117.ブラン村
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中央広場を西に抜け、愛馬の所へ向かう。
ライラさんの話では、馬や家畜は全て、オーク襲来前に西に逃がした、との事で、現在、村には馬が一頭もいないそうだ。
道中、見つけた牛は、やはりこの村の家畜であったらしい。
村を出て西に進むと、軽快な蹄の音が近づいて来た。
「よぉし。無事だったなヴェント」
俺が首筋を撫でる前に、愛馬に鼻で押された。
『お前もな』と言っているようで、自分勝手に嬉しくなってしまう。
愛馬の首を優しく撫でながら、言い聞かせる。
馬が人語を解するかなんて知らない。が、言うべき事は、言わねば伝わらない。
「この人を、ピュテルまで連れて行ってくれ。出来るか?」
愛馬が、ぶるる、と低く鳴く。
了解、と認識しておこう。
「では、ライラさん。冒険者と回復術士、お願いします。門番には、俺の名前を言えば話が通ると思いますので」
「はい。ありがとうございます」
愛馬に負担が掛からぬよう、ライラさんの騎乗に手を貸し、愛馬を見送る。
嘶き、颯爽と走り去っていく姿は、我が愛馬ながら惚れ惚れする格好良さだ。
さて、俺もやることが多い。
まずは、掃除に取り掛からないといけない。
もう一度、村の中。そして東に抜けて、草原へと。
「≪火精霊の球撃≫」
視界に映る四体のオークに対し、それぞれに火球を飛ばす。
頭部を狙ったそれは、豚顔に吸い込まれるように命中し、爆発する。
残るのは、頭部を失い塵と消える醜い体と、僅かに燃える草々だけだ。
「≪水≫よ」
魔石を拾うついでに、消火しておく。
先程から、自分で燃やしておいて自分で消火するなんて、馬鹿みたいな事を繰り返している。村から勝手にお借りした小さな布袋に、オークの魔石が一杯になる程度には消火作業をしている……無駄な魔力だ。
火精霊の球撃は、使いやすく威力もある。
それに頼り過ぎて、魔法研究が疎かになっている弊害だ。
パック先生が、レッサーデーモンに放った土精霊の投擲槍は、威力もあって周囲への影響も少ない魔法であった。
俺が、土の魔法が苦手でなければ、是非覚えたい魔法である。
何かに応用できないだろうか?
いや、町に帰ってから、屋敷でゆっくり考えるべき事だな。
村の周辺の掃除は終わったので、一度村に戻る。
村で倒したオークの魔石を拾い忘れていたので、帰り道に忘れずに拾っておく。
他に気に掛けることがあると、別の事を疎かにしてしまう。
魔石拾いなんて、モンスター討伐の初歩であり、基礎であるのに。
「マルクです。戻りました」
中で障害物を退かす音がする。暫く待つと、扉が開いた。
教会に入ると、村民全員の目がこちらへ向く。
「マルクさん。外は如何でしたか?」
「ある程度は片付けましたので、後は冒険者に任せましょう。あ、あと勝手に袋使ってしまって、すみません」
村長に、小さな皮袋と手持ちの魔石を渡す。
「おお、これほど倒して頂けたのですね。袋は結構。ご自由にお使いください」
「そう言って頂けると、助かります」
村長は奥へ魔石を持っていき、保管するように指示している。そのまま、貰ってくれると、持ち運びの邪魔にならずに済むのだが……後で話せばいいか。
俺には、やることがある。癒しの水の持続をしなければ。
冒険者達が、いつ来るのか分からない。
出来るだけ、重体の青年の回復に努めねば。
回復術士が来た時には、もう遅かった。なんて御免だ。
横たわる青年を見れば、穏やかな顔をしている。まだ癒しの水は残ったままだ。
注ぎ足す形で、魔力を込め直す。
青年が呻き声を上げ、目を覚ました。
「誰だ」
「救援ですよ」
「俺は、いいから、村を」
「もう倒してきましたので。力を抜いて、ゆっくり、意識だけしっかりと」
青年が、小さく首を横に振る。
「もう痛みすら、無いんだ……俺は、もう」
「そりゃあ治療中ですから。あと、次、喋ると気絶させてでも眠らせますので」
ぼんやりした目で俺を見ていた青年の目に、色が戻って行く。
そして周囲を見回し始めた。
この人、本当に気絶させようかな……放っておけば死ぬ傷を負っていることは、この人自身も分かっているはずなんだけどな。
「とりあえず納得したなら、大人しく愛する人の事でも考えておいてください。動くと死にますよ」
これ以上動くようなら……容赦は要らないだろう。
癒しの水に魔力を込めながら呆けていると、教会の扉が開いた。
教会に入ってきたのは、青いローブを着こんだ魔術師、ウィンゲストさんであった。パーティーメンバーの他三人も一緒のようだ。
森で傷を負っていた戦士も、万全の様子である。左腕部を隠す大きさの盾を持っており、皮鎧も新調したらしい。
白い服の回復術士の女性が、こちらへ走り寄ってくる。
「マルクさん」
「続きは、お願いします」
「はい。お任せ下さい。≪聖母の祈り≫」
彼女の手から発せられる優しい光が、静かな青年の腹部を、ゆっくりと包み込んでいった。体の組織が巻き戻るかのように、少しずつ変化し、治って行く。
中の損傷の回復には時間が掛かるだろうが、これならば安心できる。
癒しの水は、邪魔になるので解除し、消しておく。
怪我人相手に、俺が出来ることはもう無い。
ウィンさんと話をするべきだ。
立ち上がり、ウィンさんの元へ向かうと、少し困惑した顔をしている。
「どうしたんです? ウィンさん」
「なぁ、あの女の子……お前の知り合いか?」
「あの女の――」
「マルクや。わしも援軍に来たのじゃ」
誰の声かは、考えるまでもない。テラさんだ。
「ええ。知り合いというか……大事な友人です」
ウィンさんが、驚いた表情をしている。理由は分かるが、見当違いだ。
まぁいい。ウィンさんは後回しだ。
「皆さんは、村長さんと話を」
「了解。話は後でな」
ウィンさんが、話の分かる人で良かった。
俺は、教会の外へと向かう。
そこには銀の髪と、横に伸びた長い耳を跳ねさせるテラさんの姿があった。
隣に、我が愛馬を侍らせながら。