113.乙女のお茶会
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公爵家主催のパーティーが終わった後も、何故か俺は屋敷に残っている。
目の前では、優雅にお茶会が開かれていた。
丸卓を囲むのは、ミュール様、エル、メリィディーア様、そして二人の女性。
「可愛い子ばっかりで、おばさん目移りしちゃう」
そう言ったのは、薄い桃色の髪に、おっとりした顔つきの女性だ。現在は、彼女の後方、やや離れた位置で待機しているので、彼女の後姿しか見えない。
「流石に俺は含めてないだろうな、プリシラさんよ」
「ブリジットちゃんもよ。その真っ赤なドレスは、ブリジットちゃんにすっごく似合ってるわ」
もう一人の女性、ブリジットさんは、やや紫がかった髪を、極端に短く切り揃えている女性だ。勝気さを表すような強い目が印象的だ。
赤のパーティードレスを着ているが、見える筋肉からは、令嬢と言うよりは戦士を想像させる。小麦色に焼けた肌も、そう思わせる一因だ。
護衛として後方に居るのがガル兄なので、工房ギルドの関係者であろう。
そして、桃色の髪の女性の名は、プリシラらしい。
「そうよ。今日も格好良くて素敵よ、ブリジット」
「おう。ありがとな。やっぱ可愛いってのは、エルみたいなのを言うよな」
他四人より少し高い椅子に座ったエルは、白のドレスを着ている。金の髪と良く似合っている。
後方に立つギュストの顔が緩みっぱなしなのは、その所為だ。
「ウフフ。恥ずかしがっている貴女も、可愛いくて好きよ」
「あぁん! 喧嘩売ってんのか『氷の女王』さまよぉ」
「ほら可愛い」
薄青のドレスを身にまとうミュール様の後方には、アムが立ち、お茶会を見守っている。アムもスクロール作成に忙しい中、護衛に呼び出されて大変だろう。
その顔に、疲れ一つ見せていないのは、流石と言うべきだ。
「ミネルヴァ様。ブリジット様。お戯れはそこまでで。せっかくのお茶が、冷めてしまいますわ」
「ごめんなさい。メリィディーア様」
「わーってるよ。令嬢様」
黄色のドレスに緑の髪が映えるメリィディーア様は、お茶の香りを楽しんでいる様だ。
彼女の後方には、護衛騎士隊の隊長さんが直立している。美しい全身鎧だ。
兜も被れば、より騎士の中の騎士と言った姿になるだろう。
あれで身軽に動けるのだから、素晴らしい筋力だ。
「ああ、このお茶ってあの。前回は、少ししか手に入らなかったのよね」
「次の摘みも、良い茶が取れそうですよ。少々渋みが出ますが」
「私、渋いのも好きよ。メリィディーア様の護衛君みたいな、渋いのもね」
プリシラさんとブリジットさんの視線が、メリィディーア様の後方へと飛ぶ。
視線を向けられた隊長さんは、顔色一つ変えずに、ただ直立したままだ。
俺も含めた五人の護衛は、お茶会の卓からは遠く離れた位置に立っている。お茶会に口を挿む事はしない。外も警備されているので、動く必要もない。
「嗚呼、男の渋みが染み付いてやがる。うちのガランサも、あれぐらいの男になればいいんだがな」
「あら? 精霊銀の護衛さんは、十分男前じゃない。どうせ自慢しに連れて来たんでしょ、もぅ」
プリシラさんとブリジットさんが、護衛の見定めを始めた。
他三人は、積極的に会話に入るつもりは無いようで、軽く相槌を打っている。
俺は、頭上のフクロウの鳴き声でも聞いて、気を紛らわせておこう。
それにしても、護衛が俺の知り合いばかりなのは、防犯上、宜しくないのではなかろうか。誰も二心など持っていないので、逆に安全ではあるのだが。
ガル兄が選ばれたのは、精霊銀に腕の立つ人間が少ないからと推察できる。
アムが選ばれたのは、完全にミュール様の趣味である可能性が高い。
ギュストがエルの護衛として就いたのは、戦える従者の中でエルに最も歳が近い彼を抜擢してのことだろう。
三人は、俺と違い見た目が良いので、その需要の可能性も否定できない。
二人の会話でも、その容姿については、三人に”良”を付けている。
まぁ見た目だけでなく、三人全員が腕の立つ人物なのは保証できるので、護衛として適任だろう。
だから、俺一人帰っても問題ないと思うのだけれどなぁ……。
「帰ってはいけませんよ」
『わかっています。ただの心の溜息ですから』
フクロウから伝わるミュール様の声に、釘を刺された。
隊長さん、ガル兄、アム、ギュストときたら、次は俺の番らしい。
ブリジットさんが、俺を見て鼻で笑った。
頭にフクロウを乗せて動く俺には、その程度、気にする事でもない。
「白馬の護衛は、俺の趣味じゃねーな。何より、頭に可愛い物を乗せているのが気に食わねぇ」
頭のこいつを、可愛いと感じているんだな。少しだけ好感が持てる。
「やっぱりマルク君が、私の護衛に見える? おばさん嬉しいわ」
「まさかその為だけに、護衛を外へ追い出したのですか? プリシラ様」
プリシラの言葉に、メリィディーア様が追求する。
一人だけ護衛をつけていないな、とは思っていたが、まさかこの場から追い出していたとは……なんて人だ。
「えー、だって白馬だけマルク君と繋がりがないんだもの。気分くらい良いでしょう? ね?」
「ん? うちも無いぞ」
「精霊銀は、ご自慢の護衛さんがそう。ノック君も、態々会いに行ったのよ」
「へぇ、あのおじ様がねぇ」
再びブリジットさんが、俺を値踏みするような目で見つめてくる。が、すぐに頭上のフクロウに目を移した。可愛いフクロウに惹かれるのは、当然だな。
「ここにマルク君がいるのも、公爵家のお願いだし、頭のフクロウは言わなくても……ねぇ」
「訂正をしますと、マルク様への願いは、四人の長の連名によるもの。それは、長の一人であるプリシラ様は、ご存じのはずですよね」
「白フクロウは、私個人のものですよ」
メリィディーア様とミュール様が、プリシラさんに言葉を返す。
それを聞いたプリシラさんの表情は、俺からは見えない。
そういえばポンメルさんが『白馬、精霊銀、フクロウ、教会の合同の依頼』なんて言ってたな。
ということは、プリシラさんは白馬の長なのか。
若いのに偉い人だ。
プリシラさんの発言で、気になることがもう一つある。
頭にフクロウを乗せているのが、何か特別な意味があるのだろうか?
フクロウの主、いや魔法の使い手が、ミュール様だと知っている人にとっては、俺とミュール様に交友があると知れる。
その程度の意味と、あとはフクロウが可愛らしいだけだろう。
下に付属しているのが俺でなければ、もっと可愛いのにな。
「あら? 個人で仲良くしていいのなら、私もマルク君と仲良くなろうかしら。エルちゃんも一緒にどう?」
「わたくしとマルクは、既に友達でしてよ」
「本当に白馬だけのけ者じゃない。もう、マルク君なんて知らない!」
俺が与り知らぬ所で、勝手に嫌われてしまったようだ。
今の所、白馬とは縁が無いだけなのだが。
むしろ、魔石の取引もあるので、友好的でいたいものだ。
それが、司祭様の教えでもある。
そもそも、俺と知り合いになった所で、別段得する事は無いと思うのだが……商業ギルドとして、何か旨味でもあるのだろうか?
「エルの話は本当?」
『はい。この前、友達になりました』
「昔、教会に生贄まがいの事をされて、よく仲良く出来るものですね」
頭に響くミュール様の声には、少しの棘が含まれていた。
それが俺に対する棘なのか、教会に対する棘なのか……分からなくても、答えは変わらない。
『学派にも嫌いな人はいますし、教会にも好きな人がいます。ただ、それだけの話です。ミュール様も好きで、エルも好きです』
「そこは、学派の嫌いな人を挙げるべきなのでは?」
『嫌いな人の事を考えるぐらいなら、好ましい人の事を考えたいですから』
「フフ。そうですね。マルクから愛の告白も聞けたので、良しとしましょう」
頭の中で、ミュール様の笑い声が響いている。
目に映るミュール様は、静かに微笑を浮かべながら、お茶を楽しんでいらっしゃる。全く、器用なお方だ。
扉が開き、使用人が入って来た。
二杯目のお茶と、追加の茶菓子のようだ。
魔力に異常は見られない。その他の点は信頼するしか無い。
お茶会は、まだまだ続きそうだ。