97.白いフクロウ
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「この間のダンジョンで拾った指輪なんだけどさ」
「ん? お前が拾ったんだから、好きにしていいぞ」
「いや、あれ金貨三百枚相当の品だったんだよね……」
『金貨三百』の所で、カエデさんがピクリと動いた。表情は全く動いていない。
それに気付いてか気付かずか、ガル兄は、言った。
「へぇ、良い物だったんだな。良かったな」
「え? 一人百枚だよ。大金だよ」
「別にいいだろ。な、カエデ」
「ハイ。マルク様。ワタクシドモノ事ハ、オ気ニナサラズニ」
「じゃあ、ありがたく」
良いのだろうか? カエデさんの目が非常に恐ろしいのだが……片言でも口に出したのだから、全くの嘘や虚栄という訳でもないだろう。
うん、ないだろう。
俺は、その提案を、ありがたく飲み込むだけだ。
そう思っている時、俺の頭の上に何かが乗った。
それほど重くはない、何かが。
「マルク。聞こえますか?」
ミュール様の声だ。
周囲を見渡してもいない。空か? と思ったが、頭に乗っている何かを落としそうで、首を上下に動かせない。
「白いフクロウ?」「あら、お可愛い」
ガル兄とカエデさんの反応から、俺の頭に、白いフクロウが止まっているのが分かる。が、何故フクロウ? いや、頭にフクロウが乗って、ミュール様の声が聞こえたのなら、答えは一つだろう。
「このフクロウは、私ではありませんよ」
なんだ、違うのか……フクロウに変化する魔法でもあるのかと思った……少しがっかりだ。
「フフッ。その発想は、実に良いですね。これはフクロウに模した魔法ですが、虐めないで下さいね」
魔法で作り出した存在だからといって、虐める訳がない。
頭に乗っていたら、姿形が見えないのが残念だ。その代わりに、ほぉほぉ鳴く声が頭上から聞こえてくる。
「とりあえずお前、頭にフクロウ乗ってるけど、大丈夫か?」
「知り合いの悪戯だから、大丈夫だよ」
先程から、頭の中が読まれている気がするが……まぁ、読まれて困るほど頭は使っていないし、別に問題ないか。
頭の中が筒抜けということは、会話をするなら、考えるだけでいいのか?
『どうでしょう、ミュール様?』
「はい、それで問題ないですよ。出来れば口には出さぬように」
『はい、わかりました』
口に出したら、独り言をべらべら喋っている変な人になるからな。
白いフクロウは、己に触ろうとしたカエデさんに対して、高い怪鳥音を発して威嚇していた。
頭上のこれって、本当に魔法なのだろうか?
対応は変えないが、念のため生き物だと思っておこう。
それよりも、何故ミュール様がこんなことをしているのか。それが問題だ。
お遊び、という可能性もあるが、十中八九、用事であろう。
『すぐにそちらへ?』
「いいえ、マルクの用事が終わってからで構いませんよ」
『ありがとうございます』
といっても、冷風機のお披露目は終わったし、指輪の件も片が付いた。
このまま二人と話し続けるのも楽しいが、用事はもうない。
「ガル兄、カエデさん。ちょっと用事が出来たから、行ってくるよ」
「ほどほどにな。あと、明日は忙しいから、来ても居ないぞ」
「了解。俺はたぶん、いつも通りだから」
「どこで何をしているのか不明……と言う事ですね、マルク様」
カエデさんが、そう言いながらクスクス笑う。目線は俺の頭上へと向いている。
きっと触りたいのだろうな。
そんなカエデさんの言葉に、俺は苦笑いで返すしかなかった。
俺への認識は、皆、同じのようだ……。
転移陣の光が収まると、そこは、三度のティールームであった。
女王の塔の前で、俺の頭から飛び去ったフクロウは、既にミュール様の腕に止まり、寛いでいた。
カエデさんが、お可愛いと言った理由もわかる。
俺の知るフクロウの半分よりも、なお小さい。人の顔程の大きさしかない。
丸い輪郭に全身真っ白。黄色い目に丸く大きい黒目。黒い嘴の周りの毛が、少し髭のようになっているのが愛らしい。
こんな可愛いフクロウを乗せて、学派まで歩いてきたのか……下の俺との差が激しすぎる。いや、似合わない、の一言でいい。
それに比べて、ミュール様はお似合いだ。
透き通るような青く長い髪と白い毛並み。銀の瞳と黄色い目。すらりと横に伸ばした腕に止まる小さな体。フクロウの足にてふわりと広がる毛が、彼女の為に誂えた装飾品にも見えてくる。
あぁ、今になって恥ずかしくなってきた。町を歩いていた自分が。
「あら? ぼぅっとして、どうかしましたか?」
「いえ。頭に乗せた俺とは違って、ミュール様は絵になるなぁ。と」
「ウフフ。私は、この子を乗せたマルクも、可愛くて好きですよ」
「またまた、ご冗談を」
シャーリーやテラさんには、似合いそうだが。どう考えても俺には似合わない。
「そんなことはないのに。まぁ、その姿は後で楽しむとして……今は一緒にお茶を楽しみましょう」
「実は、それも楽しみの一つです」
「あら嬉しい。さぁ」
ミュール様は、微笑みを浮かべながら着席を促した。
白いフクロウは、ミュール様の腕から飛び立ち、外へと飛び去って行く。羽根を広げると、中々大きいものだ。
「失礼します」
ミュール様が座り、俺も座る。
席が三つに、カップも三つ用意されているのが、少々不安である。
丸卓には、皺ひとつなく白いテーブルクロスが掛けられており、卓中央には凍った赤い花が一輪、変わらず活けてあった。
以前ミュール様と三人で共に食事をした世話係の女性が、一礼をし、俺の前のカップを持ってミュール様の横へと移動した。
栗色の髪を片側にまとめた、落ち着いた女性だ。
どこか、彼女に違和感を覚える。
前回の記憶と比べても、違いは分からない。
まぁ気のせいだろう。
「≪自然の息吹≫よ」
ミュール様が、その細く伸びた白い指の先から、カップへとお茶を注いでいく。
一つ、二つ、三つと。
うむ。やはり魔法を直接見ても、理解が及ばない。
水と炎は、もう同じことが出来る。
問題は”お茶”の部分だ。
やはり茶葉を食べるしかないのだろうか……まさか、ミュール様も茶葉を口に入れて修行したのだろうか。そうであったら、少し面白い。
「変なことを考えていますね。付き合いの短い私にも分かります」
「あっ、いえ、そのぅ……ミュール様も茶葉を食べたのかな? と」
キョトンとしたミュール様は、可愛らしかった。
その表情は一瞬であったが。すぐに微笑を被った顔に戻ってしまった。
「していません。面白いことを考えますね」
「その魔法を母に伝授した人から、そう聞きまして」
「あら。私も会ってみたいものです」
俺の言葉を冗談だと思ったのか、ミュール様は口元を隠し、小さく笑った。
伝授した本人は、今現在、学派の研究棟にいるのだが。まぁ別にいいか。
気が付けば、俺の前にお茶が置かれており、世話係の女性も着席していた。
やはり彼女を見ると、もやもやした気分になる。何故だろうか?