表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1014/1014

1007.マルクの歩む道・後編

 手を放してくれないシャーリーと町へ繰り出し、目的地へ向け歩いていると、快晴の空から俺達を狙う――いや、俺の頭を狙う猛禽(もうきん)類の存在に気が付いた。

 一層姿勢を正す俺を見てか、シャーリーの瞳がキラリと輝く。

 瞬間、俺とシャーリーの予想通り、(かす)かな羽ばたきの音に合わせ、すっと慣れた重みが頭の上に乗った。

 重さで分かる……これが(あい)らしき()(とも)、白いフクロウであると。


「おはよう。フクロウ……シャーリー。勝手に触っちゃ駄目だぞ」

「そんな失礼な事しないよ。ねー」


 そう言いながらも、シャーリーの目は丸くて愛らしいフクロウへと注がれ、()いた手は、わなわなと動き続けていた。

 羨望(せんぼう)の的であるフクロウは、普段と変わらず「ほぅほぅ」と鳴いている……どこか嬉しそうに聞こえるのは、俺の気のせいだろうか?

 まぁ、いいか。

 ミュール様を待たせる訳にはいかない。

 俺は歩きながら頭の中で言葉を紡ぎ、頭上のフクロウを通じ、フクロウの(あるじ)であるミュール様へ声を掛けた。


『おはようございます、ミュール様』

「ええ。おはよう、マルク。今日はシャーリーさんとデートかしら?」


 ミュール様の涼やかな声が、頭の中で響き渡る。

 張りのある声から、ミュール様の機嫌の良さが(うかが)えた。


『みたいなものです』

「フフッ、私の所には来てくれないのね」

『いえ。むしろ今からそちらへ(うかが)おうかと』


 ミュール様から返ってきたのは、沈黙という答えであった。

 (しばら)く歩いても言葉はなく『なぁフクロウよ、ミュール様どうしたんだ?』と尋ねても、フクロウからも返事は無い。 

 流石に会う約束もなしに女王の塔へ行くのは、失礼だったかな。

 ミュール様もお忙しい方だし、シャーリーには悪いが訪問はまた今度にしよう。


「問題なのは、約束なしに訪れることではありませんよ……昨日の今日なのですから、マルク一人で来るものでしょう」


 それは問いではなく、むしろ(とが)める様な声であった。

 どうやらミュール様は、沈黙を保っている間も、フクロウを通じて俺の思考を(のぞ)き見ていたらしい。

 しかし『昨日の今日』か……考える必要もなく昨日の事が頭に浮かぶ。

 確かに戦いの神の話は、ミュール様と二人で話す事だろう。

 守護の聖女の話も、当然シャーリーには聞かせられない。

 それに、昨日の別れ際の口づけ……思い出すだけで、気恥ずかしさと嬉しさを混ぜ合わせた奇妙な感覚が俺を襲う。

 まぁ、一人で会いに行くのが正解だよな……だが、今日は譲れない。


『すみません。昨日、シャーリーと約束しましたから』

「約束、ですか?」

『はい。神の元へと(おもむ)く前に『フクロウさんと一緒に帰って来る』と。そして一緒にお茶を飲もう、と』


 果たしてミュール様は、俺とシャーリーの約束をどう捉えたのだろうか?

 少なくとも、頭の中で「フフフ」と聞こえるミュール様の涼やかな笑声(しょうせい)からは、悪い感情は感じなかった。

 むしろ、あの整った顔に浮かぶ微笑(ほほえ)みが、容易に想像出来る。

 出会った頃によく見た作り物の笑みではなく、柔らかで心地よい微笑(ほほえ)みを。


「約束は……守らないといけないわね」

『守れる間は……ですので、今から女王の塔へ(うかが)っても宜しいでしょうか?』

「いつでも。マルクとシャーリーさんなら歓迎しますよ」

『あっ。お茶はこちらで。一つミュール様に飲んで欲しいお茶がありまして』

「ウフフ、楽しみ。マルク、シャーリーさんに伝えて……『その手は(のち)ほど』と」

『アハハ、はい』


 俺の返事に合わせ、頭の上からフクロウが飛び立つ。

 俺はシャーリーと一緒に立ち止まり、青い空へと去る白い影を見送った。

 翼を広げた姿は、やはり雄大で格好良いな。 


「あーあ、行っちゃった。フクロウさんは何て?」

「歓迎するって。あと伝言が一つ……『その手は(のち)ほど』だってさ」


 シャーリーは、先程までわなわなと動かしていた手をスッと背に隠し、俺から目を逸らした。

 今更隠しても、ミュール様にはお見通しだぞ、シャーリー。

 とは言え、俺もシャーリーと同じ気持ちである。

 やはり、ご褒美としてミュール様に頼んで……いや、シャーリーの前だ。

 シャーリーの前では、出来る限り格好いい『お兄ちゃん』でいないとな。


「……後でたっぷりフクロウと(たわむ)れてくれ、シャーリー」

「なんでちょっと(くや)しそうなの?」

(くや)しくなんかないぞ」

「もぅ、お兄ちゃんも素直に『触らせて』ってフクロウさんに言えばいいのに」

「男心ってのはなぁ、そう簡単じゃないんだ、そう簡単じゃ……」


 無言で再び歩き出したシャーリーに歩調を合わせ、女王の塔を目指す。

 魔法の茶の準備も、忘れずに。




 ここは女王の塔の茶会室。

 部屋の中央には(しわ)一つ無い白い布が美しい丸卓が置かれており、その卓の外周には、造りの良い椅子が三脚。

 ミュール様、シャーリー、俺と、卓の上で三角を描く様に座っていた。

 卓の上には、白の()える(から)のカップが三つと、卓中央の細い花瓶に活けられた、凍り付いた赤い花が一輪。

 普段と変わらぬ茶会の部屋。

 普段と違う点は、俺が茶の用意をしている事ぐらいだろう。


「≪自然(しぜん)息吹(いぶき)≫よ」


 呪文を唱え、三つのカップの上に茶を生み出し、注ぎ入れる。

 シャーリーはいつも通りだが、ミュール様を見てみると、茶の香りが広がり始めた時から、(かす)かに銀の瞳が揺れていた。

 カップの七割ほどで魔法を止め、二人へ飲む様に促す。


「どうぞ、ミュール様。これが今の俺の茶です。シャーリーも」

「いただきます」「うん」 


 ミュール様をじろじろと見ては居られないので、俺も一口。

 うん。少し薄いスッと通る味わいも、もう少し豊かさの欲しい香りも、そして香りから来る柔らかな甘さも、良い感じだ。

 俺はこの一杯を、ミュール様に飲んで欲しかった。

 母と交友のあった、ミュール様に。

 リンダさんが『間違いなくマリアのお茶』と(ひょう)し、そして『マルクのお茶』と言ってくれた、今の俺の茶を。

 はてさてミュール様は、この茶にどんな感想を抱くのだろうか?

 ミュール様へ視線を向けると、俺の視線など気にした様子もなく口からカップを離し、美しく流れる目の奥から銀の視線を茶へと注いでいた。

 そして一言。


(あたた)かい」


 この茶に関して放たれたのは、その一言のみであった。

 俺は、茶の感想を(うなが)さず、自分のカップを(かたむ)け、自分の口を塞ぐ事にした。

 今のミュール様を邪魔するほど、俺は無粋(ぶすい)な人間じゃないつもりだ。

 シャーリーの方へ目を向けると、口元に弧を描いたシャーリーが、俺の意を()む様に大きく(うなず)いてくれる。

 沈黙を(うなが)す必要なんて、なかった。

 ミュール様が今、何を思っているのか……聞きたい気持ちはある。

 けど、その感情も思い出も、ミュール様の心にあればいい……だよね、母さん。

 静かなお茶会も、悪くないさ。

 女王の塔に広がるのは、冷たさではなく、穏やかな空気。

 そのゆったりとした空気は、二度目のおかわりの後に、その様相を変えた。


「フフッ。お茶を飲んでばかりはいられないわね。話をしましょう」

「話、ですか?」

「ええ。昨日は世界を救う大事(だいじ)、ご苦労様でした。そして、助けに来てくれて、ありがとうマルク。あなたが望むなら、どんな願いでも聞き入れましょう」

「不要です。俺は好きで首を突っ込んだだけですから……けど、礼の言葉だけは、確かに受け取っておきます」


 ありがとう。

 その言葉一つと、こうして一緒に茶を飲めるだけで、もうそれ以上の礼など必要ない。

 しかし、ミュール様は俺の言葉を聞くと、冗談めかして笑い始めた。


「ウフフ……残念。神を殺すよりも困難な道を選び、あなたは戦いの神に選ばれたミネルヴァの英雄となったのですよ……マルクが国盗りを望むなら、私のこの力を存分に振るってあげるのに」

「国なんて要りませんから……それに、ミュール様まで『英雄』だなんて言わないで下さい。それはまだ、俺には程遠い言葉ですよ」

「英雄のお兄ちゃん……ちょっと見てみたいかも……」


 シャーリーの呟きに、ミュール様の笑みに優しさが生まれる。

 俺を揶揄(からか)って楽しんでいるな、ミュール様……。


「フフッ、英雄として生きぬのなら、あなたはどう生きるつもりなの?」

「今のままで」

「マルクは、変わらぬ事を願うのね」


 出来れば平穏な日々が良いが、別に停滞を望んでいる訳ではない。

 その事を口にする前に、シャーリーが否定の言葉を口にした。


「んー。お兄ちゃんはお兄ちゃんのままですけど、結構変わってますよ、フクロウさん」

「シャーリーの言う通り。ミュール様に初めて会った頃の俺は、魔法でお茶を出すような男じゃなかったですよね?」

「そうね……」


 カップを(かか)げる俺を見て、ミュール様が涼やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

 あの頃を思い出す様に……掲げたカップをそのまま口へと運ぶ俺の脳裏にも、冒険者を辞めた頃の記憶が(よみがえ)る。

 そう昔でもない(はず)なのに、迷いに迷っていた自分が酷く懐かしい。

 あの頃と今。

 根っこはきっと、何も変わっていない。

 偏屈で面倒で、自分勝手で危なっかしく……そして、何をしたいのかすら分からない迷子。

 今だって、未来の自分の明確な姿なんて、これっぽっちも見えていない。

 けど、それでも良いと、今の俺は、俺を肯定できる。

 手を(つな)いでくれる人が居て、共に困難に立ち向かってくれる人が居る。

 それに気付けたのなら、後は、手探りだって進んでいける。

 大切な人達を助け、守りながら、前へ一歩一歩。

 右を見て、左を見て、やっぱり思う。

 俺は、幸せ者だ。

 茶を一口飲んだミュール様が、目を開き、銀の瞳で俺を見つめている。

 俺を見て、ニッコリと太陽よりも(まぶ)しく笑うシャーリーが、そこにいる。

 二人だけじゃない……あの頃は気付きもしなかった人達が、沢山いる。

 この町に居る人も、居ない人も。

 戦う人も、戦えない人も。

 手で抱えられない程に、沢山の人達が。


「フフッ。そんな顔、確かに昔はしなかったわね」

「ですよねー。えへへ」


 ん? 俺の顔を見て、意気投合する二人……。


「えっとミュール様。俺、そんな変な顔してました? なぁ、シャーリー?」


 俺の問いに、二人は答えてくれなかった。

 二人は互いに視線を交わし、ただ笑い合う。

 まぁ、いいか。

 明るい声と涼やかな声が卓の上で混ざり合い、俺の耳を癒してくれた。

 今は、今を楽しもう。

 掴み取った日常を……その至福のひと時を。




 疲れた体を引きずりながら、町へ向け、フクロウの敷地を歩く。

 今は昼食時には早い時間ゆえに隙間の時間なのか、学び()の子供達も学派員の人達も姿は見えず、道ががらんと()いていた。

 無人の道を、シャーリーと二人、並んで歩く。


「お兄ちゃん。大丈夫?」

「このぐらい、いつもの事だ……問題ない」


 そう虚勢を張ってみたものの、少し体が重い。

 何故(なにゆえ)、疲れているのか?

 それは、単純にミュール様にみっちりと(しご)かれたからである。

 茶会の終わり(ぎわ)に『これからもご指導宜しく願います、ミュー師匠』と口走った結果が、これである。

 まぁ、それはそれで楽しい時間ではあったのだが、それと疲労は別問題である。

 ミュール様、やけに張り切ってたなぁ……。

 そして、訓練と同時に行われたシャーリーと白いフクロウの(たわむ)れ。

 そっちにも参加したかったと思ってしまったのは、ミュー師匠には内緒である。


「でもシャーリー。貴重な休みの時間を、俺とミュール様の訓練に付き合って良かったのか?」

「うん。見てて楽しかったよ。それに……えへへぇ、フクロウも可愛かったし」


 フクロウの手触りを思い出してか、シャーリーの顔がふにゃと歪み、今にも溶けそうになってしまった。

 ちゃんと前を見て歩いているのか心配になった俺は、シャーリーの手を掴んで歩く事にした。

 幸せな空想から戻っても、シャーリーは俺の手を振りほどきはしない。

 ギュッと掴み返す手が、温かさを俺に伝えてくれる。


「でも、もう何処(どこ)かに行く時間はないね」

「なら、昼食の買い出しから、そのまま(かも)(ねぎ)に直行だな」

「お兄ちゃんは休んでていいんだよ」

「ハハハ。俺がこれぐらいでへこたれる様な(やわ)な男じゃないって、シャーリーも知ってるだろ? 買い物だけと言わず、店の手伝いも任せろ」


 ()いた手でグッと(こぶし)を作り、まだまだ付き合う事を主張する。

 そんな俺に溜息を()きながらも、(ほころ)ぶシャーリーの顔は、雄弁に嬉しさを物語(ものがた)っていた。


「お兄ちゃん。言ったら聞かないもんね」

「そこが俺の良い所でもあり、悪い所でもある……たぶん」

「アハハ。自信なさげ。さぁ、買い物にしゅっぱーつ」

「おー」


 賛同者、俺一名の掛け声に合わせ、シャーリーが弾む様に歩き出す。

 (つな)いだ手が、子供っぽく前後に大きく揺れる。

 だがそこに、気恥ずかしさは無かった。

 弾むシャーリーの横顔を心に刻みながら、思う。

 これからもきっと、俺は戦いの道を歩み続ける……守る為に、生きる為に。

 きっといつかは、この手も(つな)げなくなるだろう。

 戦う者に訪れる、死という当然の別離(べつり)

 だからこそ今は、(つな)いだ手を離さぬよう、握り締める。

 俺が『冒険者』という一つの生き方を投げ捨てても、離さないでいてくれた、この手を。

 けど、訪れる未来が『死』だけでない事を、ミュール様が教えてくれた。

 そう……そうならない為にも、もっと強くなろう。

 モンスターであれ、人であれ、権力であれ、国であれ、神であれ、俺の大事な人達を傷つける全てのものを、払い除ける為に。

 たとえ未来が黒い(つつ)に包まれていても、俺が払えばいい。

 それが俺の歩みたい道だ……叶うならば、皆と共に。




――ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~ 完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 遅まきながら完結お疲れ様でした! 清々しい読後感でした。ありがとうございます。 やっぱりどん底時代から手を繋いでいてくれ続けたシャーリーが最初から最後までメインヒロインなんだよなぁ…! …
[一言]  完結お疲れさまでした。  終わってしまった。話の流れとして当然ではあるんですけど、人間模様としてはまだまだ途中な部分も多々有ると感じるのでとても名残惜しいです。アムの気持ちとかテラさんの帰…
[一言] 完結おめでとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ