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107.幼馴染からは逃げられない

読みやすいように全体修正 内容変更なし

「聞くだけ聞くから、話してくれると助かるんだけど」


 朝、搬入したので荷物は一つも残っていない。

 だが、代わりに空の木箱が、崩さぬ程度の高さで積んである。

 木箱だけを回収、購入する商人がいるらしい。

 アム、ガル兄、ギュスト、知らぬ人の四人は、鴨の葱の裏まで来ても、黙ったままであった。

 お仕事中の人を呼び出しておいて、これである。

 まぁ、アムとガル兄の浮かない顔を見れば、本意で来たとは思えない。

 ギュストからは、エルの元へ帰りたいという強い意思を感じる。

 知らぬ男は、目に弧を描き、笑顔を貼り付けている。正直、胡散臭い。

 沈黙を破ったのは、ガル兄であった。

 ガル兄は、諦めた様子で口を開く。


「黙っていても仕方ないからな。先に言っておくが、今回、俺は精霊銀の使いっぱしりで来ただけだから、断りたければ断ってもいいぞ」

「ガランサは趣味が悪いね……断れない話なのを分かっていて、そう言うんだから。あっ。僕は、ミネルヴァ様の使いだよ。ほんと、困ったものだよ」


 ガル兄の言葉を、アムが打ち消す。

『精霊銀の』やら『ミネルヴァ様の』やら、嫌な言葉だ。

 ミュール様が俺に用があるなら、先のフクロウで事が済む。

 アムを使いに出すということは、ミュール様の私事(わたくしごと)ではない可能性が高い。

 副学派長としてのお仕事だろう。

 二人に続いて、ギュストも喋り出す。


「エル様に頼まれたから来ただけだ。さっさと話をつけろ」


 ギュストはやる気が無いようだ。というよりエルの事以外、頭に無い。

 一人が口を開けば、次の口は軽い。

 だが三人が口を開いても、面倒な話であることを裏付けただけだ。

 新たな情報を求めて、胡散臭い男へと目を向ける。


「まずは自己紹介を。この町を拠点に商いをやらせて頂いてます、ポンメルと申します。以後お見知り置きを」

「マルクです。職業は――」

「あぁ、構いませんよ。マルクさんの事を知らない者は、この町にはいませんから。いたらモグリか旅行者か、ですよ」


『知らない者は、この町にはいません』などと、変な事を言う人だ。

 ポンメルという男は、事を大きく言ってしまう所でもあるのだろうか?

 いや、己の人物判断が適当なのは、自分自身がよく知っている事だ。

 見て聞いて、しっかりと判断せねばならないな。


「まぁ、俺の事は横に置くとして。ポンメルさん。申し訳ありませんが、三人が話したがらない様なので、貴方が話をして頂けませんか?」

「ご友人等は、マルクさんを面倒ごとに巻き込みたくないようですからね。では、私からお話しましょう」


 ギュストは、面倒くさがってるだけだがな……ご友人でもない。

 変わらず笑みを張り付けているポンメルさんが、変わらぬ調子で言った。


「今回、白馬、精霊銀、フクロウ、教会の合同の依頼――失礼、お願い事となります。本日、昼に催されるパーティーにて、マルクさんには、公爵家の警護に参加していただ――」

「あ! 手伝いに戻らないと。それでは、ごきげんよう」

「待て! マルク!」


 店の中へと戻ろうとした俺の腕を、ガル兄が捕まえる。

 そして、アムに回り込まれた。


「公爵家の名前を聞いた時点で、もう逃げられないのは分かっているだろう」

「無職の俺に、何の関係があるってんだよ。頼む、逃がしてくれ。十中の十、面倒ごとになるだろ、これ。しかもさ、今日の話だろ? 何で当日! 無関係の! 無職が! お偉いさんの警護に飛び入り参加するんだよ、まるで意味がわからんぞ」

「アハハハハ。それが先方の望みですので。ご観念を」


 ポンメルさんも、中々いい性格しているじゃないか……。

 その時、店の内側から、扉が開いた。

 シャーリーが顔を見せる。


「お兄ちゃん。今度は何処(どこ)に行くの?」


 いつもと変わらぬ、明るくて元気な声だ。耳が幸せになる。

 だが、彼女の中でも、既に行くことは決定しているらしい。


「この四人の人攫いに連れられて、公爵家への献上品にされに行くのさ……店の手伝いは、いつでもやるからさ……シャーリー、すまん」

「いいよ。お兄ちゃんのお陰で、力仕事は済んじゃったから。ありがと、お兄ちゃん。それと気を付けてね」


 シャーリーは小さく手を振り、再び店内へと戻っていった。

 態々(わざわざ)、別れに顔を出してくれたようだ。


「アムも、少しはシャーリーを見習え」

「全く、損な役回りだよ」


 ガル兄とアムが何か言っている。

 俺の所為(せい)で面倒ごとに巻き込まれて災難だとは思うが、今回ばかりは『損な役回り』は俺だと思うぞ。


「では、話は決まりましたので、行きましょうか」

「分かりましたよ……行きますよ」


 元から逃げれるとは思っていない。

 体と口が勝手に動いただけだ。理不尽な面倒ごとから、遠ざかる為に。


「すまんな、マルク」

「いいよ。ガル兄。あとアムも。面倒ごとはお互い様だからね」

「大丈夫だよ、マルク。君は壁の花になるだけ、それで問題無いのさ」

「実際の警護は、騎士団が行うからな。お前は、気楽にパーティーを楽しめばいいんだ」


 ガル兄が、(なだ)めるような口調で言った。でもね――


「それが苦手なのは、知ってるだろう。人混みも喧騒も、遠くでいいんだよ。遠くでね……」

「ん? 終わったようだな。早くエル様の元へ戻るぞ」


 ギュストは相変わらずだな。嫌いじゃないぞ、そういう所。




 貴族や儲けた商人などの邸宅が立ち並ぶ、高級住宅街。

 四人に連行された先であるこの屋敷は、その中でも大きな屋敷であろう。

 俺の両親が建てた屋敷とは違い、パーティーを開くための大きく、そして綺麗に整備された庭がある。が、今回の会場はそこではない。

 室内の大広間が会場だ。

 大広間では、準備に右往左往している使用人たちが、(せわ)しなく動き回っていた。

 警護の下見に来た俺の事を、気にする余裕も無いのだろう。

 広い、広すぎる会場には、料理を置くであろう長机が幾つかある。

 そこには、滑りそうなほど肌理(きめ)の細かい白い布が掛けられていた。

 下に何か隠れていたら、探すのが面倒だな。

 ただ、不審者が隠れられる場所は卓の下と、人混みの中だけであろう。

 立食でのパーティーであるから、人混みが一番の敵だ。

 それ以外の場所は……あとは、飲んだ後のグラスやカップを置くための小さな卓が各所に置かれただけだ。飾られた花や絵に仕込みがされていたら、対処は困難だろうが、そこは騎士団が事前に調べているだろう。


「マルク。何してるんだ?」

「下調べ」


 準備中の会場を見回っていると、ガル兄に声を掛けられた。

 ガル兄は、普段の首元を緩くしている服装ではなく、場に相応しい正装に着替えていた。

 まぁ、俺も、ピシりとした服装に着替えているのだが。

 緩い服装の方が、動きやすくて好きなのだが……状況に合わせるのは、仕方のない事だ。

 似合わないのは、自分で分かっている。


「そんなに真面目にやらなくてもいいぞ」

「警護は、騎士団の仕事だからでしょ」

「ああ。俺やアムもだが、名目上の護衛ってだけだからな」

「だから余計に嫌なんだよ」


 吐き捨てるように言った俺の言葉に、ガル兄は苦笑いを浮かべている。

 パーティーのお飾りが必要なら、人形でも並べておけばいい。


「そういえば、ガル兄の護衛って誰を?」

「ノック・スミスっていう、こう筋肉の――」

「一度会ってるよ。ガル兄の工房裏で」

「俺より絶対に強いけどな、あの人」


 確かにあの筋肉を戦闘に活用したら、かなりの剛力になりそうである。

 バルザックさんとの力比べを、見てみたいものだ。


『はい。ガランサ様程度であれば小指一つで叩き出せる御仁です』


 カエデさんの言葉を思い出したが、あれって腕力的な意味も含まれていたのか?

 町中のパーティーで護衛が必要かと言われたら……疑問だな。

 もう一人、護衛の必要が無さそうな強者がいる。


「アムは、ミュール様だよね。ほんと護衛って何だろうね」

「だから名目上なんだよ」

「何の話をしているんだい?」


 アムも会場に来たようだ。

 うん。すらっとした長い手足に合わせて(あつらえ)た服装が、良く似合っている。

 どこぞやの王子様と言われても、納得してしまう。

 ドレス姿も見て見たかったが、こういう姿も良い。


「似合ってるな、アム」

「ありがとう。マルクも、一端の貴族の様だよ」

「それ、褒めてないだろ」

「フフ、冗談さ。マルクは、格好良いよ。シャーリーにも見せてあげたいね」


 シャーリーは、今の俺の格好をどう思うだろうか?

 まぁ笑ってくれても、褒めてくれても、どちらでも嬉しいのだが。


「それで、何の話だったのかな?」

「ああ。護衛なんて要らないだろって話」

「特に、僕とガランサさんはね」

「二人とも頑張ってね」

「お前もな」「君が一番大変だけどね」


 二人が笑って言葉を返す。

 このまま”お仕事”に移っても良かったが、一つ気になった事があったのだった。忘れる前に聞いておこう。


「そういえばさ、どうして四人まとめてシャーリーの家に来たのさ?」

「ん? お前が伝言残してたからだろ。俺は、分からなかったけどな」

「あぁ、食堂の。あれってテラさんに残した伝言なんだけどね」

「マルクは、偶に変な魔法を使うよね。ところで、テラさんって誰なんだい?」


 アムが首を捻っている。

 あれ? アムとテラさんは、まだ一度も会っていないのか?

 もし今日会っていないのであれば、別に変ではないか……ん? 何かが可笑(おか)しい。だが、気にする程でもないか。

 今は、アムの疑問に答えよう。


「しばらく家に泊まることになった人。母さん達の古い友人だよ」

「マリアおばさんの……へぇ、話をしてみたいね」


 アムの目尻が、少し下がっている。

 師である俺の母の姿を、思い出したのだろうか。


「紹介は今度な」

「嗚呼、楽しみが一つ増えたよ」

「ちなみに、可愛い美少女だぞ。見た目はな」


 柔らかに微笑んでいたアムの顔が、ガル兄の『美少女』の辺りで固まった。


「見た目はだぞ、見た目な」

「ガル兄……たぶん聞こえてないよ、もう」


 テラさんとは、直接会ってから判断して貰うのが、一番分かりやすいのに。

 ガル兄が要らぬ情報を与えてしまった。

 これでは、俺が美少女を屋敷に連れ込んだみたいじゃないか。


「あー、アム。俺もガル兄も嘘は吐いてないからな。後は、直接会って確かめろ」


 アムは、表情も顔の向き一つ変えずに、ギロリと目だけをこちらへ向けた。


「本当に?」

「ああ。本人談では、赤子の俺にも会った事があるそうだ。アム、嘘か真かは、自分で会ってから判断しろ」


 アムの顔が、均衡の崩れた表情から、素の表情へと戻っていった。

 端正な美少年顔が帰ってきた。が、まだ視線が少し動いている。

 考え中という事だろう。

 (しば)し待つと、アムの口元に笑みが浮かんだ。


「ああ。そうだね。人伝(ひとづて)だけで判断するのは良くないね。マルクも、(たま)には良い事を言う」

「偶にはって……そりゃあ確かに普段は、頭使ってないけどな」

「おバカなマルクも、僕は好きだよ」

「くぅ……卑劣な茶化し方を……」


 こいつは、言い返し辛い言葉を、わざと選んでいる節がある。

 まぁ、アムの機嫌が戻ったようなので、良しとしておこう。

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