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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第一章

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10.森の奥で~二本角~

読みやすいように全体修正 内容変更なし 誤字報告感謝

 太陽の位置を確認すると、昼少し前といった時間だ。

 結構な距離を、歩いただろうか。

 薬草採取はほぼ終わり、後は、現在向かっている採取予定場所で『木霊(こだま)の花』なる小さな花を採取すれば、予定の数に達するらしい。


「もうだいぶ奥っすね……ってまた狼っすか」

「目を合わせないで、そーとそーと」


 姿を見せた狼に対し、疲れた様子のキオと気の抜けたリリーが視線をそらした。

 俺とボブ爺ちゃんとムル婆ちゃんは、二人とは対照的に、狼らしきものを見つめる。


「どうしたんすか先輩? 爺ちゃんも婆ちゃんも?」

「キオ。リリーちゃん。あれは二本角だ……モンスターだよ」


 その狼には耳が無かった。

 そして、本来耳に当たる部分から、二本の白い角が後ろへ流れるように生えている。灰色の硬い毛に覆われ、目が赤く淀んでいた。

 ツインホーンウルフ。通称『二本角』もしくは『耳無し』

 森の奥地で出会う事が多いモンスター。

 狼と見間違え易く、その鋭い爪と牙には注意が必要だ。ダンジョンでも遭遇することがあり、発見報告は第十階層あたりであっただろうか。

 喉をグルルと鳴らしながら、正面の二本角が、じわりとにじり寄ってくる。

 こちらを認識しているのに、まだ襲い掛かってこない。

 二本角が、一体で襲ってくることは稀だ。

 目で、周囲を注意深く探る。

 見つけた。正面に姿を現した奴から、右に九十度の方向に二匹。

 他に居ないとは断定できないが――肩をポンと叩かれる。

 ムル婆ちゃんからの『降ろして』の合図だ。

 ボブ爺ちゃんの近くで、ムル婆ちゃんを降ろす。


「ボブ爺ちゃんは、ムル婆ちゃんを頼みます」

「あの二体を頼む」


 ボブ爺ちゃんの声に、俺は首を縦に振り、答えた。

 正面の一体は、キオとリリーに任せてみよう。


「キオ、リリーちゃん。そいつは任せるよ」

「先輩は?」

「遠くを倒してくる。守るのは、リリーちゃんだけでいいからな」


「行ってくる」の声と同時に、俺は剣を抜き、奥の二体へ向け走り出す。

 背後から「き、きた」との声と共に、矢の風切り音が聞こえた。

 キオとリリーへ加勢する必要はないかもしれないが、二体は出来るだけ素早く片付けよう。

 木々を縫いながら、二体の二本角に接近する。

 あちらは、単独で来た俺を値踏みするように、待ち構えていた。

 火の魔法は、森では使えない。

 規模が大きくなる上位の魔法も、使用できない。


「牽制用に細かく――≪(かぜ)(やいば)≫」


 横に、斜めに、作り上げた七つの刃を次々と飛ばす。狙いは片方だけだ。

 俺に狙われた二本角が、一つ二つと避けていく。

 全て避けられても良い。

 今の本命は、こちらに襲い掛かってきた、もう一方の二本角だ。

 お互いの距離が縮まる。

 狼らしい体躯が、地を蹴り跳ねる。

 正面に迫る牙。俺の喉笛を嚙み切ろうという一撃。だがそれは無防備でもある。

 タイミングを合わせて、こちらも地をただ一蹴りし、斜め前に避ける。

 胴体ががら空きだ――振り下ろした剣が二本角の命を絶つ。

 体を裂かれたモンスターは、力なく地に横たわった。

 そして、小さな魔石だけを残して消える。

 さて次だ。

 風の刃が二、三当たったのだろう。傷ついた二本角の体から、青い液体が流れていた。血ではない。モンスターから流れ出した、魔力そのものだ。

 牽制用に放った風の刃では、命を取れなかったようだ。

 当たっただけ御の字ではある。

 離れているが、弱っているなら剣で――考えは、敵の動きにより遮られた。

 狼が遠吠えをするかのように、二本角はその口を高く天へ向けてた。

 名前の通りの二本の角から、魔力の流れを感じる。

 これは二本角が魔力を吐きつけ、相手を攻撃するときの行動だ。

 この時奴は動かない。ならば放つ前にこちらから。

 初歩的な魔法でも、込める魔力を変えれば十分に使用に足る。

 ただ一撃に力を籠める。抱くイメージは一本の刃。想像を補助するように腕を振り――「≪(かぜ)(やいば)≫」――振り払った。

 生まれた刃が高速で飛ぶ。

 空気を裂き、首が飛んだ。

 宙を舞う生首の赤い瞳が、こちらを見ている……塵と消えながら。

 二体片付いた。魔石を拾って、早く戻ろう。




 二本角は、しなやかな身のこなしで、己に向け飛んできた矢を(かわ)した。

 その素早い動きを見たキオは、焦っていた。

 初めて戦うモンスターだ。

 ムル婆さんにはボブ爺さんが付いているから大丈夫だろう。が、キオは不安を隠しきれない。自分一人で素早く動くモンスターを相手に、リリーを守らなければならないのだ。

 普段、共に依頼をこなす仲間達の有難味を、キオは強く感じた。

 

「さぁこっちすよ」


 キオは、唸る二本角に少しずつ近づく。

 リリーに目が行かぬよう、盾と剣を打ち鳴らし、注意を引く。

 キオの思惑通り、二本角が彼に飛び掛かる。

 鋭く振るわれた爪を丸盾でいなし、鉄の剣で斬り付けた。

 が、灰の体毛に遮られた斬撃は浅く、皮を裂くのみで終わる。

 さらに追加で振るわれた爪を、剣で払い、キオは距離を取る。

 響く金属音と剣を持つ手の感触が、爪の硬質さを物語っていた。


「このっ。このっ」


 リリーが次々と矢を放つが、動く二本角には掠りもしない。

 リリーの放つ矢の威力は、申し分ないようだ。

 当たれば、奴の命を取れるだろう。

 自身の剣で仕留めるにしても、深く斬り付けねばならない。

 ならば動きを止めねば、とキオは目算を立てる。

 だが、その方法をキオは考えつかない。ボブ爺さんに助けを求めれば、即座に答えてくれるだろう。が、一つの声が彼の頭に響く。


『キオ、リリーちゃん。その一体任せるよ』


(先輩が、そう言ったんっすから。二人でやれるって事っすよね)


 素早い動きに鋭い爪。キオはあることを思いつき、自身の盾を見た。

 鋭い爪跡が深く、削り取られていた。


(これなら、俺でもやれるっす)


 二本角へ向け、キオは全力で走った。

 キオの体当たりじみた斬撃を、飛び退き避けた二本角は、そのお返しのように彼へと跳躍し、鋭い爪を振るう。


「そこっす!」


 振るわれた爪に向かって、キオは突撃した。

 丸盾が爪撃と衝突する。

 そのままキオは、全身で盾を押し込む。

 二本角の鋭い爪が、丸盾を貫いた。

 左腕と盾、そして地に足つかぬ敵。キオは叫びを上げながら、丸盾と繋がったままの左腕を強引に振り払い、近場の木にモンスターを叩きつけた。

 二本角が情けない声を上げる。

 キオは、隙だらけの腹に、鉄の剣を深々と刺し込んだ。

 肉の生々しさが、手に伝わる。

 剣の引き抜かれた跡から、噴き出るように青の液体が流れ出た。

 振り返ったキオは、老夫婦とリリーの無事を確認し、安堵した。


「よし!仕留めたっすよリリーさん」

「キオさん!まだ」

「何言ってんすか?」


 振り向き、魔石を拾おうとしたキオは、突如、地面に押し倒された。

 キオには、何が起こったか理解できなかった。

 目の前に迫る牙を見るまでは。

 キオが、咄嗟に右手の剣でその牙を防いだのは、無意識のことだった。

 無理に振るった一撃は、自身の命を長らえることに成功した。

 が、その代償に、弾かれた剣が手から離れ飛んでいく。


「しまっ――」


 二本角の赤い目が、鋭い牙が目の前に迫る――その途中、怪物の額に鋭い矢が突き刺さる。その場面が、キオにはゆっくりと見えた。

 ただゆっくりと。

 キオの体に、二本角の重みがどさりと掛かる。

 深く剣で刺されてなお襲い掛かってきた脅威が塵となり、その重みが消えていく様に、キオは安堵した。全身から力が抜ける。


「あっ、危なかったっすー」

「キオくん! 生きてる? 怪我はない?」


 駆け寄るリリーに、キオは「だいじょぶっすよ」と力なく答えた。

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