102.学派で今、やるべき事
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女王の塔の外で、体を伸ばす。
頭にフクロウが留まる事は無かった。半日を共にすると、少し寂しくなる。
今はミュール様も、ノワールとの会話に夢中だろう。
いつまでも、友人同士のお喋りの邪魔をしたくはなかったので、俺は退散することにしたのだ。公爵令嬢の影の仕事となれば、そう会う暇もないだろう。
今は中途半端な時間である。夕方まで半時という時間だ。
さて、魔法学派に居るのだから、パック先生の所に顔を出すとしよう。
調査の進捗も気になるし、昨日捕まえた魔術師の事も気になる。
足は、進み慣れた研究棟へと向かう。
アムの研究室には……今は、やめよう。騎士団へ納品するスクロール作成で、頭がいっぱいであろうし、行って手伝える事もない。
パック先生の研究室の扉を、三度叩き「マルクです」と一言。
「どうぞ」の声を聞き、中へと入る。
来訪の約束をしていた訳ではないので、不在もあり得たが、助かった。
「やぁ、マルク君。お姉さんに会いに来てくれるとは、嬉しいね」
「学派に居たので、ついでです」
「そこは、嘘を吐いても良いんだよ。まぁ、昨日の魔術師が気になったのかな?」
室内でも三角帽を頭に乗せているパック先生は、書類から目を放し、俺へと微笑みを向けた。今日も機嫌は良さそうだ。
研究室の中に、テラさんの姿は無かった。朝きて、既に帰ったのだろう。
「それと、調査の具合も気になりますよ。特に森の話は」
「調査は現在、情報収集と経過観察。どちらも冒険者ギルドに協力を取り付けたから、パック調査隊は暫しの間、お休みだね」
「テーベ周辺のレッサーデーモンの討伐は?」
「依頼済み。動くかは冒険者次第だけどね。あと森には、学派員が毎日調べに行ってるよ」
「ありがとうございます」
「アハハ、君が礼をする事じゃないよ」
パック先生が、上機嫌に笑い出す。
面倒事を色々やって貰っているのだから、礼をするのは当然だろう。
冒険者に任せるだけでなく、フクロウの学派員も動いてくれているとは、ありがたい話だ。
「さてと、後は魔術師の事だったか。彼女は協力的だよ。怨嗟の炎を仕込まれていたのが、余程ショックだったんだろうね。供述内容は、今の所伝えられる事は無いかな……ごめんね」
「いえ。学派が把握していれば、問題ないですよ」
「言えない事も多くてね。そう言ってくれると助かるよ」
魔術師の話なら、学派内部に関わる話も含むだろうから、仕方のない話だ。
だから、そんな申し訳なさそうな顔をしなくても良いのに。
「まぁ、何かあったら屋敷に来て下さい。何でも手伝いますから」
「何もなくても、偶には遊びに行くよ。といっても、朝以外いないんだっけ? マルク君が、暇になる時が来ればいいんだけどね」
「結構、暇してますよ」
「へぇ。なら今日は、何をしていたんだい」
パック先生が、悪戯心に火が付いたような、ニヤリとした表情を見せる。
大丈夫だ。今日は、一日遊んでいたのだから。
「今日は、さっきまでデートしてましたよ。相手は言えませんけど」
頭にフクロウを乗せて、初対面の相手とね……楽しかったから良いのだが。
「うん。本当に楽しい休日だったようだね。結構結構。で? 君が学派に居たって事は、お相手は学派の人かい?」
「だから秘密ですって」
「フフ。嫌われたくないし、詮索は止めておこうかな」
「そんな事で嫌ったりしませんけどね」
悪戯顔から、穏やかで、優しい表情へと戻っている。これでは、子供扱いだ。
先生にとっては、似た様なものかもしれないが。
長居は邪魔になるので、早々に立ち去る事にし、パック先生の研究室を出た。
パック先生も仕事の手を止めて、俺の話に付き合ってくれたのだ。
研究棟を出ようと廊下を歩いていると、前方から知った顔が現れた。
青く、そして美しいまでに真っ直ぐ切り揃えられた、あの前髪の少女は、パトリシアさんだ。
彼女も、こちらに気が付いた様で、優雅な一礼を見せてくれた。
俺から近付き、話し掛けてみる。
「こんにちは、パトリシアさん」
「はい、こんにちは、マルクさん。パック先生に御用だったのですね」
「そうだよ。ちょっと知りたい事があってね。そっちは今、大変だよね。アムは無理してない?」
パトリシアさんが、珍しく困った様に眉をひそめていた。
アムの状態が、それだけで分かる。が、俺にアムの仕事の代わりは出来ない。
「お仕事に根を詰めるのは、いつもの事なのですが……お食事も取っていらっしゃらない様でして、少々心配ですわ」
「アムはそういう時、言って聞く奴じゃないからな……あっ、そうだ」
一つ思い付いた事がある。
流石のアムも、わざわざ人が買ってきた物を、突き返しはしないだろう。なら、俺が土産を持って行ってやればいい。
少し時間が経っても大丈夫な物……あれなら、少し時間が経っても大丈夫かな。
少々心配だが、買いに行こう。今すぐに。
「パトリシアさん。研究室に何人いる?」
「お姉さまと私とソニア。三人ですわ」
本当に、あの取り巻き連中は手伝わないんだな……俺が気にしても仕方ない。
今、大事なのはアムの事だ。
「わかった。ちょっと軽食買ってくるから、研究室で待っててね」
「なるほど。マルクさんの持ってきた物なら、召し上がるかもしれないですわね」
良い提案だ。と、言わんばかりに、パトリシアさんが大きく頷いた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はい。お気を付けて」
パトリシアさんと別れて、急いで向かう。
行先は、今日、ガル兄に教えて貰った店にしよう。
この時間に販売中かは不明だが、考えるのは行ってからで十分だ。
「それでミュール。ここを出てから、マルクちゃんは何処へ行ったの?」
「あらメリィ。気になるの?」
「今の私は、ノワールよ」
口角を上げながら楽しそうに、ノワールが言った。
そんな些細な事を気にする友人が少し面白くて、ミュールの目元も緩んだ。
「ウフフ。その名と姿、気に入ったのね」
ノワールが、ミュールから視線を逸らす。
その姿をミュールは、愛おしく思えた。
「いいでしょ別に……それで、どうせミュールの事だから、フクロウでずうぅっと見てるんでしょ」
「ずっとでもないし、ある程度よ。そうね……不可解なモンスター発生の原因調査、その報告を聞きに行ってたみたいね。その後は、お腹を空かせた女の子の為に、町へと駆けて行ったわ。フフ。現在、パンを買うのに行列の中よ」
目を閉じ、フクロウからマルクを見ているミュール。その口から、笑いが零れ落ちている。
「マルクちゃんは律儀ね。でも彼、町で名前を出せば、融通利くよね?」
「そういう子じゃ無いのは、分かるでしょ」
「そうね。うん。少し変な子だったけど……私は良いと思う」
ミュールが目を開き、ノワールを見つめる。笑みは絶やさぬままだ。
「あら? 私から盗る気?」
「ミュールとマルクちゃんって、そういう関係じゃないでしょ。経験無い私でも、それぐらい分かるってば」
「ウフフ、そうね」
ミュールは、自分で淹れたお茶を一口飲み、口を濡らす。
そして、長い息を吐いてから、言った。
「さて。マルクと私。いったいどんな関係なのかしらね……」




