木々が、突進するロックベアーの足へ器用に絡みつく。
ロックベアーの突進の勢いにより、一本、二本と破壊されていく。が、勢いの落ちたロックベアーには、もう魔法の木を破壊することは出来なかった。
木々が、ロックベアーを拘束していく。
「≪水精霊の斬撃≫」
目の前まで辿り着いた俺は、右手に魔法を生み出し、精霊樹の牢獄ごとロックベアーを切り裂いた。
ロックベアーが、塵となって消えて行く。
同時に精霊樹の牢獄も崩れ、大地に溶けるように消えていった。
そこに残ったのは、手のひら大の魔石のみだ。
「ナイス、テラさん」
「うむ、朝飯前じゃ」
テラさんは簡単な様に言っているが、精霊樹の牢獄は、そんな簡単な魔法ではないはずだ。もし俺が、土の魔法が得意であったとしても、使うことは出来ない魔法であろう。
土の魔法が苦手な俺には、遠すぎる魔法だ。
ああ、そうだ。テラさんに魔法を習えないだろうか?
いや、流石に迷惑か……うん。帰ってから相談してみよう。
とりあえず、ロックベアーの魔石を拾いながら、現状を話す。
「押し出しの発生は、ほぼ確定ですが、これからどうします?」
「うむ……ロックベアーの数を減らそうぞ。山の調査はその後じゃ」
「了解です」
この辺りのロックベアーの数を減らす。目的が決まれば、行動に移すだけだ。