0.緊急依頼
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村の手前で馬から降りる。
魔法で補助をしたとはいえ、愛馬に休みなしで走らせてしまった。
「ここで休んでいてくれ」
俺が首を撫でると、『まだ行ける』と言わんばかりに、ぶるると嘶く。
連れて行くわけにはいかない。目の前の村――いや村だった廃墟に、今回の討伐対象がいるのが分かっているからだ。
緊急依頼などなければ、こいつに無理をさせることも、危険にさらすこともなかったのに。急いだ結果がこの廃墟じゃあ、一体全体何のために……。
文句を言っても仕方が無いのは分かっている。
町を出発した時点で、既に後手だ。
レッサーデーモン。
奴は灰色を基調とした肌をしており、目鼻は皺だらけで醜悪な顔をしている。
背丈は成人女性ほどで、悪魔としては小型だ。
そのレッサーデーモンの討伐依頼を町の冒険者パーティが受けたのが、三日前。
彼ら四人の遺体が見つかった知らせが入ったのが、今日。
ギルドマスターの出す緊急依頼に、応える冒険者はいなかった。
時間が経てば被害が増える。だから俺が受けた。
普段からのギルマスの嫌がらせ等々を考えれば、俺が受ける理由なんてない。
それでも、拒否する選択肢など無かった。
『冒険者は、誰かの命を守れる凄い仕事なんだぞ』
亡き父が言った子供じみた理屈を、いつも思い出す。
父は、俺の頭をぐしゃぐしゃにしながら、笑っていた。
何時だって、守れなかった命に、目を背けないといけないのに……。
『ありがとうって言ってもらえるから……私たちは、命を賭けれるのかも、ね?』
亡き母が言った子供じみた感情を、いつも思い出す。
母が苦笑いしていた理由は、今なら分かる。
いくら危機を取り除こうとも、何度命を救おうとも、冒険者に投げつけられる言葉は、いつだって同じだ……。
村は、既に村ではなかった。瓦礫の山だ。
見渡す範囲すべての建造物が、破壊されていた。
魔力の塊を幾度も叩きつけた跡だ。
魔力の残滓が強すぎて、目視で探すしかない。
この村で丸一日、レッサーデーモンによる狩りが行われていたのだろう。
生存者がいるかなぞ、期待するだけ無駄かもしれない。
「あっ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
情けない悲鳴が、耳に届いた。生存者が!
声に向かい駆けると、そこには、腰を抜かしながら闇雲に剣を振る男がいた。
男の前方には、灰色の影。
間に合え。
「≪火精霊の球撃≫」
走りながら呪文を唱え、魔法を成立させる。
目標に向けた俺の右手から、熱を持った球体が一つ、二つ、三つと飛び出す。
致命は考えない。ただ、こちらに注意を向けるだけでいい。
後方へ飛び退いた影に、一つ、火球が命中し、爆発を起こす。
爆炎から弾かれる様に、地に足を着けるレッサーデーモン。
奴の、その腹部が赤く焼け爛れていた。
「だ、誰だよあんた」
「冒険者だよ。動けるなら下がっててくれ」
ガサゴソ逃げる音はするが、男爵家の私兵であろう男に構っている暇などない。
今は、目の前の脅威を排除するだけだ。
ギギギ、とうめくレッサーデーモンの腕が動く。
魔力の流れを感じた俺は、腰の剣を抜き、レッサーデーモンへ突撃しながら呪文を唱える。
「≪風精霊の封壁≫よ」
レッサーデーモンが放った黒い魔力の塊を、展開した不可視の壁が跳ねのける。
奴の醜い顔が歪む。
驚いたところでもう遅い――振るった剣に感じた抵抗は、一瞬のものだった。
灰色の体躯が上下で分かれ……腰の断面が、地に落ちた。
それでもまだ、生きている。
おぞましい顔が、こちらを向く。
憎悪の顔だろうか? 口から洩れる言葉は、呪詛だろうか?
「≪炎竜の吐息≫」
ぼそりと呟いた呪文が、結果を生み出す。
放たれた炎が灰色の体を包み、幾人もの命を奪った脅威が、灰と化していく。
風に乗り散った灰のあとには、討伐の証となる濁った魔石が一つ。
もし初めから俺が依頼を受けれていれば……いや、あり得ない可能性だ。
冒険者ギルド『鉄骨龍の牙』では、ある特定の間Cランク依頼が掲示板から消える。ただ一人の冒険者への嫌がらせのために。
だから俺が『レッサーデーモンの討伐依頼』を、全滅したCランク冒険者達より先に受けることは、元より叶わない”もし”だ。
馬鹿みたいな理由で生まれてしまった死者たち。この村で……死ななくてもよかった人達の未来まで背負えるほど、俺は大きな人間じゃない。
「何で俺、冒険者やってるんだろうな」
時折、分からなくなる。
そして今も――