9.薬草採集へ
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朝日が昇る前に目が覚める。
昨日よりも早く起きたはずなのに、既に屋敷には、腹を刺激する良い香りが、広がっていた。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう。今日はやけに早いんだな」
「うん。お母さんから話聞いてるから。ほら、顔、緩いよ」
シャーリーは、俺の頬を両手でぺちっと挟む。
小さな手が暖かい。
「あー、シャーリー……昨日の朝飯、美味しかったよ。ありがとう」
本当は昨日言うべきことだ。少し気恥ずかしくなって彼女の大きな瞳を見ていられなくなり、俺は目をそらしてしまった。
もう一度、俺の頬にぺちっときた。先程より頬が痛い。
「今日も美味しいんだから……ちゃんと食べてよね、お兄ちゃん」
シャーリーは俺の頬から手を放すと、先に行ってしまった。
鼻歌交じりで。
ゴブリンの一撃を木製の丸盾で弾いた少年は、そのまま右手の長剣で緑の体を貫いた。だらりと四肢を垂らし、ゴブリン、は塵のように消えていく。
ゴブリン亡きあとに残された魔石を拾う少年――キオは、成果を誇るように、こちらへ駆け戻ってくる。
「先輩、どうっすか?」
「任せるって言ったろ。がんばれ」
「うっす! 頑張ります」
現在、ピュテルの町から歩いて三十分ほどの距離にある、森に来ている。
ムル婆ちゃん、ボブ爺ちゃん、そしてお二人の弟子である少女リリー。
キオには、その三人を守るよう、町を出た時に言ってある。
何も、元後輩に仕事を押し付けているわけではない。
俺は町から、そして今現在も、ずっとムル婆ちゃんを背負って行動している。
危機が迫らない限り、守りはキオに任せるべきである。
ボブ爺ちゃんも元冒険者で、今では短い剣を扱っているが、昔は、背丈ほどの剣を振るっていた程の怪力の持ち主であった。
リリーも弓とナイフを扱えるようなので、森の浅い場所では、キオが護衛しなければいけない人物は、実質的にはいない。
リリーの歳は十四で、キオと同い年であった。
彼女は、その茶の波掛かった髪を揺らしながら、キオの後ろで、きょろきょろしている。気分は警戒半分薬草探し半分といった所だろうか。
危険度が低い間は、彼らが戦いの経験を積むには良い機会だ。
こういう森は、冒険者の学び舎となる。
森の生物とモンスターの見分けや対処法。
視界不良からくる、奇襲への対処。
目、耳、肌、鼻を使った警戒方法。
昔は色々学ばせてもらったものだ……あの頃はまだ冒険者というものに……いや、止めておこう。
「マルちゃん。疲れたのかい?」
「ありがとうムル婆ちゃん。でも、そんな軟じゃないよ」
木の根を踏まぬように、足を進める。
軽いムル婆ちゃんを背負った程度でへばる様では、鍛え方が足りない。
「これも薬草っすか?」
「毒だ」
「じゃ、いらないっすね」
「あー待って、それ当たり」
そんなやり取りが聞こえてくる。
俺も、ムル婆ちゃんの指示を聞きながら、薬草を集めて回る。
毎回採取するもの以外、俺には、ただの草や葉にしか見えなかったが。
「先輩! 一角兎っす!」
騒ぐキオの声に、ただの兎が逃げていく。
「で、でかい犬! こっち襲う気っすかねぇ……」
「こらキオ。真っ直ぐ、じっーと見るな。それ敵対の合図だぞ」
「じゃあ先輩、どうやって警戒するんすか?」
「どんな状況で、何処にどんな奴がいたか憶えておく。行動を予測して、そして視界の端で状況を判断する。あとは耳を使え。音は重要だぞ」
森の狼たちが、遠くからこちらを監視し続けている。
比較的温厚な生き物なので、彼らの領域に入らなければ、襲ってはこない。
森の狼たちを、ちらりちらりと確認するキオ。
彼の顔が、苦虫を噛んだようになる。
「難しいっすよ先輩! 簡単なコツとか無いんすか?」
「ない。慣れろ。慣れるまでやるしかないさ」
「特に森はねぇ。何度も来るしかないですよ。ねぇお爺さん」
先を歩くボブ爺ちゃんが、背を向けたまま頷く。ボブ爺ちゃんに先導を任せていれば、野生生物と切った張ったせずに済むだろう。
予想通り、森の狼たちの姿は、既に消えていた。




