10.森の奥で~二本角~
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太陽の位置を確認すると、昼少し前といった時間だ。
結構な距離を、歩いただろうか。
薬草採取はほぼ終わり、後は、現在向かっている採取予定場所で『木霊の花』なる小さな花を採取すれば、予定の数に達するらしい。
「もうだいぶ奥っすね……ってまた狼っすか」
「目を合わせないで、そーとそーと」
姿を見せた狼に対し、疲れた様子のキオと気の抜けたリリーが視線をそらした。
俺とボブ爺ちゃんとムル婆ちゃんは、二人とは対照的に、狼らしきものを見つめる。
「どうしたんすか先輩? 爺ちゃんも婆ちゃんも?」
「キオ。リリーちゃん。あれは二本角だ……モンスターだよ」
その狼には耳が無かった。
そして、本来耳に当たる部分から、二本の白い角が後ろへ流れるように生えている。灰色の硬い毛に覆われ、目が赤く淀んでいた。
ツインホーンウルフ。通称『二本角』もしくは『耳無し』
森の奥地で出会う事が多いモンスター。
狼と見間違え易く、その鋭い爪と牙には注意が必要だ。ダンジョンでも遭遇することがあり、発見報告は第十階層あたりであっただろうか。
喉をグルルと鳴らしながら、正面の二本角が、じわりとにじり寄ってくる。
こちらを認識しているのに、まだ襲い掛かってこない。
二本角が、一体で襲ってくることは稀だ。
目で、周囲を注意深く探る。
見つけた。正面に姿を現した奴から、右に九十度の方向に二匹。
他に居ないとは断定できないが――肩をポンと叩かれる。
ムル婆ちゃんからの『降ろして』の合図だ。
ボブ爺ちゃんの近くで、ムル婆ちゃんを降ろす。
「ボブ爺ちゃんは、ムル婆ちゃんを頼みます」
「あの二体を頼む」
ボブ爺ちゃんの声に、俺は首を縦に振り、答えた。
正面の一体は、キオとリリーに任せてみよう。
「キオ、リリーちゃん。そいつは任せるよ」
「先輩は?」
「遠くを倒してくる。守るのは、リリーちゃんだけでいいからな」
「行ってくる」の声と同時に、俺は剣を抜き、奥の二体へ向け走り出す。
背後から「き、きた」との声と共に、矢の風切り音が聞こえた。
キオとリリーへ加勢する必要はないかもしれないが、二体は出来るだけ素早く片付けよう。
木々を縫いながら、二体の二本角に接近する。
あちらは、単独で来た俺を値踏みするように、待ち構えていた。
火の魔法は、森では使えない。
規模が大きくなる上位の魔法も、使用できない。
「牽制用に細かく――≪風の刃≫」
横に、斜めに、作り上げた七つの刃を次々と飛ばす。狙いは片方だけだ。
俺に狙われた二本角が、一つ二つと避けていく。
全て避けられても良い。
今の本命は、こちらに襲い掛かってきた、もう一方の二本角だ。
お互いの距離が縮まる。
狼らしい体躯が、地を蹴り跳ねる。
正面に迫る牙。俺の喉笛を嚙み切ろうという一撃。だがそれは無防備でもある。
タイミングを合わせて、こちらも地をただ一蹴りし、斜め前に避ける。
胴体ががら空きだ――振り下ろした剣が二本角の命を絶つ。
体を裂かれたモンスターは、力なく地に横たわった。
そして、小さな魔石だけを残して消える。
さて次だ。
風の刃が二、三当たったのだろう。傷ついた二本角の体から、青い液体が流れていた。血ではない。モンスターから流れ出した、魔力そのものだ。
牽制用に放った風の刃では、命を取れなかったようだ。
当たっただけ御の字ではある。
離れているが、弱っているなら剣で――考えは、敵の動きにより遮られた。
狼が遠吠えをするかのように、二本角はその口を高く天へ向けてた。
名前の通りの二本の角から、魔力の流れを感じる。
これは二本角が魔力を吐きつけ、相手を攻撃するときの行動だ。
この時奴は動かない。ならば放つ前にこちらから。
初歩的な魔法でも、込める魔力を変えれば十分に使用に足る。
ただ一撃に力を籠める。抱くイメージは一本の刃。想像を補助するように腕を振り――「≪風の刃≫」――振り払った。
生まれた刃が高速で飛ぶ。
空気を裂き、首が飛んだ。
宙を舞う生首の赤い瞳が、こちらを見ている……塵と消えながら。
二体片付いた。魔石を拾って、早く戻ろう。
二本角は、しなやかな身のこなしで、己に向け飛んできた矢を躱した。
その素早い動きを見たキオは、焦っていた。
初めて戦うモンスターだ。
ムル婆さんにはボブ爺さんが付いているから大丈夫だろう。が、キオは不安を隠しきれない。自分一人で素早く動くモンスターを相手に、リリーを守らなければならないのだ。
普段、共に依頼をこなす仲間達の有難味を、キオは強く感じた。
「さぁこっちすよ」
キオは、唸る二本角に少しずつ近づく。
リリーに目が行かぬよう、盾と剣を打ち鳴らし、注意を引く。
キオの思惑通り、二本角が彼に飛び掛かる。
鋭く振るわれた爪を丸盾でいなし、鉄の剣で斬り付けた。
が、灰の体毛に遮られた斬撃は浅く、皮を裂くのみで終わる。
さらに追加で振るわれた爪を、剣で払い、キオは距離を取る。
響く金属音と剣を持つ手の感触が、爪の硬質さを物語っていた。
「このっ。このっ」
リリーが次々と矢を放つが、動く二本角には掠りもしない。
リリーの放つ矢の威力は、申し分ないようだ。
当たれば、奴の命を取れるだろう。
自身の剣で仕留めるにしても、深く斬り付けねばならない。
ならば動きを止めねば、とキオは目算を立てる。
だが、その方法をキオは考えつかない。ボブ爺さんに助けを求めれば、即座に答えてくれるだろう。が、一つの声が彼の頭に響く。
『キオ、リリーちゃん。その一体任せるよ』
(先輩が、そう言ったんっすから。二人でやれるって事っすよね)
素早い動きに鋭い爪。キオはあることを思いつき、自身の盾を見た。
鋭い爪跡が深く、削り取られていた。
(これなら、俺でもやれるっす)
二本角へ向け、キオは全力で走った。
キオの体当たりじみた斬撃を、飛び退き避けた二本角は、そのお返しのように彼へと跳躍し、鋭い爪を振るう。
「そこっす!」
振るわれた爪に向かって、キオは突撃した。
丸盾が爪撃と衝突する。
そのままキオは、全身で盾を押し込む。
二本角の鋭い爪が、丸盾を貫いた。
左腕と盾、そして地に足つかぬ敵。キオは叫びを上げながら、丸盾と繋がったままの左腕を強引に振り払い、近場の木にモンスターを叩きつけた。
二本角が情けない声を上げる。
キオは、隙だらけの腹に、鉄の剣を深々と刺し込んだ。
肉の生々しさが、手に伝わる。
剣の引き抜かれた跡から、噴き出るように青の液体が流れ出た。
振り返ったキオは、老夫婦とリリーの無事を確認し、安堵した。
「よし!仕留めたっすよリリーさん」
「キオさん!まだ」
「何言ってんすか?」
振り向き、魔石を拾おうとしたキオは、突如、地面に押し倒された。
キオには、何が起こったか理解できなかった。
目の前に迫る牙を見るまでは。
キオが、咄嗟に右手の剣でその牙を防いだのは、無意識のことだった。
無理に振るった一撃は、自身の命を長らえることに成功した。
が、その代償に、弾かれた剣が手から離れ飛んでいく。
「しまっ――」
二本角の赤い目が、鋭い牙が目の前に迫る――その途中、怪物の額に鋭い矢が突き刺さる。その場面が、キオにはゆっくりと見えた。
ただゆっくりと。
キオの体に、二本角の重みがどさりと掛かる。
深く剣で刺されてなお襲い掛かってきた脅威が塵となり、その重みが消えていく様に、キオは安堵した。全身から力が抜ける。
「あっ、危なかったっすー」
「キオくん! 生きてる? 怪我はない?」
駆け寄るリリーに、キオは「だいじょぶっすよ」と力なく答えた。




