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ミネルヴァの雄~冒険者を辞めた俺は何をするべきだろうか?~  作者: ごこち 一
第二十二章

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998.最後の小休止を

文章修正

『して、伝えねばならぬ事とはなんでしょう?』


 耳につけた魔道具を通じ、頭の中で太陽神へと語り掛けると、尊大さすら感じる力強い声が返って来た。


(われ)はミネルヴァの目覚めに際し、あるべき一つの未来を見た……扉を開きし(なんじ)ら英雄達が白き輝きに飲み込まれ、死にゆく姿をな」

『白き輝き、ですか?』

「人の子らが双子の悪魔と呼ぶ彼奴等(きゃつら)が使う、かの忌々(いまいま)しき力だ」

『破滅の力』

(しか)り」


 もしかして、戦いの神ミネルヴァも双子の悪魔同様、破滅の力を使えるのか?

 それを警告する為に?

 いいや違うな。そうであれば、直接そう伝えればいいだけの事。

『未来を見た』と、予言めいた言い方をする必要などない。

 ならばそれは、本当にあり得た未来なのだろう……ここで太陽神の言葉を聞かなければ、素直に俺は先へと続く扉を(ひら)いていた。

 この扉の先には、今――思考を遮る様に太陽神が言葉を続ける。

 

「そこからミネルヴァの寝室を調べてみろ。(なんじ)ほどの魔術師ならば容易(たやす)かろう」

『調べるまでもなく、俺の魔力がそこに』

(なんじ)が魔力……ハハッ。守護の聖女も考えたものだ。神と同じである自らの魔力が通じぬと踏み、(なんじ)の魔力を使うとはな……だが、それでは力不足だ」


 やはりと言うべきか、太陽神の口ぶりは、今、この扉の先に広がっているであろう破滅の力が、俺の魔力を利用したミュール様の魔法であると示していた。

 そうか。

 やっぱりミュール様は(あらが)うつもりだったんだな……自分の運命に。

 その為に、女王の塔で俺の魔力を集めていたのか。

 あれ?

 浮かぶ疑問と共に、夢の中で聞いた、あの優しき神の声を思い出す。


『破滅をもたらす光が広がり続ける中、まだ生きているよ』


 そう、ミュール様が破滅の力を使ったのって、俺がまだ凍り付いてた時だよな。

 あれから、どれだけ時間が過ぎた?

 ダンジョンの中だと時間の感覚が曖昧(あいまい)になるが、少なくとも昼食時は過ぎ、午後の茶会の時間にはなっているだろう。

 まさかとは思うが、朝からずっと破滅の力の制御を……無茶苦茶だ。

 だが、ミュール様なら出来る。

 そう、素直に受け入れてしまえる自分がいた。


『ミュール様は凄いな』

運命(さだめ)と共に授かった力とはいえ、操る(すべ)(みずか)ら身につけたものだろう……今の人の世は、力ある者が多いな。いや、(われ)も人の可能性を信じる事が出来れば……」


 神様も後悔ってするんだな……当たり前か。

 だが、抱くのが後悔だけでない事は、太陽神の行動が示している。

 俺は太陽教の教えなんて信じていないし、太陽教の事は嫌いなくらいだ。

 それでも、そこで必死に生きている人達の事は嫌いに何てなれない。

 ゴンさんも司祭様も、エルもギュストも、太陽伯もアポロ様も……そして、人の世を捨てたと言いながら、今もこうして俺に力を貸してくれる太陽神のことも。


『でも信じてくれているから、運命(うんめい)を乗り越えられるよう、こうして俺に――いいえ、人の世に『予言』を与えて下さってるんですよね? 太陽神』

「ハァーハッハッハァ。神の意を探るなど、汝は存外、傲慢(ごうまん)な男だな」

『今も好き勝手して、ここに立っていますから。ミュール様を助けるついでですけど、大蛇(おおへび)の毒との戦いは俺達にお任せ下さい』

(たち)、ではない。太陽神アポロの名において、世界の命運を(なんじ)に託す」

『はい』


 俺の単純な返事に気を悪くするどころか、神は愉快そうに笑い出した。

 ご機嫌な神を邪魔せぬよう、(しば)し黙っておこう。

 沈黙を守る俺に、太陽神が上機嫌なまま語り掛ける。


「その答えを聞けば、(なんじ)を信じたこの男の苦労も(むく)われる」

『アポロ様へ『ご自愛下さい』と伝えて頂けますか』

「ハッ。神を伝言役にする気か? そのような事は、会って(みずか)ら伝えよ」


 (とが)める様な声ではなく、むしろ再開を望むような、そんな声であった。

 だからそれは、俺が口にしよう。


『はい。アポロ様にも神様にも、また会える日を楽しみしています』

「英雄よ。予言を(くつがえ)し、運命(さだめ)を超え……明日(あす)を生きよ」


 その言葉を最後に、力強い声は聞こえなくなった。

 魔力的な物は何も感じないが、恐らくもう、太陽神ともアポロ様とも(つな)がっていないのだろう。

 俺は耳飾りを外し、興味深げに俺を見上げていたハンナさんへ返した。


「ありがとうございました」

「全く……アポロ様から直接連絡を貰うだなんて、坊やも偉くなったもんだね」

「俺は何も変わってませんよ」

「ハハハ。知ってるよ」


 耳飾りを付け直しながら、ハンナさんが豪快に笑う。

 他の皆へ目を向けると、その(くだん)のアポロ様と一体何の話をしていたのかを知りたそうにしていた。

 ただワンダーさんだけが、驚愕と困惑と呆れを()()ぜにした恐るべき表情を浮かべながら、俺をまじまじと見つめていた……何でだ?

 まぁ、まずは皆への説明だな。

 話を促す様にバルザックさんが口を開く。


「で? こんな時に何の話だってんだ?」

「予言を一つ。このまま入ると、俺達全員ミュール様の魔法で死ぬそうです」

「うげっ、あっぶねぇなぁ。もうちょいで死ぬとこだったってのかよ」

「あー、この扉の先から感じるマルクの魔力って、ミネルヴァ様の魔法なのね」


 サラスさんの言葉に、俺は「みたいです」と、やや曖昧(あいまい)に返事をした。

 俺の声に続き、困惑の色を顔に(にじ)ませたままのワンダーさんが話をまとめる。


「何にせよ、この扉の先に満ちる魔法が消えるまでは先へ進めん。全員、休憩だ。いつでも動けるようにしておけ」

「何だか()まんねぇなぁ、おい」

「まぁまぁバルザックさん。焦っても仕方ないですから、お茶にしましょう」

「おっ。美味(うま)いのを頼むぜ」

「私の分もー」

「はい。(しば)しお待ちを」


 元気に手を上げたグレイスさんに手を上げ返しながら、俺は魔法の茶の準備を始めた。

 バルザックさんやグレイスさんだけじゃない。

 皆に、今出せる最高の茶を飲んで貰いたい。

 決戦前の最後の小休止を、魔法の茶と共に。




 微睡(まどろ)みの中から抜け出したベアトリーチェは、見慣れぬ部屋と、魔力から温かさを感じる薄紫色の寝台に身を預ける自分に困惑していた。

 そして思い出す。

 意識を失う前の状況を。

 全身を駆け抜けた(あたた)かな炎の事を。

 (おのれ)の体が自由に動く事を確認したベアトリーチェは、ゆっくりと上体を起こし、周囲を見回した。

 どこが儀式めいた部屋の中、思い思いに(くつろ)ぐ皆の姿が映る。

 ハンナに治療を受けているダンテと、カップを片手に何かを飲んでいるビクトールの姿を見て、ベアトリーチェは胸を撫で下ろした。

 そして、自分を窮地(きゅうち)から救った者を探すベアトリーチェの視線が、右肩から先が破けた服を着たマルクを捉えた。

 視線に気づいたマルクが、目元に柔らかな弧を描きながらベアトリーチェの元へと歩み寄る。


「おはようございます、ベアトリーチェさん」

「ええ。おはよう、マルク……もう、戦いは終わったのね」

「あー、いえ。実はちょっと足止めを食ってまして……一杯どうぞ」


 突如、魔力で形作ったカップを右手に生み出したマルクを見て、ベアトリーチェの目がパチパチと(またた)く。

 薄紫色のカップの内側を左手で指差し、その人差し指の触れぬ先端から言葉なく茶を流す青年の姿は、奇怪そのものであった。

 だが、何故(なぜ)かその様子を見て『マルクらしい』とベアトリーチェは落ち着く。


「お待たせいたしました、お嬢様」

「フフッ、ありがとう」


 様にならぬお道化(どけ)(かた)をしながら、内より湯気を昇らせるカップを宙に浮かべ、ベアトリーチェの前へ移動させるマルク。

 奇妙で似合わないと思いながらも、ベアトリーチェはそれを素直に受け入れ、掴んだカップを口元へと運んだ。

 茶の香りとマルクの魔力が、ベアトリーチェの体の内側へと広がっていく。

 それは異物でも、支配する力でもない。

 甘く鼻をくすぐる香りにベアトリーチェは、(ほころ)ぶ口から柔らかな息を(こぼ)した。


嗚呼(ああ)(あたた)かい……私専属の執事も悪くないわね」

「あはは……」


 乾いた笑い声を上げながらスッーと逃げるマルクの、その困り果てた表情を見たベアトリーチェは、自然と気品(あふ)れる笑みを浮かべていた。

 だが同時に、自分の前から逃げ出したマルクが突如真剣な眼差(まなざ)しを浮かべ、()ざされた扉の先へ向ける姿を、ベアトリーチェは見逃さなかった。

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