1002.大蛇の毒と戦いの神~黒き空を跳ぶ~
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魔法により地を蹴り大きく跳躍した体が、空中にて矢を放たんとしている戦いの神へと一直線に飛ぶ。
交差の瞬間、払う俺の剣が、神の持つ黒き弓に深紅の炎を刻む。
その一撃にて燃え上がった弓は、神の手から離れ、炎の中へと消えていく。
だが、剣が届いたのは弓だけ。
神は己が身を空中にて自在に操り、スッと横へと寸での所で躱していた。
跳躍の勢いをそのままに上昇を続ける体を、戦いの前に使っていた魔法『風の羽』を用い、急ぎ神へと向き直る。
そして、俺の身を抉らんと迫る矢を、燃える剣で斬り落とした。
視線の先には、宙に浮いたまま素手で矢を投擲した神の姿。
俺は空中に生み出した魔力の塊に背をぶつけ、跳躍の勢いを殺し、同時に生み出した魔力の足場へと着地した。
神を見下ろす俺と、俺を見上げる神の視線が黒き空で交わる。
俺が魔力の足場から神へと飛び込んだ瞬間、神もまた真っ直ぐ俺へ向け空中を浮遊し始めた。
神の両手には、新たに一本の黒い大剣が握られていた。
落下と共に振り下ろす剣と、上昇と共に斬り上げる黒き大剣が重なり、衝撃が俺の体を空中へと吹き飛ばす。
俺は風の羽で体勢を整え、作った魔力の足場を即座に蹴り、神へと向かう。
休む暇もないが、休ませるつもりもない。
俺達の下では、バルザックさん達が黒の戦士達と戦っている。
こっちは俺の役目だ。
宙を自在に動く神と空中で一つ斬り結び、離れ、再び接近し二つ斬り結ぶ。
神の振るう大剣と、剣を三度重ねて気付いた。
得物から伝わる力が弱まっている。
それは空中ゆえに踏ん張りが効かぬのか、それとも左肩から右腰までを赤々と燃やしている炎が、大蛇の毒を焼き続けているからか――理屈を考える必要は無い。
俺はただ、攻めるだけだ。
何度でも神の武具を破壊し、その身に炎を刻む事を狙う。
五度目の交差により限界を迎えた黒の大剣を、戦いの神は宙へと放り投げた。
空中で炎に飲まれ消える大剣を、神は一瞥すらしない。
ただ駆け寄る俺を見つめながら、周囲に魔力の展開を始めた。
瞬間、放たれた魔力が、俺に神の転移先を教えてくれる。
それは、上下左右、空中で戦う場全てを包み込む膨大な魔力。
ミュール様と同じ戦いの神の魔力が、数えるのも億劫になる程に周囲に満ち溢れている――その中に、違和感が二つ。
それは、空中を走る俺の進行方向の上に生まれた二つの魔力。
その隠すような魔力から、神は必ず何かを仕掛けて来る。
俺は、神より投擲されし二本の手斧を一、二と切り捨て、前へ跳んだ。
跳躍した体を風の羽で無理やり向きを変え、正面を黒い空へと向ける。
視界に映る黒の空に、突如、銀の鎖が生まれた。
黒の空で、一際輝く銀。
あれは、ミュール様を拘束していた鎖か。
迫る二本の鎖を急ぎ切り払い、拘束を拒絶する。
鎖を伝い、黒の空に炎が走った。
俺は風の羽を用い、消滅する鎖から神へと向き直り、その翻す力を込めた上段の一刀を神へと振り下ろした。
新たに出現させた黒き双曲刀を片手ずつ握り、神はそれを上方にて重ねる。
左右から重なる双曲刀の一点と、燃える剣が重なる。
一瞬の静止。
止まった俺の剣を、双曲刀が上方へとかち上げる。
上へと跳ね上げられた剣を手放さぬよう、俺は強く両手へ力を込めながら、急ぎ回避運動を取った。
無理な俺の攻めを咎めるかのように、双曲刀が平行に薙ぐ二連撃を生む。
俺の胸と腹に鋭い痛みが走り、腫れを感じるほどに熱が溢れ出す。
だが、回避が間に合った。
これでは死なない。
浅い二連撃により、裂けた肉から人の命たる赤い血が流れ落ちる。
けど、それだけではなかった。
感じる。
この傷から、体を蝕もうとする淀みの魔力を。
俺の自由を奪おうと暴れ狂う魔力を。
俺は、生み出した魔力の足場に着地すると同時に前へと駆けながら『今すぐ炎で焼くか?』と考え、二歩目を踏み出す時には既に、その考えを捨てていた。
ドレイク先生を信じよう。
血止めもせず、神の魔力に集中しながら、双曲刀の連舞と剣を重ね続ける。
宙を泳ぐ様に自在に動き、転移を交え、前後上下左右より襲い掛かる神の舞。
だが、一刀一刀は軽い。
それに剣を重ねる回数が多いという事は、双曲刀の破壊も早いという事。
優雅な舞の途中で双曲刀を失った神へ、間、髪入れず、突きを放つ。
神の胸元へと進む俺の突きは、皮の盾の曲面に易々と往なされてしまった。
だがその盾は、あと何回耐える?
深紅の炎を嫌う様に俺から離れる神を、俺は追わなかった。
周囲の魔力に変化が生まれていたからだ。
転移用の魔力が次々と増える様を感じながら、神の行方を目で追う。
だが、それが戦いの神の魔力ではないと、不思議と理解していた。
ミュール様が何をしようとしているのかも、その魔力から伝わって来る。
そして、俺の背に生まれる魔力。
転移してくるのはミュール様か? 将又、戦いの神か?
決まっている。
視界の先で、美しい鎧姿には似合わぬ大棍棒を出現させる戦いの神。
そして、俺の背後に転移してきたミュール様が、俺の肩にそっと触れた。
「では、追い込みましょう」
「はい」
追加で呪文を唱えず、ミュール様が俺を連れて転移をする。
瞬くよりも早く、周囲に移る全てが塗り替わり、感じる魔力の相対位置がずれを生む。
そして目の前には、戦いの神が――転移から間を空けず放った振り下ろしを、神は大棍棒にて受け止めた。
お返しとばかりに、俺とミュール様を大棍棒でまとめて吹き飛ばさんとする神。
だが次の瞬間には、俺とミュール様は別の場所へと転移していた。
その振るわれ、空を薙ぎ払う大棍棒の、真反対。
俺は、黒き鎧に守られた神の背へ一閃を刻み――深紅に燃える剣が背を裂く途中で、神の姿が消えた。
転移した先は分かっている。
大棍棒と盾、そして身に刻んだ炎が、神の居場所をありありと俺に教えている。
だが、遠く逃れた神の元へと駆け出す必要はない。
ミュール様の連続転移が、神を追う。
そう。もう目の前に。
俺は、一瞬一瞬で移り変わる状況を把握し、判断し、神へ剣を打ち込み続けた。
バルザックの鉄塊の如き大剣が、迫る鉄球を弾き飛ばした。
バルザックは鉄球の衝撃に怯む事も止まる事もなく、正面に居るオーガ染みた黒い戦士へと踏み込んだ。
手足を鉄球付き鎖で繋がれた黒い戦士は、その巨躯を惜しみなく使い、弾き飛ぶ鉄球に引っ張られる己が体をものともせずに、迫るバルザックを捕らえようと両腕を突き出した。
だがその動きは、バルザックからすれば緩慢でしかない。
「オラァ」
怒声と共に振り下ろされた大剣が、黒き戦士の巨躯を頭から股まで一刀両断し、その姿を瞬時に塵へと変えた。
バルザックは黒の大地を砕いた大剣を構え直しながら、ポカリと空いた周囲へ目を向け戦況把握に努める。
戦局は、悪くない。
戦士一人一人の腕は圧倒している。
なにより気力に満ち溢れた戦士達を止める事など、意志なき敵には無理な事であると、命の奪い合いを生業にするバルザックは知っていた。
時折出現する強き影にも戦士達は対処出来ており、バルザックも自由に動ける戦場に満足していた。
そして戦場に響く、魔術師達の声。
「――暴虐たる彼の者へ、慈悲無き一撃を今、此処に、≪雷帝の閃光≫」
「あれじゃ援護できないじゃない。もぅあんたらでいいわ。≪炎帝竜の裁き≫」
タキオンの声に合わせ雷鳴轟き、黒き空より落ちる光が戦場にて大きな爆発を起こし、群れを成す戦士達を破壊し尽くす。
そして、サラスの吐き捨てる呪文により赤く巨大な柱が大地より立ち昇り、柱の中に巻き込まれた戦士達を消し炭へと変えた。
魔法を放っているのは二人だけではなく、後衛を守る白い壁の内側から次々と呪文が唱えられ、黒に染まった戦場を色付かせている。
バルザックは、サラスの苛立ちに共感しながら空を見上げた。
バルザックの見上げた空に、突如として現れる神。
神を逃さぬとばかりに、これまた突如としてミネルヴァと共に空中に姿を現したマルクが、神へ向け炎の剣を振り下ろす。
一度の接敵。一度の斬撃。
そして再び消え、別の場所に現れる神とマルクとミネルヴァ。
転移に次ぐ転移。
一流の戦士たるバルザックですら、地上から目で追うだけでも苦労する動き。
ならば空では……バルザックは、サラスの言う通りあれに手を出しても邪魔になるだけだと、溜息と共に空へ向け愚痴を放った。
「チッ。またこんな役回りかよ。まっ、マルクだしな」
戦士の顔に笑みを浮かべたまま空を見上げるバルザックへと、黒き戦士達が群がり始める。
黒き戦士達が肉薄と共に、直剣を振り上げた――瞬間、バルザックの大剣が目にも止まらぬ速さで戦場に大きな弧を描き、黒の戦士達をまとめて消し飛ばした。
バルザックは、今まさに消えゆく戦士達と、周囲に満ちた限りなき黒の戦士達を見て、思う。
この黒の戦士達も神の仕業なのだとしたら、この戦場を平らげるのもマルクの助けになるな、と。
バルザックは意気込み新たに一騎当千の力を思う存分振り回し、黒の戦場にて暴れ始めた。
次の獲物を、強き影を求めて。




